呪われ伯爵様との仮初めの婚姻は、どうやら案外楽しいようです。

和島逆

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14.デューク様の仮説

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 日がとっぷり暮れてようやく、アッシュ様と領主補佐であるデューク様が帰宅した。
 視察先の村からついでに新鮮野菜を仕入れてきたらしく、玄関先がちょっとした店開き状態になる。厨房の料理人がいそいそと野菜を選別するのを、私も興味深く覗き込んだ。

「随分たくさん買ってきたのですね」

「ああ、豊作すぎて逆に困っていると聞いてな。……そ、それとセ……セシリア、には、別に土産があるんだ」

 顔を赤くしてアッシュ様が差し出してくれた紙袋から、色とりどりのドライフルーツが出てくる。私は大喜びで受け取った。

「ありがとうございます! この間のがとっても美味しかったから、また食べたいなって思ってて――……あ」

 そうだ、アッシュ様はもう忘れているはず。
 とっさに口をつぐむ私に、アッシュ様が微笑を向ける。

「そうだろう、馬車の中で虎の巻を読んだんだ。……セシリアが喜んでくれたなら、俺もとても嬉しい」

 はにかむアッシュ様に、私もほっとして頷いた。
 そうだ、この間は私がほとんど食べ尽くしてしまったから、今日はアッシュ様と半分こして食べたいな。これから夕食を取って入浴を済ませて、0時になるまでお茶を楽しむ猶予はあるだろうか。

(……ああ、でも)

 ふっと思い至る。そうだ、もしかして今日は時間を気にする必要なんてないのでは? 

「アッシュ様、今日は0時を越えても大丈夫かもしれませんよね。なにせ私達、今日はほとんど一緒に過ごしていませんし。呪いは発動しないかも!」

「うっ。ああいや、その……」

 期待に目を輝かせる私から、アッシュ様が気まずげに視線を逸らせた。もごもごと言葉を濁す彼を見て、デューク様が意地悪く口角を上げる。

「多分無理だよ、セシリア様。このひと馬車の中で虎の巻を読みながら、ずっとキュンキュンときめいてたみたいだからさ」

「お、おいデュークッ!」

「独り言もすっごくて。『か、可愛い』『これが、俺の妻だと……?』とか、『どうして今日は離れ離れなんだ!』とか。いや仕事だからだよ、当然だろ」

 冷淡に締めくくる。アッシュ様ががっくりとうなだれた。あらら。

 落ち込む彼に寄り添い、私は何度も優しく背中を撫でた。

「元気出してください、アッシュ様。今日はお疲れでしょうし、このお土産は明日一緒に食べましょう? 約束ですよ。明日のあなたがわかるよう、虎の巻にもちゃんと書いておいてくださいね」

「セ、セシリア……。もちろんだともっ」

 ちょっとだけ元気を取り戻し、アッシュ様が勢い込んで頷いた。早速虎の巻を取り出して書きつけるのを、私もにこにこして見守った。

 しかしやがて、アッシュ様はまた表情を曇らせる。ペンを握った手を激しく震わせた。

「明日の俺……。明日の俺はセシリアと仲良くティータイムか……。今日の俺はセシリアと離れ離れで仕事に精を出したというのに、不公平ではないか?――くッ、おのれ明日の俺め! 明日の俺が憎いッ!!」

「アホか。自分に嫉妬してどうする」

 デューク様がぞんざいに突っ込む。「いいからとっとと食事にしますよ」とアッシュ様を引っ張っていき、私も慌てて彼らを追った。

 食堂でデューク様も交えて三人で遅い夕食を取り、私は今日一日の成果を報告する。
 と言っても新たに得られた情報は特になく、それでもアッシュ様は私をねぎらってくれた。優しい彼に、明日からも頑張らなくては、と私は気持ちを新たにする。

 夕食を終えて寝る支度を整えたところで、残念ながら時間切れとなった。
 ベッドに倒れ込んで寝息を立てるアッシュ様に、私はそっと毛布を掛ける。

「……おやすみなさい、アッシュ様」

 耳元にささやきかけて部屋を出たところで、私はギクリと足を止めた。扉の前に、デューク様が待ち構えていたのだ。

「デューク様? どうかされましたか?」

「……セシリア様」

 難しい顔をしたデューク様が、大股で私に歩み寄る。
 何事かと身構える私を見て、デューク様は我に返ったように瞬きした。ちょっと苦笑し、私を手招きして踵を返す。

「深夜にすまない。主が寝ている隙に、少しだけ二人で話ができればと思って。使用人食堂に行かないか、メイド長がミルクティーを用意してくれると言っていた」

「わあ。メイド長のミルクティー!」

 私は思わず声を弾ませた。
 程よい甘さのメイド長のミルクティーは、この屋敷に住む全員から大人気なのだ。他の人がレシピ通りに淹れたとしても、決して同じ味にはならない。
 あっさりつられて付いてくる私に、デューク様がおかしそうに頬をゆるめる。

 到着した使用人食堂には誰もおらず、小鍋とカップが並んでテーブルに用意されていた。鍋の蓋を開けばまだ温かく、甘い香りが立ち昇る。
 湯気の立つミルクティーをカップに注ぎ分け、デューク様と向かい合ってテーブルに腰掛けた。

「それで、お話というのは?」

「無論、主に関してだ」

 デューク様がきっぱりと告げ、ミルクティーをひとくちすする。
 しばし言葉を探すように虚空を睨み、ややあってゆっくりと口を開いた。

「……おかしいと、思わないか」

「? 何がです?」

 きょとんとする私に、デューク様はまた少し黙った。トントン、と指でテーブルを叩きながら眉をひそめる。

「早いんだ。呪いのサイクルが、明らかに早すぎる」

「サイクル?」

「ああ。……今まで――君と主が結婚するまでは、こんなじゃなかった。惚れては忘れるを繰り返す、とは言っても、再び呪いが発動するまで数ヶ月以上かかることもあったんだ。今みたいに毎日呪われるなんて尋常じゃない」

 いくら主が君限定で惚れっぽいとしても、だ。

 デューク様がそう声を荒らげる。
 私は彼が何を言いたいのかわからず、まじまじと彼を見返した。

「けれどそれは……、すでに私達が結婚しているからではないでしょうか。単なる屋敷のメイドとして出会うのと、妻として紹介されるのとでは、アッシュ様の心構えも違ってくると思うんです。最初から私を好意的に捉えてくれるから――」

「違う、そうじゃない」

 私の言葉を鋭く遮ると、デューク様は胸ポケットから手帳を取り出した。ぱらぱらとめくり、やがて探していたページを見つけたのか、私の鼻先に開いた手帳を突きつける。

「……え。これって……」

「オレが個人的に付けていた、呪いが発動した日付の記録だ。いいか? 君との接触を極力避けていた頃は、期間がまちまちだよな。長い時もあれば、短い時もある」

 私は手帳を見つめて頷いた。
 確かに年月日を確認すれば、呪いの間隔は最長で半年近く空いていた。デューク様の言う通りだ。

 反対に一番短い時でも一週間ほど。そう考えると確かに、今のペースはおかしいかもしれない。

「……そういえば私、今日はアッシュ様とほとんど顔を合わせていないのにな」

 ――それなのに、今夜もまた呪いが発動してしまった。

 そう小さくひとちれば、デューク様が得たりとばかりに手を打った。

「そうだろう! 君を忘れて再び出会った時、いつだって主はときめいていたんだよ。可愛い、あれは誰だと大騒ぎするのがお決まりだった。でもな、その晩にまた即呪われる、なんてことはなかったんだ」

 デューク様からまくし立てられ、私も唇を噛んで考え込む。
 アッシュ様が私を忘れる条件はただひとつ、私に恋をすること。「可愛い」とか「気になる」程度の思いであれば、まだ恋とまでは言えないのではないだろうか。

(ううん、だけど……)

 今はたったそれだけで呪われてしまう。
 と、いうことはつまり、アッシュ様が私に『落ちる』スピードが、以前よりも明らかに速まっているというわけで――……?

 とある答えにたどり着き、私ははっと顔を上げた。デューク様と目が合い、彼も「そうだ」と表情を引き締めて頷いた。

「呪いが発動すれば、恋した相手の記憶を忘れてしまう。だがもしや、恋心だけは消えないのではなかろうか。何度君を忘れても、主の中で育った君への恋慕だけは、奪われることなく残っているのかもしれない――……」
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