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渡辺明日奈 編
第33話「二日目」
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【九月二日(火曜日)】
図書室の窓の外の風景は、今日もいつもと変わらない。
校庭では、運動部たちがひしめき合っていた。見つめていても、どうにもならないことは分かっていた。だけどついつい、目がいってしまうのだ。そういうことって、あるでしょう?
でもそれを妨げるものが視界の横に現れ、ドキッとした。昨日と同じように、相葉悠一は立っている。幽霊かと思った。
「遅いっ」
「お前だって、外眺めて、さぼってんじゃんか!」
相葉悠一はギラッと文句を言ってきた。
見られていた?
決して他人には、踏み込まれたくない自分の領域に、土足で入り込まれた気分だ。
相葉悠一の言葉は、どうしていちいち私を苛立たせるのだろう。相葉悠一は私の座っている向かいのイスを引くと、当たり前のようにそこに腰掛けた。
「で、今日はオレ、なにをすればいいわけ」
私は努めて平静を装った。
「今日は昨日やった色分け表を見て、ラベルを作って欲しいの」
「ラベル?」
「ああ、図書室の本の表に、分類ラベルが貼ってあるでしょ。それよ」
「あれか」
相葉悠一は、天井に視線を向けて、ラベルを思い出したようだ。
「じゃあ、よろしくね」
「え、おまえは?」
「私は他にも仕事があるんですっ。相葉君みたいに暇じゃないのっ」
「オレだって暇じゃないよっ」
その言葉に、私は反射的に言葉が出ていた。
「暇でしょ? もう下校するだけなんでしょ?」
「バイト始めたから」
相葉悠一のその答えに、私の眉間は自然と力が入った。
「今日から?」
「ああ」
「もしかして、昨日のこと気にして?」
「は?」
「お金を貯めて、女を買うって話よ」
「えぇぇっ? えっと、まあそんなとこ」
ウソね。よくそんな見え透いたウソを、つけるもんだ。はっ!
「そんなにしたいんだ。ふーん、まあ頑張れば。でも手伝いはきっちりやってよねっ。適当にやってると、佐々木先生に言いつけるわよっ」
本当にこの男を見ていると、イライラする。私は相葉悠一をその場に残し、図書準備室に引きこもった。仕事はいくらでもあるのだ。
***
気がつけば、もう五時を回っていた。一応バイトということにしておいて欲しいみたいなので、相葉悠一に声を掛けておくことにした。
「相葉く~んっ。もう、そろそろ五時回るけど、バイト大丈夫?」
どうせバイトなんて、やっているわけじゃないんだろうけど、私なりの精一杯の嫌味だ。
「やべーっ、オレ帰るわっ、じゃあな、渡辺!」
「あ、相葉君っ」
相葉悠一は後片付けもせずに、疾風の如く、図書室から駆け出していった。
こちらが唖然とする素早さだ。
やつが図々しいのは承知していた。でもその態度はないんじゃない? どうして男って、こうデリカシーないのかしらっ。これじゃまるで、私が精神的罰当番を受けているみたいじゃないか。
***
「まだ残ってたのか。渡辺」
「あ、佐々木先生」
佐々木先生は陽気に声をかけてきた。
「そんなに根を詰めなくても、いいんだぞ。やっぱり大変か?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「相葉は、もう帰ったのか。バリバリ使ってやってな。もう、ボロ雑巾のようにっ」
ハハハと、佐々木先生は気楽そうに笑った。相葉悠一の手伝いなんて、もう別にいらないなんて、とても言い出せる雰囲気じゃない。
実際こんな遅くまで作業をしていたら、仕事が大変なんだろうと、誤解されても仕方ないし。書籍整理が終ってしまったら、どうやって時間を潰そう。
今の時期、運動部は大きな大会を控えてないせいか、練習も緩やからしい。下手をすると、あの二人と下校時間にかち合ってしまう。
溜め息が零れた。
一体私は、いつまでこんなことを続ければいいんだろう。
「戸締りは先生がやっておくから、気を付けて帰れよ」
「……はい」
私は重い足で、図書室を後にした。
つづく
図書室の窓の外の風景は、今日もいつもと変わらない。
校庭では、運動部たちがひしめき合っていた。見つめていても、どうにもならないことは分かっていた。だけどついつい、目がいってしまうのだ。そういうことって、あるでしょう?
でもそれを妨げるものが視界の横に現れ、ドキッとした。昨日と同じように、相葉悠一は立っている。幽霊かと思った。
「遅いっ」
「お前だって、外眺めて、さぼってんじゃんか!」
相葉悠一はギラッと文句を言ってきた。
見られていた?
決して他人には、踏み込まれたくない自分の領域に、土足で入り込まれた気分だ。
相葉悠一の言葉は、どうしていちいち私を苛立たせるのだろう。相葉悠一は私の座っている向かいのイスを引くと、当たり前のようにそこに腰掛けた。
「で、今日はオレ、なにをすればいいわけ」
私は努めて平静を装った。
「今日は昨日やった色分け表を見て、ラベルを作って欲しいの」
「ラベル?」
「ああ、図書室の本の表に、分類ラベルが貼ってあるでしょ。それよ」
「あれか」
相葉悠一は、天井に視線を向けて、ラベルを思い出したようだ。
「じゃあ、よろしくね」
「え、おまえは?」
「私は他にも仕事があるんですっ。相葉君みたいに暇じゃないのっ」
「オレだって暇じゃないよっ」
その言葉に、私は反射的に言葉が出ていた。
「暇でしょ? もう下校するだけなんでしょ?」
「バイト始めたから」
相葉悠一のその答えに、私の眉間は自然と力が入った。
「今日から?」
「ああ」
「もしかして、昨日のこと気にして?」
「は?」
「お金を貯めて、女を買うって話よ」
「えぇぇっ? えっと、まあそんなとこ」
ウソね。よくそんな見え透いたウソを、つけるもんだ。はっ!
「そんなにしたいんだ。ふーん、まあ頑張れば。でも手伝いはきっちりやってよねっ。適当にやってると、佐々木先生に言いつけるわよっ」
本当にこの男を見ていると、イライラする。私は相葉悠一をその場に残し、図書準備室に引きこもった。仕事はいくらでもあるのだ。
***
気がつけば、もう五時を回っていた。一応バイトということにしておいて欲しいみたいなので、相葉悠一に声を掛けておくことにした。
「相葉く~んっ。もう、そろそろ五時回るけど、バイト大丈夫?」
どうせバイトなんて、やっているわけじゃないんだろうけど、私なりの精一杯の嫌味だ。
「やべーっ、オレ帰るわっ、じゃあな、渡辺!」
「あ、相葉君っ」
相葉悠一は後片付けもせずに、疾風の如く、図書室から駆け出していった。
こちらが唖然とする素早さだ。
やつが図々しいのは承知していた。でもその態度はないんじゃない? どうして男って、こうデリカシーないのかしらっ。これじゃまるで、私が精神的罰当番を受けているみたいじゃないか。
***
「まだ残ってたのか。渡辺」
「あ、佐々木先生」
佐々木先生は陽気に声をかけてきた。
「そんなに根を詰めなくても、いいんだぞ。やっぱり大変か?」
「いえ、そういうわけじゃ」
「相葉は、もう帰ったのか。バリバリ使ってやってな。もう、ボロ雑巾のようにっ」
ハハハと、佐々木先生は気楽そうに笑った。相葉悠一の手伝いなんて、もう別にいらないなんて、とても言い出せる雰囲気じゃない。
実際こんな遅くまで作業をしていたら、仕事が大変なんだろうと、誤解されても仕方ないし。書籍整理が終ってしまったら、どうやって時間を潰そう。
今の時期、運動部は大きな大会を控えてないせいか、練習も緩やからしい。下手をすると、あの二人と下校時間にかち合ってしまう。
溜め息が零れた。
一体私は、いつまでこんなことを続ければいいんだろう。
「戸締りは先生がやっておくから、気を付けて帰れよ」
「……はい」
私は重い足で、図書室を後にした。
つづく
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