[短編]週末だけ犬になる俺を、ポーカーフェイスな妻が溺愛してくる

沖果南

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不器用な夫婦

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 ウォーレンを存分に撫でたところで、カレンはふと不思議そうな顔をした。

「あら? そういえば、こんな場所にどうしてワンちゃんがいるのかしら」

 カレンは不思議そうに首をかしげる。その疑問はもっともだ。この中庭は特別な場所。皇帝とその妃、そしてその家族しか入ることを許されていない。

 ――こ、これには、深いわけがあるのだ! 別に、好き好んで犬になっているわけではない!

 とっさにウォーレンは言い訳をしようとしたものの、もちろん犬に言い訳ができるわけがない。「ばうばう!」という情けない鳴き声をあげるだけで終わった。無力である。

「きっと迷いこんじゃったのね」

 目の前のモフモフの犬が自分の夫だとつゆほども思ってもいないカレンは、勝手にひとりで納得した。なんだか純真なカレンを騙しているようで、ウォーレンの良心がキリキリと痛む。

 ことの始まりは一月ほど前である。皇帝であるウォーレンは、うっかり屋の宮廷魔法使いによって、週末だけ犬になる魔法をかけられてしまったのだ。
 この馬鹿げた魔法を解くためには、解除のための魔法が必要なのだという。宮廷魔法使いは過去の文献を読み、解除の魔法について研究している。
 しかし、風の噂に寄れば、宰相たちが宮廷魔法使いの研究をことごとく妨害しているらしい。三日で終わるはずの研究は気づけば一ヵ月も経っている。

『陛下は働き過ぎです。たまには犬にでもなって、のんびりなさればよろしい』

 宰相たちは口をそろえて言った。

 仕方なく、犬になったウォーレンは、部屋でなにもせずに日がな一日寝そべって過ごしたり、王宮の広い庭を思いっきり駆け回ったり、童心に返って無心で穴を掘ったりと、週末犬ライフをエンジョイしていた。
 特にこの中庭は、ウォーレンが犬になった際に必ず訪れるお気に入りの場所だ。なんせ、皇族のみしか出入りを許されておらず、普段は人が来ないので、好きなだけはしゃげるのだ。

 しかし、偉大なるパパリッツィ帝国の皇帝が短期間とはいえ可愛らしい犬の姿になるなんて、皇帝の名折れ。万が一この噂が広まれば、帝国中の笑いものになるだろう。ウォーレンは宰相たちと身近な召使いたちにだけ犬になる魔法について伝え、箝口令をしいた。
 なにより、ウォーレンはこんな情けない姿を妻のカレンにだけは見せたくなかった。

 ――完璧な皇后であるカレンに、こんな姿を見られたくはなかった……。

 皇后のカレンは完璧な人物である。
 策略家の伯爵の長女として生まれ、物心つく前からウォーレンの妻になることが決まっていたカレンは、幼い頃から皇后になるべく厳格に育てられてきた。
 当時二十歳だったウォーレンに十五歳で嫁いだカレンは、不断の努力によって理想的な皇帝の配偶者となった。堂々とした隙のない氷の皇后カレンの立ち振る舞いは、どこからどう見ても理想的な皇后そのもの。現に、帝国内でのカレンの人気は非常に高い。
 年下の完璧な皇后にふさわしい夫となるべく、ウォーレンも必死で努力した。寝る間を惜しんで公務に励み、勉学を怠らず、皇帝としてふさわしい態度を心がけた。
 その結果、ウォーレンもまた若いながらに名君と呼び声が高い立派な皇帝になり、完璧なカレンの横に並ぶにふさわしい男になった――、まではよかった。
 しかし、あまりに公務や勉学に力を入れた結果、カレンとはすっかり没交渉となってしまった。
 パパリッツィ帝国の皇帝夫妻は、いわゆる仮面夫婦の関係である。優秀だが根が不器用なウォーレンは、「理想的な皇帝」と「理想的な夫」を両立できなかったのだ。

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