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大失恋しても、意外としっかり世界は回る
数日後、ルーザートン侯爵家のタウンハウスのリビングでくつろいでいたセレスティアの元に、レイモンドから「婚約破棄したい」という旨の手紙が届いた。
その手紙には、長年婚約関係にあったセレスティアへの感謝の言葉と、何か困りごとがあれば相談してほしい、ということが綴られていた。
「ゲームと違って、皆の前で断罪されなかっただけ、マシだったのかしら」
窓から入ってきた春の日差しに、手紙に並んだ整った文字たちが照らされている。王子の息遣いさえ聞こえてきそうな優しい言葉たちに、心がずくりと痛んだ。
(レイモンド様のこういう優しいところ、好きだった……)
失恋する前の悪役令嬢セレスティアなら、この手紙を受け取って「こんなに優しい言葉をかけてくれるなんて、まだチャンスがあるのでは!?」と期待してしまうだろう。
しかし、失恋をしたあの夜から、セレスティアのレイモンドへの恋心はあっという間に萎んでいった。ゲームも終盤となり、悪役令嬢セレスティアの役割を終えたため、世界のシステムがセレスティアの心に多少作用したのかもしれない。とはいえ、自分がやらかしたことは消えないのだが。
(よく考えたら、前世の乙女ゲームの記憶を駆使して、レイモンド様の行く先々で出没したんだもの。厄介なストーカーみたいなものよね。気持ち悪がられても全然おかしくないわ。っていうか、それが普通よ……。何してたの、私……)
今となっては、あれほどレイモンドに入れ込んでいた自分が恥ずかしい。穴があったら入ってそのまま100年ぐらい閉じこもりたい気分だ。
せめて多少は失恋した感傷に浸りたいと思うセレスティアだったが、現実にはそうもいかない。
王族であるレイモンドと侯爵家の娘であるセレスティアの結婚は、政略結婚だ。家と家の結びつきの為の結婚である以上、両親への報告は必須となる。
「お父様、お母さま。私、婚約破棄されましてよ」
セレスティアはレイモンドから婚約破棄されたことを、両親に告げた。
ルーザートン侯爵夫妻は、レイモンドの突然の婚約破棄に大いに困惑し、従者たちを巻き込んでのハチの巣をつついたような騒動になった。
セレスティアは19歳で、この国ではすっかり行き遅れと呼ばれる歳だ。咎める言葉こそなかったものの、突然こんなお荷物を抱える羽目になった両親は、内心では苦々しく思っているだろう。それとも、あれほど入れ込んでいた婚約者に振られてしまったセレスティアに、呆れているのだろうか。
大切に育ててくれた両親に合わせる顔がないと部屋に引きこもれば、婚約破棄の話を聞きつけたメイドたちが続々と部屋に駆け付けた。
「高貴なルーザートン侯爵家のセレスティアお嬢様を振るなんて、なんて見る目のない方なんでしょう!」
「本当に! お嬢様はこんなにも素晴らしい方なのに」
「お嬢様、あまり落ち込まれませんように。大丈夫、ふさわしい縁談ならいくらでもありますよ!」
そう言ってメイドたちは口々に励ましてくれるが、ただでさえ行き遅れであるうえに、王族に婚約破棄されるというケチが付いた状態のセレスティアに縁談など来るはずがなかった。なんだか無理に同情されている気がして、なんとなく居心地が悪い。
セレスティアは「ちょっとひとりにしてほしいわ」と豪奢な自室からメイドたちを無理やり下がらせ、赤い天鵞絨張りのソファに寝転がって額に手をあてた。
「もう、騒がしいんだから……」
一世一代の大失恋をしたのだから、多少は落ち込む時間があるかと思ったのだが、そんな余裕など与えてはもらえないらしい。
そもそも、大失恋した夜に悪友と一夜の過ちを犯してしまったのだ。失恋の痛手など、一瞬でどこかに吹き飛んでいる。
セレスティアはため息をついた。
「これからどうしよう……」
自分から新たな結婚相手を探しに外へ繰り出そうにも、残念なこと他人の恋路を邪魔するのに忙しかったセレスティアは、友達らしい友達がシルヴァンくらいしかいないため、それもなかなか難しい。
当のシルヴァンはレイモンドとファナが結ばれ、ファナに片想いしていたシルヴァンも失恋したため、セレスティアとの共通の話題もなくなった。つまり、セレスティアとシルヴァンの関係も、これきりというわけだ。
(シルヴァンと言えば、責任を取るとか言ってたけど、あれはどういうことだったのかしら……)
結局、シルヴァンには一夜の過ちを犯して以来、一度も顔を合わせていない。彼の言った「責任を取る」という言葉の真意も聞かずじまいだ。律儀なシルヴァンのことだから、約束を反故にすることはないだろう。どうせまとまった金を渡すとか、あの艶やかな黒髪を坊主にするとか、その程度のことだろうとセレスティアは考えていた。
「あーあ、どうせならいい縁談でも持ってきてくれないかしら。そうでなきゃ、修道院に行きも考えなきゃ」
ソファの上で伸びをしながらそう呟いたその時、突然自室のドアを忙しなく叩く音がした。
「お嬢様! お嬢様! お客様ですよ!」
「えっ!?」
「お嬢様のご友人の方が、何やら話があると……」
「ええっ!? 私、友達なんていないけど!?」
思い当たる節がなく、セレスティアは真面目に首をひねったのもつかの間、ガチャリとドアを開き、困り顔のメイド後ろから背の高い人物がひょっこり顔を出す。
そこにいたのは、大輪の花束を抱えた、マケナリー家嫡男のシルヴァンだった。
その手紙には、長年婚約関係にあったセレスティアへの感謝の言葉と、何か困りごとがあれば相談してほしい、ということが綴られていた。
「ゲームと違って、皆の前で断罪されなかっただけ、マシだったのかしら」
窓から入ってきた春の日差しに、手紙に並んだ整った文字たちが照らされている。王子の息遣いさえ聞こえてきそうな優しい言葉たちに、心がずくりと痛んだ。
(レイモンド様のこういう優しいところ、好きだった……)
失恋する前の悪役令嬢セレスティアなら、この手紙を受け取って「こんなに優しい言葉をかけてくれるなんて、まだチャンスがあるのでは!?」と期待してしまうだろう。
しかし、失恋をしたあの夜から、セレスティアのレイモンドへの恋心はあっという間に萎んでいった。ゲームも終盤となり、悪役令嬢セレスティアの役割を終えたため、世界のシステムがセレスティアの心に多少作用したのかもしれない。とはいえ、自分がやらかしたことは消えないのだが。
(よく考えたら、前世の乙女ゲームの記憶を駆使して、レイモンド様の行く先々で出没したんだもの。厄介なストーカーみたいなものよね。気持ち悪がられても全然おかしくないわ。っていうか、それが普通よ……。何してたの、私……)
今となっては、あれほどレイモンドに入れ込んでいた自分が恥ずかしい。穴があったら入ってそのまま100年ぐらい閉じこもりたい気分だ。
せめて多少は失恋した感傷に浸りたいと思うセレスティアだったが、現実にはそうもいかない。
王族であるレイモンドと侯爵家の娘であるセレスティアの結婚は、政略結婚だ。家と家の結びつきの為の結婚である以上、両親への報告は必須となる。
「お父様、お母さま。私、婚約破棄されましてよ」
セレスティアはレイモンドから婚約破棄されたことを、両親に告げた。
ルーザートン侯爵夫妻は、レイモンドの突然の婚約破棄に大いに困惑し、従者たちを巻き込んでのハチの巣をつついたような騒動になった。
セレスティアは19歳で、この国ではすっかり行き遅れと呼ばれる歳だ。咎める言葉こそなかったものの、突然こんなお荷物を抱える羽目になった両親は、内心では苦々しく思っているだろう。それとも、あれほど入れ込んでいた婚約者に振られてしまったセレスティアに、呆れているのだろうか。
大切に育ててくれた両親に合わせる顔がないと部屋に引きこもれば、婚約破棄の話を聞きつけたメイドたちが続々と部屋に駆け付けた。
「高貴なルーザートン侯爵家のセレスティアお嬢様を振るなんて、なんて見る目のない方なんでしょう!」
「本当に! お嬢様はこんなにも素晴らしい方なのに」
「お嬢様、あまり落ち込まれませんように。大丈夫、ふさわしい縁談ならいくらでもありますよ!」
そう言ってメイドたちは口々に励ましてくれるが、ただでさえ行き遅れであるうえに、王族に婚約破棄されるというケチが付いた状態のセレスティアに縁談など来るはずがなかった。なんだか無理に同情されている気がして、なんとなく居心地が悪い。
セレスティアは「ちょっとひとりにしてほしいわ」と豪奢な自室からメイドたちを無理やり下がらせ、赤い天鵞絨張りのソファに寝転がって額に手をあてた。
「もう、騒がしいんだから……」
一世一代の大失恋をしたのだから、多少は落ち込む時間があるかと思ったのだが、そんな余裕など与えてはもらえないらしい。
そもそも、大失恋した夜に悪友と一夜の過ちを犯してしまったのだ。失恋の痛手など、一瞬でどこかに吹き飛んでいる。
セレスティアはため息をついた。
「これからどうしよう……」
自分から新たな結婚相手を探しに外へ繰り出そうにも、残念なこと他人の恋路を邪魔するのに忙しかったセレスティアは、友達らしい友達がシルヴァンくらいしかいないため、それもなかなか難しい。
当のシルヴァンはレイモンドとファナが結ばれ、ファナに片想いしていたシルヴァンも失恋したため、セレスティアとの共通の話題もなくなった。つまり、セレスティアとシルヴァンの関係も、これきりというわけだ。
(シルヴァンと言えば、責任を取るとか言ってたけど、あれはどういうことだったのかしら……)
結局、シルヴァンには一夜の過ちを犯して以来、一度も顔を合わせていない。彼の言った「責任を取る」という言葉の真意も聞かずじまいだ。律儀なシルヴァンのことだから、約束を反故にすることはないだろう。どうせまとまった金を渡すとか、あの艶やかな黒髪を坊主にするとか、その程度のことだろうとセレスティアは考えていた。
「あーあ、どうせならいい縁談でも持ってきてくれないかしら。そうでなきゃ、修道院に行きも考えなきゃ」
ソファの上で伸びをしながらそう呟いたその時、突然自室のドアを忙しなく叩く音がした。
「お嬢様! お嬢様! お客様ですよ!」
「えっ!?」
「お嬢様のご友人の方が、何やら話があると……」
「ええっ!? 私、友達なんていないけど!?」
思い当たる節がなく、セレスティアは真面目に首をひねったのもつかの間、ガチャリとドアを開き、困り顔のメイド後ろから背の高い人物がひょっこり顔を出す。
そこにいたのは、大輪の花束を抱えた、マケナリー家嫡男のシルヴァンだった。
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