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2章 二人の前途は多難です!
聖女、爆買いする!(1)
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首都に到着してから四日後、聖女エミはとある神殿にいた。
今日は奉仕活動をするというサクラの付き添いだ。興味本位でここに来ただけなので、特にやることはない。――というわけで、教壇から離れた場所に置いてある椅子に座ったエミは、何をするでもなくただぼんやりとしていた。
「なんか、こういう何もしない感じの時間、久しぶりってゆーか、異世界にきて初めてかも……」
エミはぽつりとつぶやく。
第一王子の婚約者として王宮にいた時は、王妃教育で一日のスケジュールが埋まっていた。ガシュバイフェンにいた時ですら、エミは常に忙しかった。なんせ広い屋敷に、限られた数のメイドたちしかいなかったのだ。やるべきことは探せばいくらでもあったのである。
しかし、首都に来てからエミの生活は一変した。
掃除をしようとすれば箒を取り上げられ、洗濯をしようとすれば、すぐにメイドたちが飛んでくる。至れり尽くせりではあるものの、エミにとってはどこか物足りない生活だ。
その上、婚約者のディルにも、首都に来てからは一度も会えていなかった。「しばらく忙しいから会えなくなる」という旨の短い言付けがあったきりだ。
――というわけで、聖女エミは完全に暇を持て余してしていた。
「もうすでにハクシャクに会いたいんだけど、忙しいって言われたら会いに行けないよぉ……。無理してほしくないし……」
エミはため息をついて、再びぼんやりと頬杖をつく。ミガレット神の彫刻の前では、聖女サクラが忙しそうに人々を治療していた。
「はい、終わりましたよ。お大事になさってください」
「ありがとうございます、聖女様!」
サクラの足元に跪いて、人々は口々に感謝の言葉を述べた。サクラは慈愛に満ち溢れた微笑みを浮かべて頷く。
「これくらい当然のこと。ミガレット神に与えられたこの力は、この国の皆様のためにありますから。祝福と栄光あれ」
サクラの祝福の言葉を聞いた人々は「なんと神々しい」「これが聖女様だ……」と平伏する。
異世界転移者である聖女サクラは、こちらの世界に来る際に、「怪我や病気を治す治癒力がほしい」と神に願い、その願いは叶えられた。
その優れた治癒能力は戦争が終わった今でも大いに役に立っており、週に一度は市街地にある神殿でこうして人々の病気や怪我を癒やしているのだそうだ。
『王子の婚約者なんて人気商売だもん。本当はやりたくないけど、やっておいて損はないからさぁ』
行きがけの馬車の中でサクラはそう愚痴っていたものの、人々に囲まれる彼女は案外楽しそうだった。
「えらいなぁ、サクぴは」
エミは人知れずため息をつく。「化粧品が好きなだけ出てくるコスメボックスがほしい」というアホな願いを叶えてもらったせいで、人より魔力を多く与えてもらったらしいエミは、その強大な魔力は人から恐れられてしまう。その能力ゆえに感謝されるサクラとは雲泥の差である。
「あたしももっと役に立つ能力がほしいって言えばよかったのかなぁ。でもなぁ……ギャルたるもの、チークとつけまとカラコンはマストだし、こっちじゃ絶対手に入らないしぃ」
いまさら考えても仕方ないのだが、エミは真剣に悩んだ。答えは出そうにない。
そうこうしているうちに、人でごった返していた神殿も、人影がばらになっていた。どうやら今日の治療は終わったらしい。
ひと仕事終えたサクラが、エミのもとへ走り寄ってきた。
「お待たせ、エミたそ! 待たせてごめんね」
「全然おけまるだよ~♡ お仕事おつ~~! えーっと、これからどうするんだっけ?」
「せっかく街に出たからお買い物に行こうと思ってるんだけど、どうかな?」
「え~~! まじで!?」
つけまつ毛に囲まれたエミの眼が、一瞬できらきらと輝いた。サクラは満足そうに頷きつつ、ポケットからスケジュール帳を取り出す。
「ブティックの予約は二時からだし、ちょうどいい時間ね。このまま行こうか」
サクラはさっと手を上げると、後ろに控えていた護衛騎士に馬車を用意するよう伝える。護衛騎士は軽く頷くと、あっという間に走って行ってしまった。
一方、「ブティックの予約」という聞いたことのない単語を耳にしたエミは首をかしげた。
「ねえ首都のブティックって、予約するもんなの? そんながっつり系じゃなくて、ウィンドウショッピング的なライトな感じでもいいよ……?」
「そんなんじゃダメ! エミたそにふさわしいドレスとかアクセサリーを買うんだから、しっかりしたところに行かなきゃ」
「で、でもさ、あたし、ドレスあんまり着ないタイプじゃん? ハクシャクにもらった一着で事足りまくりだからね~?」
ハクシャク、という単語を聞いたサクラがあからさまに嫌そうな顔をした。
「ああ、クローゼットの中に入っていたアレね……。悔しいけどエミたそに似合ってたわ。それは認める。でもね、今から行くところは王族御用達の腕のいいブティックなの。私がもっと良いドレスをエミたそにプレゼントしちゃうわ! ふふふ、田舎の小金持ちごときじゃ絶対に手に入らない最高級品で勝負よ!」
サクラはディルに対抗意識を燃やす。一方のエミは申し訳なさそうにうつむいた。
「それはちょっとなんか、悪いかなーって……」
「大丈夫よ! 神殿と貴族からのお布施でガッポリ稼いでるからっ!」
どんと胸を叩いたサクラは高笑いをする。しかし、「馬車の用意ができましたよ」と護衛騎士が神殿に入ってきた瞬間、サクラは聖女らしいおしとやかな笑顔に切り替えた。早業である。
今日は奉仕活動をするというサクラの付き添いだ。興味本位でここに来ただけなので、特にやることはない。――というわけで、教壇から離れた場所に置いてある椅子に座ったエミは、何をするでもなくただぼんやりとしていた。
「なんか、こういう何もしない感じの時間、久しぶりってゆーか、異世界にきて初めてかも……」
エミはぽつりとつぶやく。
第一王子の婚約者として王宮にいた時は、王妃教育で一日のスケジュールが埋まっていた。ガシュバイフェンにいた時ですら、エミは常に忙しかった。なんせ広い屋敷に、限られた数のメイドたちしかいなかったのだ。やるべきことは探せばいくらでもあったのである。
しかし、首都に来てからエミの生活は一変した。
掃除をしようとすれば箒を取り上げられ、洗濯をしようとすれば、すぐにメイドたちが飛んでくる。至れり尽くせりではあるものの、エミにとってはどこか物足りない生活だ。
その上、婚約者のディルにも、首都に来てからは一度も会えていなかった。「しばらく忙しいから会えなくなる」という旨の短い言付けがあったきりだ。
――というわけで、聖女エミは完全に暇を持て余してしていた。
「もうすでにハクシャクに会いたいんだけど、忙しいって言われたら会いに行けないよぉ……。無理してほしくないし……」
エミはため息をついて、再びぼんやりと頬杖をつく。ミガレット神の彫刻の前では、聖女サクラが忙しそうに人々を治療していた。
「はい、終わりましたよ。お大事になさってください」
「ありがとうございます、聖女様!」
サクラの足元に跪いて、人々は口々に感謝の言葉を述べた。サクラは慈愛に満ち溢れた微笑みを浮かべて頷く。
「これくらい当然のこと。ミガレット神に与えられたこの力は、この国の皆様のためにありますから。祝福と栄光あれ」
サクラの祝福の言葉を聞いた人々は「なんと神々しい」「これが聖女様だ……」と平伏する。
異世界転移者である聖女サクラは、こちらの世界に来る際に、「怪我や病気を治す治癒力がほしい」と神に願い、その願いは叶えられた。
その優れた治癒能力は戦争が終わった今でも大いに役に立っており、週に一度は市街地にある神殿でこうして人々の病気や怪我を癒やしているのだそうだ。
『王子の婚約者なんて人気商売だもん。本当はやりたくないけど、やっておいて損はないからさぁ』
行きがけの馬車の中でサクラはそう愚痴っていたものの、人々に囲まれる彼女は案外楽しそうだった。
「えらいなぁ、サクぴは」
エミは人知れずため息をつく。「化粧品が好きなだけ出てくるコスメボックスがほしい」というアホな願いを叶えてもらったせいで、人より魔力を多く与えてもらったらしいエミは、その強大な魔力は人から恐れられてしまう。その能力ゆえに感謝されるサクラとは雲泥の差である。
「あたしももっと役に立つ能力がほしいって言えばよかったのかなぁ。でもなぁ……ギャルたるもの、チークとつけまとカラコンはマストだし、こっちじゃ絶対手に入らないしぃ」
いまさら考えても仕方ないのだが、エミは真剣に悩んだ。答えは出そうにない。
そうこうしているうちに、人でごった返していた神殿も、人影がばらになっていた。どうやら今日の治療は終わったらしい。
ひと仕事終えたサクラが、エミのもとへ走り寄ってきた。
「お待たせ、エミたそ! 待たせてごめんね」
「全然おけまるだよ~♡ お仕事おつ~~! えーっと、これからどうするんだっけ?」
「せっかく街に出たからお買い物に行こうと思ってるんだけど、どうかな?」
「え~~! まじで!?」
つけまつ毛に囲まれたエミの眼が、一瞬できらきらと輝いた。サクラは満足そうに頷きつつ、ポケットからスケジュール帳を取り出す。
「ブティックの予約は二時からだし、ちょうどいい時間ね。このまま行こうか」
サクラはさっと手を上げると、後ろに控えていた護衛騎士に馬車を用意するよう伝える。護衛騎士は軽く頷くと、あっという間に走って行ってしまった。
一方、「ブティックの予約」という聞いたことのない単語を耳にしたエミは首をかしげた。
「ねえ首都のブティックって、予約するもんなの? そんながっつり系じゃなくて、ウィンドウショッピング的なライトな感じでもいいよ……?」
「そんなんじゃダメ! エミたそにふさわしいドレスとかアクセサリーを買うんだから、しっかりしたところに行かなきゃ」
「で、でもさ、あたし、ドレスあんまり着ないタイプじゃん? ハクシャクにもらった一着で事足りまくりだからね~?」
ハクシャク、という単語を聞いたサクラがあからさまに嫌そうな顔をした。
「ああ、クローゼットの中に入っていたアレね……。悔しいけどエミたそに似合ってたわ。それは認める。でもね、今から行くところは王族御用達の腕のいいブティックなの。私がもっと良いドレスをエミたそにプレゼントしちゃうわ! ふふふ、田舎の小金持ちごときじゃ絶対に手に入らない最高級品で勝負よ!」
サクラはディルに対抗意識を燃やす。一方のエミは申し訳なさそうにうつむいた。
「それはちょっとなんか、悪いかなーって……」
「大丈夫よ! 神殿と貴族からのお布施でガッポリ稼いでるからっ!」
どんと胸を叩いたサクラは高笑いをする。しかし、「馬車の用意ができましたよ」と護衛騎士が神殿に入ってきた瞬間、サクラは聖女らしいおしとやかな笑顔に切り替えた。早業である。
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