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新しい杖と……

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 超音波骨折治癒器の使用とリハビリの成果で、 詩奈しいなの右足首の骨折部分は無事修復され、松葉杖からロフストランド杖へと代わった。

「松葉杖卒業おめでと~、 詩奈しいな! なんか、カッコイイ杖だね~!」

 新しい杖に早速気付いた、若菜。

「これ、言い難いけど、ロフストランド杖っていう名前なんだって。体重2か所にかけられるし、折り畳むとコンパクトになるの」

「だんだん進化していく感じだな~! けど、まだ慣れなそうだから、ゆっくり歩けよ」

 いつも通り、 詩奈しいなのリュックを持つ 瑞輝みずき

「順調に、足首が治っているようで良かったね、牧田さん」

 笑顔になったものの、詩奈しいなの笑顔の裏側にある不安を感じ取れる 凌空りく

「あの超音波何とかっていう治療器、効果有ったんだな~! 覚えておいて、俺もいざという時には使わせてもらう事にしよう!」

「そんな縁起でも無い事言わないで!  瑞輝みずきは、サッカー部のエースストライカーなのに!  詩奈しいなが完治するまでは、怪我は 御法度ごはっとだからね!」

 厳しい口調の若葉。
  瑞輝みずきは、今は当たり前のように 詩奈しいなのそばにいるが、そもそも運動神経抜群の 瑞輝みずきは、サッカー部はもちろん、1年男子の中ではトップクラスの人気者。
 この怪我が無かったら、 一緒に過ごすなど有り得なかった存在という事を若葉の言葉から、まざまざと思い知らされた詩奈しいな

「 瑞輝みずきが怪我したら、若葉が世話してあげて。僕が、代わりに牧田さんを見るよ」

  凌空りくの発言に、一瞬、3人の動きが止まった。

「……なんてね」

 慌てて、冗談のように 凌空りくが付け足し、若葉と 詩奈しいなが笑ったが、 凌空りくの気持ちを知っている 瑞輝みずきだけは笑えなかった。

「面白いじゃん、それ!  凌空りく、ナイス! そうなったら、私、 瑞輝みずきの家に泊まり込んで世話しちゃう!」

 若葉が、それはそれで有りと、言わんばかりのはしゃぎよう。
 
「私、北岡君には重いと思う……」

 想像してから、申し訳無いように小声で言った 詩奈しいな

「確かに、まだ今は、無理かも……でも、そのうち、 瑞輝みずきに負けないように鍛えるから」

  凌空りくから真剣そうな眼差しを向けられ、 詩奈しいなは視線のやり場に困った。

「あっ、うん、ありがとう! 頼もしいな~! でも、私も、皆に迷惑をいつまでもかけ続けないように、リハビリ頑張るから!」

「はりきり過ぎて、無茶するなよ!」

  瑞輝みずきに笑顔で返した 詩奈しいな
 その 瑞輝みずきに対する 詩奈しいなの自然な対応と、自分の言葉に対するぎこちなさを比べずにいられなかった 凌空りく


 学活の時間。
 3週間後に催される、1泊2日の林間学校のグループ決めをしていた。
 1グループは、男子だけでも、女子だけでも、混合でも可能で、4名定員。
 
「4人だって! 私達、丁度じゃん、 詩奈しいな!」

 若葉は当然のように、 詩奈しいなと 瑞輝みずきと 凌空りくで1グループになるつもりでいた。

「私……行っても大丈夫かな?」

 松葉杖よりは動きやすいものの、ロフストランド杖になったばかりで、1泊2日は、グループの他のメンバーの負担が大き過ぎるかも知れないと、 危惧きぐした 詩奈しいな
 
「何言ってんだよ~! 林間学校といえば、1年生のイベントの中でも1番楽しいやつだから、休むなんて無しだろ!」

 ここまで回復した 詩奈しいなを林間学校で休ませるという選択肢など、有り得ないという口調の 瑞輝みずき

「でも、本当に、私、まだ動きが鈍いから。皆が、楽しめなくなったらって考えると……」

「一年交代で幸い今年は、キャンプ無しの研修施設泊だし、私も色々、 詩奈しいなの負担が少なくなるように手伝うよ~! 何より、他のメンバーが入るよか、 詩奈しいなが一緒の方がいい~!!」

 駄々っ子のように 詩奈しいなの手を揺らし、 うながす若葉。

「牧田さんがいない状態の方が、僕達は楽しめないから、行こうよ!」

  詩奈しいなを心配し、反対する事も有る 凌空りくも、今回ばかりは、 瑞輝みずき達と同意見だった。

「うん……また面倒かけてしまう事になるけど、やっぱり行きたい」

  詩奈しいなが行くと決まり、喜ぶ 瑞輝みずき達。
 
「スケジュール早目に貰う事にして、どうやったらスムーズに行くか、皆で作戦立てよう!」

 少しでもクラスメイト達に遅れを取らないように、前もって、計画を練っておく事を提案した 凌空りく

「荷物運びや力仕事が有ったら、俺に任せろ!」

  瑞輝みずきが言うと、首を傾げた若葉。

「考えてみると、グループは一緒でも、泊まる部屋は女子同士になるから、私が一番しっかりしないとね!  詩奈しいなも気付いた事が有ったら言ってね!」

 自分の為に、準備段階のうちに皆が工夫し、負担を減らそうとしてくれている様子が嬉しく、林間学校まで順調にロフストランド杖を使いこなせるようになって参加せねばと、意欲的になった 詩奈しいな

「えっ、林間学校! あと、3週間後なんて、もうすぐじゃない!!」

 家に着くまで待ち切れずに、帰りの車の中で林間学校の件を母に話した。

「うん、楽しみ~! 4人グループだから丁度だったし!」

 嬉しそうな笑顔の報告だったが、心配のあまりに喜べない母。

「1泊2日なんて、大丈夫なの? まだ右足首、そんな状態なのに……」

「私も、最初は皆の迷惑になったら嫌だから、休もうかと思ったけど……でも、やっぱり、すごく行きたいの!! 今年はキャンプじゃなくて研修施設泊まりだし、グループの皆、手伝ってくれるって言っているし……私の足、治ったら、もう皆とは一緒に過ごせないかも知れないから、だから、今のうちに、皆で楽しみたいの!!」

 今まで、これほど強く 詩奈しいなが、学校行事について主張した事など無かった。
 そんなにまで 詩奈しいなが切望するなら、まだ一抹の不安は有るが、叶えたいと思った母。


 林間学校を間近に控えた日曜日、詩奈しいなは母と、林間学校での雨具やナップザックなどを買いに出かけていた。
 その頃には、ロフストランド杖も随分スムーズに使用できるようになり、一緒に歩いている母とも、歩くスピードはさほど変わらなくなっていた。

「これくらいの速さで歩けるなら、林間学校も大丈夫そうね。ただ林間学校というと、当然ハイキングとか有りそうだし……山道は、こんなに舗装されたような歩きやすい道じゃないから、足元にはくれぐれも気を付けないと!」

「うん、肝試しが有るんだけど、まだ日が落ちる前の夕刻からスタート出来るから、最初の順番にしてもらおうと思ってる」

 肝試しの件は初耳で、参加しない方が無難と思えたが、詩奈しいなは楽しみにしている様子。

「肝試しって、足元暗かったり、脅かされたりしたら、バランス崩しそうじゃない? それだけは、参加するのはガマンした方が良さそうな気がするわ」

「大丈夫よ、私、そんなので驚く方じゃないし」

 ホラー映画なども楽しんで見る事が多く、お化け屋敷は、何となく出て来るタイミングと場所が分かり、「やっぱり」程度にしか思わない詩奈しいな
 肝試しごときで、怖がってキャーキャー悲鳴上げて動揺する事は、自分に限って無いと確信していた。

詩奈しいなは、そういうところ可愛げ無いから、脅かす側も、一緒に男子達がいても、つまらなそうかもね」

「一緒のグループの若葉もしっかり者だし、肝試しで驚かないような感じだから、丁度いいのかも。あっ、でも、北岡君が前に、ホラー映画が苦手って言っていたから、怖がりそうかな? 実際、どうなんだろう、楽しみ!」

 林間学校の話題だけで、十分に楽しそうな表情の詩奈しいなを見ていると、この林間学校に参加する事が、詩奈しいなにとって中学校での最高の思い出になりそうで、肝試しに参加する事も認めた母。

 カバン売り場で、リュックの会計を済ませ帰ろうとした時。
 聞き慣れた声が、どこかから届き、辺りを見回した詩奈しいな
 すると、少し離れたリュックが釣り下げられているコーナーで、一緒に見ている瑞輝みずきと若葉の姿が目に入った。
 凌空りくもいるのかと思ったが、2人だけで、恋人同士のように腕を組んでいるのを見て、思わず彼らの視界に入らない位置に、母と急いで移動した詩奈しいな

「どうしたの、急に、詩奈しいな? あっ、あそこにいるの、矢本君じゃないの?」

「お母さん、いいから。気付かれないようにして帰りたいんだけど……」

 瑞輝みずきの横にピッタリと寄り添い、はしゃいでいる女子を見た母は、詩奈しいなの気持ちが痛いほど分かった。
 詩奈しいなの要望通りに、別方向へと一緒にいそいそと歩こうとした母。

「矢本君と一緒にいた女の子は、若葉さん?」

「うん……」

(休みの日に2人で仲良く買い物して、やっぱりあの2人付き合っているんだ……)

 学校では見た事が無いほど、仲睦まじい雰囲気で語り合いながらリュックを見ていた2人に失意を感じ、身を隠さずにいられなかった詩奈しいな
 あのまま、2人とバッタリ遭遇した場合、2人に対して、笑顔で挨拶を出来る自信が無かった。

(小学生の時から、あの2人はあんな感じで、ずっと続いていたのを知っていたし、遠目からも見ていたはずだったのに……骨折してからは、私、すっかり仲間に入ったつもりでいて、いつの間にか、もしかしたら……なんて期待し過ぎていたのかも知れない。そんな事あるわけ無いのに! 私は怪我人で、矢本君は、ただ負い目を感じて親切にしてくれているだけなのに……私、バカだな。それ以上、なに期待していたんだろう……)

 車に戻ると、我慢していた涙が一気に止めどなく溢れ出した。

(何より、悔しいくらいに、あの2人はお似合い過ぎる……私と矢本君が並んだら、ただの怪我人とそうさせた責任を取る人って雰囲気にしかならないのに……あの2人が並ぶと、誰の目からも恋人同士以外には見えない……)

「こんな事を言うと、詩奈しいなにとってむごいかも知れないけど、いつも学校では、詩奈しいなを気遣ってくれていた2人なんだから。休みくらい、その任務から解放されて、2人っきりで楽しんでもいいんじゃないかな?」

 母の目からも、詩奈しいなに対する時の態度とは違い、若葉と一緒の時の瑞輝みずきは親密度が違って見えていた。
 詩奈しいなの骨折を理由に、彼らに割り込むなど、到底無理だろう。

「うん、分かってる……私、矢本君も若葉の事も大好きだから。恵麻えまとかが相手だったら、嫌だけど。その大好きな矢本君と若葉が恋人同士なら、私は、応援したい。頭では分かっているんだけど、でも、実際、そういうのを目の前で見ちゃうと、やっぱりショックで、哀しかった……」

「まだ中1なんだから、矢本君ばかりじゃなく、もっと色んな人を好きになるといいよ! もしダメでも、その度に強くなって自分を磨いて、その相手達を後悔させるくらい素敵になればいいじゃない、詩奈しいな!」

 思春期の娘に対して言うのは、的確かは分からないまま、励ました母。

「それが出来ればいいんだけど……若葉と付き合っていたとしても、私は、矢本君の事だけしか好きでいられそうにない……」

 報われる事の無さそうな一途な想いを尚も抱き続けようとする詩奈しいな不憫ふびんに感じつつも、詩奈しいながそうしたいのであれば、応援をしようとする母。

詩奈しいなは、そういう性格だったね。まあ、この先、どこでどうなるか分からないし、矢本君を想い続けたいなら、そうしようか! 自分の気持ちを捻じ曲げようとするより、素直に生きた方がいいもんね!」

「うん、私、諦め悪いみたい……またきっと、哀しい現実を見てしまう度に、何度も泣く事になるかも知れないけど……それでも、自分の気持ちに嘘はつきたくないから!」

 涙を拭って、強く言い切った詩奈しいな
 そんなにまで一途に、1人だけを想い続ける事が出来る娘を羨ましくさえ思えてきた母。
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