『幸創舎』

ゆりえる

文字の大きさ
2 / 2
2.

幸創舎

しおりを挟む
 両親を幼い時に交通事故で亡くし、その無残な遺体と対面した南川努が、その時以来、ずっと切望していた夢に、友人2人が協力してくれた事により、起こしたのが社員がたった3人だけの『幸創舎』。

 努は、写真1つあればどんな顔も再現できる特殊メイクを学び、ロボット工学に進んだ渡井宏は、微細な動きさえも人間に似せたアンドロイドを造り、声優養成所に所属していた恩田孝は、七色の声を自らも持ちつつ、音声合成に長けている。

 血まみれで原型を留めていない遺体を遺族の為に、特殊メイクで遺影に似せたり、希望の写真の容姿にさせるのが、基本コース。

 オプションで、アンドロイドをその容姿に特殊メイクし、椅子に座った状態で体温に設定された手を握る事が出来、生前時を30分間再現させるコース。

 更に追加オプションで、その特殊メイクしたアンドロイドに、100種類の声色から選び、『ありがとう』『大丈夫』『嬉しい』『頑張ろう』『大好き』などの限られた言葉のみで、30分間会話が出来るコース。

 本人が亡くなった後で、本人の意思とは無関係のところでのやりとりで、無意味と言ったらそれまでだが、意外にも、何とか続けていけるほどに需要が有った。

 今までは細々と続けて来ていた『幸創舎』だったが、このコロロ禍というご時世、遺骨となってしまった姿でしか再会出来ず、涙を呑む遺族の慰めに少しでも役立てたらと、1度だけ新聞の折り込みチラシをした事がきっかけとなり、以来、予約が殺到する状況になった。

 それまで敬遠されがちだった、声を加えた高価なコースまで、申し込む遺族が増え、先行投資していた3人の軍資金と多額の借金全てを補填出来るほど、まだ遠い先と思われていた返済を、早々に達成する事が出来た。

 コロロの猛威は、この第8波で終了するとは思えず、まだこの先も『幸創舎』は安泰だろう。

 努が両親の死に際した時には、幼過ぎたのと、両親の姿が、努の覚えていた面影を残していなかったゆえ、しばらくその死を受け入れ難かった。例え、幼少期であれ、両親が生前そのままの姿で横たわっていてくれていたら、自分は、その両親の亡骸に対して、語りかける事が出来ていたに違いない。その時間を持てなかった後悔が、今の仕事を志すきっかけになった。

 自分のような辛い死に別れする人々が少しでも報われたらという願いで。

 それだけのつもりだったが、生前に素直になれなかった遺族達が、無反応な遺体に向かって一方的に話すのではなく、例えアンドロイドとはいえ、そっくりな相手を前に、手を取り、生前のように会話出来たならば、打ちひしがれていた心が少しでも軽くなるのではと、追加したオプションも功を成すようになってきた。

 『幸創舎』を訪れる時には暗い面持ちの遺族が、笑顔で会話を楽しみ、帰る時には心なしかすっきりした表情になっているのが努には喜ばしかった。
 
 努は、自分や遺族の自己満足なだけではなく、多分、亡くなられた本人の魂もまだその場にいて、その光景を嬉しく見届けてくれているものだと信じている。
 自分達の活動が、亡くなった本人にも遺族にも、受け入れられているものと自信を持っているからこそ、今までは、高価格に設定していた基本料金やオプション料金を、借金も無事返還出来て、3人分の軍資金も戻った今、もちろん、需要は多いうちに稼いでおくという手も有るが、もっと敷居を低くし、この辺の限られた地区ではなく、人員を養成し全国展開にして行くべきだろう。

 幼児期の失意が、こうして実を結ぶ日が来て、天国で両親も喜んでいる姿が目に浮かぶような気がし、一層この仕事へ情熱を持って打ち込める日々こそが、今の自分の生き甲斐であり、誇りだ。
 それも、友人の惜しみない協力有っての賜物だと、その出逢いに感謝せずにいられない。
 彼らが自分を支えてくれる限り、この仕事を広く展開させ、これからも遺族の方々の笑顔と出逢って行こう。


       【 完 】
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

コント文学『パンチラ』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
春風が届けてくれたプレゼントはパンチラでした。

処理中です...