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Chapter1 -路上にて-

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翌日の夜、駅前のプロムナードに人影はまばらだった。
その時計台の下、ギターケースを広げ準備をする令音がいた。
令音の主な収入源はコンビニのアルバイトと路上ライブでの投げ銭である。

2本の内の1本は昨夜、梁須金融の男達に持ち去られてしまった。
それは、死んだ父親の形見のギターである。

6歳の頃に両親を事故で亡くし、身寄りがなかった令音は、高校卒業するまで児童福祉施設「こどもの夢工場」で育てられた。
施設の優しい人達に囲まれて、明るく育った令音は、ミュージシャンだった父親のフォークギターで独学で弾き語りを始める。
そんな彼は、施設の中でも期待される存在となり音楽で成功する事を夢見て来た。

しかし、音楽だけで、ご飯が食べれる訳などない。
卒業と共に、施設からの紹介で就職した町工場は、海外技術の発展やオートメーション化が促進され数年後に廃業。
その結果、20代の前半からフリーターとして、その日暮らしに近い生活を続けて来た。
その分、音楽活動に掛ける時間は増えたがオーディションなどで良い結果が生まれる事もなく、最近は"何故歌うのか?""いつまで歌うのか?"を自問自答する日々で、大好きだった歌も小遣い稼ぎの手段でしか無くなりつつあった。

とは言え、就職も実際なかなか難しい。
コンビニは週4回程度で主に夜勤が多く、コンビニの無い日で、雨で無ければ週に2.3回はこの駅前にやって来てストリートライブをしている。
月の収入は13万程度。
そんな暮らしの中では、梁須金融の借金を完済するなんて程遠い話だが、今の令音にはそれ以外の術が無かった。

たまにパチンコに有り金を投じ、3万ほど収入を得る事もあるが、あくる日にはまたオマケを付けてパチンコ屋に返却するという・・・まさにロクデナシな日々を送っていた。

施設や学校でもいつかきっとスターになれると昔は持て囃されたが、今となっては、どうしてるのか誰も知らない。
恥ずかしくて、もう6年くらい施設に顔を出していない。
園長やお世話になった人達に心配掛けたくないからだ。

路上ライブでは、令音の中で1晩につき5,000円を目標ノルマとして自分に課していた。
調子の良い日は駅近くの居酒屋で一杯引っ掛けたサラリーマンがギターケースにお金を投じてくれる。
少ない時は3,000円、多い時は10,000円くらいになった。

ケースに並べた5種類のCDは、それぞれ1枚1,500円。
サラリーマンのリクエストでカバーを歌った時は、機嫌が良ければCDも買って貰えるので、今夜も一応並べている。

ギターのチューニングを済ませ、令音はそっと歌い始めた。
声出しのつもりで1曲目は自分のオリジナルソングを歌う、誰が聴いている訳でも無いし、コンディションも測れるので1曲目はいつもこれだ。
歌い続け、暫くすると斜め向かいの花壇の前で1人の女性が立ち止まった。

令音は、さりげなくその女性に届くようにと願いを込めて歌った。

【Dive To Dream!】

上手く行かなくて悩んだ数だけ
涙堪えて 痺れ切らした
諦めたりはしない

このままじっとはしてられないから
もう一度 前向いて行くんだ

足に絡みつく不安な影を 高く蹴り飛ばして

僕らが目指すのは 夢のIsland
まだ誰も知らない 未来なんだ
手を伸ばして 掴んだ 夢の欠片
絶対 譲れない
全てを押し流す 高いうねりを
乗り越えるのは そう自分自身だ
思い切って この手で 舵を取れば
新しい波が 僕らを運ぶ 未来へ

誰かと比べて勝てない自分は
ただひれ伏した
また振り出しだ
ここから動けない

それでも笑って やり過ごす日々は
哀れなピエロみたいだ

時代は悪戯に 嵐を呼んで
僕らを試すから

耐えきれず 零した 悔し涙
それだって僕らの バネになるんだ
目を開いて 逆流に 挑む勇気
本気で目指した 夢に辿り着くために

誰かに笑われるような気がして
いつだって本当は とても 怖いんだ
それでも前に向かって 進まなきゃ
ここから未来を 切り開く旅へ

僕らが目指すのは 夢のIsland
まだ誰も知らない 未来なんだ
手を伸ばして 掴んだ 夢の欠片
絶対 譲れない
全てを押し流す 高いうねりを
乗り越えるのは そう自分自身だ
思い切って この手で 舵を取れば
新しい波が 僕らを運ぶ 未来へ

Oh!Oh!Oh!Oh!Come shining dream in life.
Oh!Oh!Oh!Oh!It's alright. Dive to Dream.
Oh!Oh!Oh!Oh!Come shining dream in life.
Oh!Oh!Oh!Oh!It's alright. Dive to Dream.
Oh!Oh!Oh!Oh!Come shining dream in life.
Oh!Oh!Oh!Oh!It's alright. Dive to Dream!

曲が終わると、その女性が令音に近づいて来た。
「素敵ですね」
「あ、いやぁ・・・有難うございます」
「いつもここで歌ってらっしゃるのですか?」
「あぁ、はい、まぁ時々・・」
「何だか、懐かしい気持ちがしました」
「はぁ・・・懐かしい?・・・あ!もし他に何かリクエストなどあれば・・・」
「今、歌ってらした曲は?」
「あ、さっきのは、僕の作った歌で・・・」
「やっぱり!そうなんですね!」
女性は、美しく、とてもキラキラとした目を令音に向けた。
「これは、ご自身のCDですか?」
「あ、はい!そうです」
「もし、良ければ買わせて頂けませんか?」
「えっ!!??それは!勿論です!」
「折角だから、ここでまだまだ聴かせて頂きたいのですが、少し急いでおりまして・・・」
「あ、今の曲は、このアルバムに入っていまして・・・」
令音がCDを差し出し説明を始めると女性がそのジャケットと令音を交互に見ながら言った。
「ヨシザワ レノンさん?」
「はい、吉澤令音です、本名です。あの・・・両親が大のビートルズファンでして、それで、俺にレノンなんて名前を・・・もう、名前負けっていうか本当に迷惑な話ですよ」
彼女は何も言わず、令音をただ見つめている。
「あ・・・やっぱ変ですよね・・・」
「いえ!とても素敵なお名前だと思います。一回聞いたら絶対忘れないし!」
「あ・・・それは・・・どうも!」
「あの、ちゃんと聴かせて頂きますので、これ5種類とも買わせて頂いても良いですか?」
「はい・・・えっ?!えーっ??」
何処か世間擦れしたその女性の申し出に令音は大きな声を上げる。
「ここを通りかかったのも、本当に偶然で、またお会い出来るとも分からないし」
「いや、あの・・・5枚で7,500円もするんですけど・・あの・・・」
「あ!もし、失礼でなければこれで、おつりはいりません!」
そう言って女性は1万円札を差し出した。
「え!?あ、失礼な事は全く」
「夢は、やっぱりスターになる事ですよね?」
「えっ・・・?!」
令音は、スターという響きに戸惑った。
確かに、スターになる事は子供の頃からの夢だが、この歳になっても全くの無名・・・
言葉を失った令音に女性は続ける。
「あの、厚かましくてごめんなさい。このCDに良かったらサインして頂けませんか?」
「あぁ・・・はい!じゃあ、お名前を・・・」
「では。"ユイ"でお願いします。」
「はぃ、えっと漢字は?」
「あ、イトヘンの結ぶにコロモで結衣です。」
「あ、はい、え~っと、結衣さんへ・・・と」
「わ、カッコいい。有難うございます!頑張って夢を叶えてくださいね」
「・・・・」
「いつか令音さんの歌をテレビやラジオで聴ける日を楽しみにしていますね」
「あぁ、えぇ・・・」
どこか素直に喜べない令音だったが、結衣の屈託の無い笑顔を見て
「ありがとう、頑張ります」と心にも無い言葉を放った。
会釈をして立ち去る彼女の背中を見送りながら令音は思う。
「スターか・・・それより、あの人、何処かで会ったような気が・・・気のせいかな??」
首を傾げる令音の背中から男の声がした。
「おい!」
振り返るとそこには、梁須丈二とミノルが立っていた。
慌てて逃げようとしたが、素早くミノルが令音の行手を阻む。
「逃げたらアカンで、逃げたら」
そう言って丈二は、令音が手にしていた1万円をすっと取り上げた。
「吉澤はん、なかなかボロい商売してるんやな?」
「いや、今のはホントにたまたまです!」
「馬鹿かっ!?分かってんだよ!」
今度は、ミノルが声を荒げ令音の胸ぐらを掴んだ。
「ミノル。ここは駅前やからあんまり騒がしいしたらアカン。なぁ吉澤はん、見ての通りコイツは何しでかすか分からんよってに」
「あの・・・ちゃんと返しますんで!暴力だけは」
ドスっ!!
丈二は間髪入れず令音の、みぞおちを膝で蹴り上げた。
「ぐぅっ!!」倒れそうになる令音をミノルが支える。
「どうや・・・痛いやろ?まぁ身体で払って貰う事も出来るんやけどな」
「えっ?!いや・・・僕、男ですし!!」
「あほ、健康な内臓は高い値段で売れるんや」
「いやいやいや・・・そんなぁ」
「吉澤はんの家から持ち帰ったギター、あれはまぁまぁの代物みたいやな?」
「あ・・あの、あれは実は親父の形見で・・・出来れば返して頂けませんか・・・」
「しょうもない・・・」
丈二が鼻で笑うとミノルが続けて言った。
「音楽なんかでよぉ、食える訳ねぇんだからよぉ!とっとと現実見て働けや!こらぁ!」
なんと真っ当な事を言う人だと令音は思った。
「いや、あ、はい。すみません」

何か揉め事かと、駅の職員や行き交う人達が、令音達の様子を遠巻きで伺っている。
中には携帯を向けて撮影している者もいるようだ。
「おい!てめぇら何ジロジロ見てやがる、見せもんじゃねぇぞ、こらぁ!」
ミノルの激しい剣幕に野次馬たちは蜘蛛の子を散らすようにたち去った。
咳払いをして丈二が続ける。
「そうや!そこで吉澤はん。ひとつ提案があるんや。ワシの願い事をひとつ叶えへんか?それによっては、借金もチャラにしたるし、大事なギターも返したるで。」
「えっ?!」
「どや??今から事務所でみっちり説明したるさかいに、な!?」
そう言って丈二は、悪魔のような笑みを浮かべる。
令音の背筋に凄まじい悪寒が走ったが、その提案を断る勇気など到底無かった。
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