家族をまた1人失った時に......

ゆりえる

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亡き母の姿も知らず

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 私の家では、父の日は有っても、母の日は無い。

 いつの頃からだろう?
 他の子には皆、母と呼べる存在がいる事に気付いたのは......
 母の日を一緒に祝う事に気付くずっと前からだったような......

 生後間もなく母を亡くした私は、母の面影すら知らない。
 父は私が哀しくなるからと思い、母の写真は全て捨てていた。
 お墓も遠くに有るからと、お墓参りに行く事も無かった。

 4月も半ばになると、どの店も『母の日』の装飾が施されているが、私には、毎年そのイベントが近付く度、何か自分に欠けているものを思い知らされるような歯がゆい気持ちにさせられた。

 それでも、私にも母のぬくもりのようなものを感じる時間が有った。
 小学校の後、工芸教室が有る時には児童館に遊びに行き、手先が不器用な私を丁寧に教えてくれた30代くらいの女性の指導員の根元さん。
 彼女の優しさに、母というイメージを重ねていた。

 友達が出来にくくて孤独だった私は、ずっと児童館に行く時間を楽しみにしていた。
 ある日、その親切な指導員の根本さんの事を父に話すと、もう6年生なんだからという理由だけで、児童館へ足を運ぶのを止められた。

 父の言いつけに従い、児童館は利用しなくなったが、それでもたまに1人で歩いている時に、道端で根元さんと、すれ違う事が有った。

「亜子ちゃん、最近、児童館に来てなかったけど、元気だった?」

「お父さんに、もう6年生なんだからという理由だけで、児童館に行くのは止められたの。確かに6年生で児童館に行く子は少ないけど、丸っきりいないって事はないのに......」

 私の返答を聞き、ビクッとなった根元さん。

「そうだったの、亜子ちゃんに会えないのは寂しいけど、お父さんに反対されているなら仕方ないわね」

 「うん......あっ、そうだ、根元さん、学校で、将来なりたい職業についての宿題が有るから教えて欲しいの。私、将来、根元さんみたいな児童館の指導員さんになりたいと思って。どうしてなりたいのかっていう理由も考えて来なきゃならないの。根元さんはどうして指導員になりたかったの?」

「私が、指導員になりたかったわけは......昔、自分のせいで、赤ちゃんを死なせかけた事が有ったの」

 根元さんの思いもよらない告白に、持っていたメモと鉛筆を落としそうになった。

「どうして、根元さんがそんな......?」

 こんな子供好きな優しい女性に限って、赤ちゃんを虐待するなんて、信じられない。
 根元さんに、一体、どんな過去が有ったのだろう?
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