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 主任に指定された通り、次の日の夕方、私は作業着を取りに主任の部屋へ向かった。そこで渡されたのは本館仕様の新しい作業着はもちろん最低限の化粧品、それと本館への移動証明書。
 化粧品を渡された理由として、本館は雑用係であろうと王族の人のお世話がほとんどなので最低限身だしなみは整えないといけない。ちょうどこの見た目になった事だし色々試したかったから化粧品が貰えたのはラッキーだ。
 本館の作業着も別館とは違い、ドレスに近い仕様になっている。雇われたばかりの時は本館で働いていたが時間が過ぎればデザインも変わっているものなのか、少し豪華になっていた。豪華な分少し動きにくかった。私はその日に本館の雑用係が生活する場所へ行った。移動してきてそうそう本館の雑用係達に囲まれた。
「あなたが新しくやって来た方ね」
「お名前を教えてくださる?」
「え、リリー・ホワイトです」
「嘘ー!?ほんとに!?あのクソデブが!?」
 「信じられないわー!!!」
「なんでこっちにやってきたのー!?」
 なかなかの誹謗中傷に聞こえるが今は過去の自分では無いため気にしないことにした。
「別館での成績が認められましたので、移動を命じられて」
「へぇー。でもここは別館のように和やかな場所じゃないわよ。そこはもう充分わかってるわよね?あなた前までここにいたんですから」
 そう、本館は女の戦いなのだ。少しでも王族の皆様やそのご友人達とお近付きになるように激しい蹴落とし合いが常に繰り広げられている。過去の私はその戦いに初戦敗退したと言っても過言ではない。
「甘い汁を啜ってもっと太っていってるって小耳に挟んだけど、まさかこんなに痩せてるなんてね。またどうせストレスで太っちゃうかもだけど、あはは!!」
 女の戦いは既に始まっていた。地味にくる言葉だが、そんなことではへこたれない!
「ああ、そうですか。私もですけど、あなたも気をつけないとですね!あなたこそそんなんじゃ昔の私みたいになりますよ!」
 全力の皮肉と愛想笑いをぶちかましてやった。私も負けてられない。この世界をなるべく楽しみたいから私はこういうめんどくさいことはサッと水に流して行く。私が思わぬ一言を放ったことでこの場にいた他の雑用係の人達はびっくりしていた。
「さあ、皆さん。仕事をしましょう」
 愛想笑いを一切崩さず私は言った。

 私は次の日、誰よりも早く起きて早速化粧をしてみた。女のギスギスした関係はほぼいじめと言っても良い。昔ここで働いていた時はよく化粧品や作業着の1部を盗まれたり、隠されたりしたものだからそこを警戒して今回は誰にも見つからない場所にそういったものは隠しておいた。痩せる前はいくら化粧をしても手遅れかもしれないと思っていたが、私の顔は意外にも綺麗な部類に入るのかもしれない。顔の無駄な肉が取れて目もぱっちりしてるし、鼻も高い。外での労働を極力避けてきたからか肌も白く、すっぴんでも何とかやって行ける顔をしていた。しかし、本館で働くためには化粧は必須となるため、私は生前の記憶を思い出しつつ化粧をした。移動の際主任に渡された化粧品は本当に最低限のもので、昨日一悶着あった人達が持っている化粧品はお近付きになった高貴な身分の方たちからプレゼントされたものなのだろう。ちょっと羨ましいが、そこは耐えることにした。他の人達が起きると同時に私はいち早く朝の雑用仕事を開始した。
 朝することは空き部屋の掃除と調理場の掃除あと広間の掃除。念の為浴室の掃除もする。王族の皆様が起床するとその部屋も掃除するがまだ早い。一人で出来るのは空き部屋の掃除くらいで小さい部屋から掃除するようにした。
「本館ってほんとに広いなー。改めて見るとこんなに部屋もあるんだねー」
 せっせと小さい空き部屋を掃除し、ある程度時間が経ったら調理場の方へ向かわないといけない。料理人が調理場へ来る前に掃除を終わらせないと朝食の支度が出来ないからだ。
「あら、あなた今までどこにいたの?てっきり昨日のことで落ち込んで逃げ出したのかと思ったわ」
 調理場に行くとそうそうこれですか。
「いえ、空き部屋の清掃をしていました。遅れて申し訳ないですね」
「そ、そうだったのね。まあいいわ。とりあえずモップがけをお願いしても宜しいかしら?」
「はい」
 ひとつ思ったことはこの作業着は清掃に向いていないことだ。王族やその他の貴族の方たちのために美しいデザインになっているが、決して実用的とは言えない。別館の作業着ようにワンピースくらいの丈だと動きやすいのだが、ここの作業着はドレスの丈と全く一緒だ。ものを運ぶ時も何をする時も裾が邪魔になる。かと言って強引に裾を持ち上げて歩くのも下品だ。でも耐えられない。こんなんじゃ仕事にならない。ゴミを処理場へ運ぶという口実を使って私はひとまず人気の少ない所へ逃げた。
「この作業着!!やってらんねぇよ!!最初は可愛いしラッキー!とか思ってたけど、無理!動きづらい!!」
 誰も見てないことをいいことに私は不満をぶちまけた。
「どうにかしてもらいたいなー。でも別館と違ってすぐに意見を言える訳でもないし…せめて裾を短くするための応急処置的なことできないかなー…それにしてもちょっとしか仕事してないのにこんなに疲れるなんて…はぁ」
 開放感を求め私は靴を脱ぎ素足になった。この城、特に本館は広い割に暑い。
 少し休憩をした後、きちんと処理場へ持って行って調理場に戻ることにした。
「おい、そこで何をしている」
 不意に背後から声がした。
「は、はい?」
 恐る恐る振り返るとそこに居たのはなんとメインキャラクターのルーク王子だった。美しいアメジスト色の瞳がこちらを睨んでいる。まずい、今は素足だしこんな姿見られただなんて!終わる!私の人生終わってまう!
「何をしていると聞いているんだ。答えろ」
 「あ、あの私、ゴミを処理場へ持っていこうと思いましてですね…それで」
「そうか、ならなぜお前は素足なんだ」
「あ、いやこれはちょっと…そう!足を!足を痛めてしまって…ちょっと痛みを和らげようと…!」
「ほう、そうか。…お前見ない顔だが本当に雑用係か?」
「はい!雑用係です!昨日から別館から移動してきてですね…」
「…こっちに来て直ぐに足を痛めるということはその靴が悪いと言っているのか?」
「は…?」
「前から思っていたのだが雑用係の作業着は実用的ではないと思っていたんだ」
「わ、私も!私もそう思います!まずデザインから実用的ではありませんし、特にこの裾の長さも作業には向いてません。先程王子が仰っていた通りこの靴も…って、あっ…」
 ついつい不満を言いすぎた。ルーク王子はしばらく黙っていた。怒ったかな…。
「うむ、使用人の意見が聞けてよかった。感謝する」
「え?」
「実は今、使用人の労働環境を改善すべく色んな使用人の意見を聞いているんだ。雑用係のものは私が話しかけても逃げていくばかりで苦戦していてな」
 ルーク王子はそう言って微笑んだ。ゲームのキャラクター設定では冷酷なキャラクターと表記されていたがこんな一面もあるとは…ありがとうございます…。
「では行こうか」
「えっ、どこへです?」
「足を痛めているのだろう?救護室まで送ってやろう。さあ、靴を持って」
 ルーク王子は私の身体を持ち上げた。こ、これはお姫様抱っこというやつなのか!?
「王子!私、歩けます!大丈夫ですよ!」
「無理は行けない。大人しく私の言うことを聞け」
 王子の覇気に負けて渋々このまま救護室へ向かった。
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