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暴露と……

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 夕刻、また詩奈しいなの友人達が来そうな頃を見計らい、母は家事などを片付けに家に戻った。
 
 複数の足音が、詩奈しいなの病室の前で止まった時、それが瑞輝みずき達と予想したが、ノックもせずに、入って来たのは、まさかの恵麻えま芽里めりだった。

恵麻えま芽里めり……」

「私達とは思わなかった顔してる~! 北岡君達かと思った?」

「クラス違うから、私と会うのは久しぶりだね。芽里めりは学校でよく会っていたようだけど」

 2人が面会に来たのも驚きだったが、瑞輝みずき達と同じタイミングではなかった事にホッとした詩奈しいな

「何しに来たみたいな感じじゃん、詩奈しいな! 私達が言いたい事くらい分かっているよね?」

「信じらんない! 芽里めりから聞いて、めっちゃムカついて、とてもじゃないけど一言言わなきゃ気が収まらない!」

 恵麻えまが激情に駆られている理由は、予想できていた詩奈しいな

「ちょっと~、詩奈しいな! 芽里めりが北岡君の事を好きだって知っていながら、林間学校の時から、北岡君と付き合い出したって、ホント?」

 2人に、偽装交際の件を言えるはずが無かった。

「本当なの……ゴメンね、芽里めり

「ふざけないでよ! 矢本君には、有川さんがいて勝ち目無いからって、急に北岡君に鞍替えするなんて! ヒドイじゃん、この裏切り者!」

 感情に任せたまま芽里めり詩奈しいなの左頬を力任せに叩いた。

「どんな手段使って、誘惑したの、北岡君を?」

「私、誘惑したわけじゃない……」

「教えなさいよ、このサイテー女!」

 芽里めり詩奈しいなの両頬が赤く腫れるほど叩きまくっていると、2人の声でかき消されてノックの音が聴こえず、そのまま、ドアが開き、瑞輝みずき凌空りく、若葉が入って来て、中の様子に愕然がくぜんとした。

「お前ら、何やってるんだ!!」

 瑞輝みずきが力づくで、芽里めり詩奈しいなから引き離した。

芽里めりは悪くない! 悪いのは詩奈しいなの方なんだから!」

 恵麻えま芽里めりを弁護し出した時、その後に彼女の言わんとしている事が分かり、耳を塞いだ詩奈しいな

(止めて!! そんな事、矢本君や若葉の前で言わないで!!)

「驚かないでね、詩奈しいなずるさを教えてあげるから! 詩奈しいなは、矢本君の事が好きだったけど、有川さんには敵わないと思って、北岡君を誘惑したの!」

 その言葉で、瑞輝みずきと若葉が固まり、してやったり顔で詩奈しいなを見下ろした恵麻えま芽里めり

「だから、この前も言った通り、僕が口説いただけで、牧田さんからは誘惑された覚えは無い!」

「そんな風に詩奈しいなをかばわなくてもいいのに、北岡君! こんな性悪女なんか」

 恵麻えまの言葉に動じるどころか、反論してきた凌空りくが信じられない芽里めり

「言いたいのは、それだけだったら、帰ってもらえないか?」

 いつもは温厚な凌空りくが、声を荒げた事で、恵麻えま芽里めりは委縮して病室から退散した。
 彼女らが出た後も尚、誰も何を話していいか分からず、病室内のぎこちない空気は変わらなかった。

(どうしよう……? 知られたくなかった事を、矢本君と若葉の前でバラされてしまった……北岡君がかばってくれたけど、2人とも恵麻の言う方を信じているかも知れない。北岡君に、お礼を言いたいけど、お礼を言うと、余計怪しまれてしまいそう……)

 沈黙を破ったのは、やはり凌空りくだった。

「今日のノートのコピー、かなり多いよ。分からない所が有ったら、明日また来た時に聞いて」

 何事も無かったかのように、いつも通りの表情を浮かべて言った凌空りく

「うん、ありがとう」

(さっきの事、スルーしてくれた。本当に、ありがとう、北岡君……)

 瑞輝みずきや若葉も何か言葉を発したかったが、恵麻えまから聞いた内容が頭をよぎり、すんなりと口から出て来なかった。

「リハビリは、両松葉杖を上手く使えてる? 以前の復習みたいな感じで、楽勝なのかな?」

「やっぱり階段は辛いけど、病院だったら、エレベーターが有るから、大丈夫」

 こんな状況下でも気遣ってくれているおかげで、凌空りくとは話しやすいと思えていた詩奈しいな

「今日は、面会人数が多くて、疲れてそうだから、そろそろ僕達は帰るね」

詩奈しいな、またね」

「じゃあな、牧田」

 動揺しつつも、最後にやっと、何とか口を開く事が出来た瑞輝みずきと若葉。

「お見舞いありがとう!」

 3人が出て行って、ドアが閉まった後、堪えていた涙が布団の上に置いていた両手の甲にこぼれ落ちた。

(恵麻えまがあんな事を言ったから、私、矢本君や若葉に嫌われて……もうお見舞いに来てくれないかも知れない。せっかくかばってくれた北岡君にも申し訳ない。芽里めりに思いっきり打たれた頬が痛いけど、そんなのは別になんて事はない。それよりも、心が痛過ぎて、どうしていいのか分からない!)

 面会からの帰り道、外に出たタイミングで呟くように若葉の声。
 聴こえなかったかのように返答しなかった瑞輝みずき凌空りく

詩奈しいなが、瑞輝みずきの事を好きだったって、どう思う?」

 再度尋ね直したが、今度は大き目の声で、瑞輝みずき凌空りくの方を凝視しながら尋ねた若葉。

「知らねーよ。今は、凌空りくと付き合ってるんだから、関係ないだろ」

 内心は気になりつつも、凌空りくを気遣うように言った瑞輝みずき

凌空りくはどう思う? 何か、詩奈しいなから聞いてないの?」

 瑞輝みずきが気にしなくても、詩奈しいなも自分と同じ相手を想っているのなら、若葉にとっては重要だった。

「聞いてない。牧田さんが誰を想おうと、僕は牧田さんが好きで一緒にいたいから!」

 詩奈しいなの気持ちを知りながら隠し、自分の気持ちを伝えた凌空りくに、溜め息をつく若葉。

「いいな~、私も、瑞輝みずきにそう言われたいんだけど! ねえ、瑞輝みずき!」

「俺は、言わね~よ、そんな事!」

 ぶっきらぼうに言い切った瑞輝みずき

「私には、言わないけど、詩奈しいなには言うとか、無いよね?」
 
 つい確認せずにいられない若葉。

「はぁ? 誰にも言わね~!」

 瑞輝みずきの言葉に安堵し、腕を組んで瑞輝みずきを見上げた若葉。

「私は、瑞輝みずきが誰を想っていても、ずっと瑞輝みずきの事が大好きだからね!」

「そんな事、別に言ってもらわなくてもいいんだけど」

 いつもの様子になった2人の姿を少し離れた位置から見ていた凌空りくは、病院の詩奈しいなの病室の辺りの窓を気がかりそうに見た。
 詩奈しいなの赤く腫れた両頬や、暴露された時の彼女の気持ちを思うと、自分の提案が原因でも有るように思えいたたまれなかった。 
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