思いがけず、生き延びて

ゆりえる

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まだ気付かない人達に

思いがけず、生き延びて

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 実家の母に電話し、自分の大好物の自家製味噌の特製ラーメンで最後の晩餐を締め括った。
 終わりの時まで、あと8時間くらいだが、きっと睡眠時間の事を考えると、もう4時間も残っていないかも知れない。
 残りの時間、何をしよう?

 その時、前方から来る同年代くらいの男性が、手を振って来た。
 この男性知っている!
 大学時代ずっと憧れていたけど、遠目で追う事しか出来なかった井谷君だ!

 まさか、こんな所でこんな時に会えるなんて!
 運命を感じずにいられない!

 私を覚えてくれていて、手を振ってくれている......?

 本当にそうなの......?

 ときめきを感じながらも、そんなわけなど無いと諦めているもう1人の冷静な自分もいて、ふと、背後を振り返ると、小さな赤ちゃんを連れた美しい女性がしっかりと手を振り返していた。

 やっぱり、私に手を振ってくれたりなんかしない。

 それは、さっきの最後のラーメンの美味しさの余韻が半減してしまいそうなほどショックだったが、でも、何年振りかで見た井谷君の笑顔は、相変わらずすごく素敵で、自分が、ずっと想い続けたその笑顔と変わりなかった事の方が何倍も嬉しかった!

 最後に、ずっと憧れて来た井谷君の笑顔を見られて良かった!

 あの笑顔を向けられたのは、私じゃなかったけど、でも、元々手の届くような人ではなかった井谷君が今、すごく幸せに暮らしているというのが分かっただけでも、私は十分かも知れない。

 井谷君が、この地球最後の時間を家族と一緒に過ごす事を選択していた。
 きっと、私の陰ながらの努力が、少しは実を結んでいる状態なのかも知れない。

 彼らの顔には、全く不安が感じられないわけではなかったけど、でも、終わりの時を大好きな3人揃って迎えられるという事だけでも、きっと他の不安だったり孤独だったりしている人達に比べたら幸せに違いない!

 自分の好きだった人の最後が、傍目からは羨ましくも感じられるような状態な事だけ、こうして見させてもらえただけで、何だか、自分まで幸せになれている気がするなんて、私って、本当にお目出たい人間なのかも知れない。
 
 急に、私自身わけが分からないまま、こんな状況になってしまっているけど、予告してもらったおかげで、私はいつもと少し違う、とても印象深い時間を過ごす事が出来ている!
 
 私同様、少しでも多くの人々が、残された時間、絶望だけで過ごす事無く、こんな中でしか気付けないような素敵な発見が有って欲しい!

 私達1人1人は、何でも自在な宇宙人に比べたら些細で取るに足らない存在かも知れないけど、私達なりに、それぞれ一生懸命生きているんだって、宇宙人にも見せてあげたい!
 
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