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渡辺明日奈 編
第37話「一緒に下校」
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下校しようと私は図書室を後にし、廊下に出た。校舎内はシーンと静まり返っていた。生徒のほとんどは下校したのだろう。だがしばらく歩いていると、人影が目に入る。その後ろ姿には、最近特に見覚えがあった。
「あれ?」
「あ、渡辺」
「まだいたの? そんなに時間かかるとは、思ってなかったんだけど」
「え、あ、まあ。渡辺こそ遅いな。今まで仕事してたのか」
「うん。そんなとこ」
それ以上なにを話していいか分からなくて、言葉に詰まった。なんだか気まずい沈黙が流れる。
『まだ校舎に残っている生徒は、速やかに下校してください』
校内アナウンスだ。
沈黙を切り替えるようなアナウンスだった。
「帰るか」
「うん」
私は不思議と素直に頷いていた。
***
誰かと一緒に帰るなんて、久しぶりだ。
いや、百花以外の誰かと帰ることになるなんて、思っていなかった。
百花。
今日も高橋先輩と、一緒に帰ったんだろうな。
ナントカ先輩の名前は“高橋龍之介”って言って、一学年上の二年生のサッカー部員。女子に結構人気があるらしい。図書委員女子A情報。
私は百花が高橋先輩にお熱だったのは知っていたが、見ているだけでなんの進展もないと思っていた。それに百花と高橋先輩は、周囲の人間から見ていても、特になんの接点もなかったそうだ。
百花の話によると、それがいきなり夏休み中、花火大会のときに、高橋先輩に偶然会って告白されたというのだ。百花的には、本に願ったシチュエーションそっくりで、これはもう願いが叶ったとしか思えないとのこと。
呆れるくらいの、少女漫画的展開。
確かに現実離れしている。でも、百花が願い通りに告白されたのは、ただの偶然か。
告白されることはあったとしても、花火大会のとき、花火が打ち上がる直前で、告白された後、夜空に打ち明けられた花火を、二人一緒に見るという条件も、完全に一致したらしい。信じているわけじゃない、信じているわけじゃないけど。
「オレさ、今日あの本見たぜ」
「は?」
「願いが叶う本」
その一言で、私は心臓が止まりそうになった。今、このタイミングで相葉君が、本の話題を振ってくるのは……偶然?
もう、わけが分からなくなってきた。
いや、落ち着け。私をからかっているだけだわ、そうよ。
「どんな本?」
「えっと、ちょっと古臭くて、赤い……本だった」
『その本ね、リンゴみたいに真っ赤な本だったっ』
「どこで見たの」
そんな、そんなもの、存在するわけないじゃない。
「文芸部の部室だよ」
「文芸部?」
「あ、えっとさ、その文芸部の先輩が、机に放り出してあった本を、“願いが叶う本”だって言い出してさ。ははは。本当に“願いが叶う本”のウワサって、流行ってるのな。石田も知ってたし」
百花もたしか、打ったテニスボールが文芸部室に入ってしまい、ボールを取りに行ったときに、本を見つけたと言っていた。
文芸部室の件は、さっきのウワサ話の中にはなかった情報だ。おそらく私と百花以外、ほとんどの人間が、知りえない情報だろう。
「開いた?」
「え?」
「本よ」
「いや。触ろうとしたら、先輩に止められてさ、本当は、何の本だったんだろうな」
「そう……」
百花は不思議と、本に引き寄せられて、本を開いてしまったらしい。
本を開いてから分かったことらしいが、本を見つけるにも、開くにもある条件があり、本を開けたとき、はじめて願いが叶うとか。
あまりに馬鹿馬鹿しくて、条件の内容のことは聞かなかったが、なんにせよ、選ばれた人間しか、本とは巡り合えないことになる。
頭がおかしくなりそうっ。
なんだって、こんなことを言い出すのだ、この男は。どうしてこうも、私の心を掻き乱すんだ。もう一分一秒も、この男と一緒にいたくない。
私は相葉悠一に別れを告げると、逃げるように道の角を曲がった。
つづく
「あれ?」
「あ、渡辺」
「まだいたの? そんなに時間かかるとは、思ってなかったんだけど」
「え、あ、まあ。渡辺こそ遅いな。今まで仕事してたのか」
「うん。そんなとこ」
それ以上なにを話していいか分からなくて、言葉に詰まった。なんだか気まずい沈黙が流れる。
『まだ校舎に残っている生徒は、速やかに下校してください』
校内アナウンスだ。
沈黙を切り替えるようなアナウンスだった。
「帰るか」
「うん」
私は不思議と素直に頷いていた。
***
誰かと一緒に帰るなんて、久しぶりだ。
いや、百花以外の誰かと帰ることになるなんて、思っていなかった。
百花。
今日も高橋先輩と、一緒に帰ったんだろうな。
ナントカ先輩の名前は“高橋龍之介”って言って、一学年上の二年生のサッカー部員。女子に結構人気があるらしい。図書委員女子A情報。
私は百花が高橋先輩にお熱だったのは知っていたが、見ているだけでなんの進展もないと思っていた。それに百花と高橋先輩は、周囲の人間から見ていても、特になんの接点もなかったそうだ。
百花の話によると、それがいきなり夏休み中、花火大会のときに、高橋先輩に偶然会って告白されたというのだ。百花的には、本に願ったシチュエーションそっくりで、これはもう願いが叶ったとしか思えないとのこと。
呆れるくらいの、少女漫画的展開。
確かに現実離れしている。でも、百花が願い通りに告白されたのは、ただの偶然か。
告白されることはあったとしても、花火大会のとき、花火が打ち上がる直前で、告白された後、夜空に打ち明けられた花火を、二人一緒に見るという条件も、完全に一致したらしい。信じているわけじゃない、信じているわけじゃないけど。
「オレさ、今日あの本見たぜ」
「は?」
「願いが叶う本」
その一言で、私は心臓が止まりそうになった。今、このタイミングで相葉君が、本の話題を振ってくるのは……偶然?
もう、わけが分からなくなってきた。
いや、落ち着け。私をからかっているだけだわ、そうよ。
「どんな本?」
「えっと、ちょっと古臭くて、赤い……本だった」
『その本ね、リンゴみたいに真っ赤な本だったっ』
「どこで見たの」
そんな、そんなもの、存在するわけないじゃない。
「文芸部の部室だよ」
「文芸部?」
「あ、えっとさ、その文芸部の先輩が、机に放り出してあった本を、“願いが叶う本”だって言い出してさ。ははは。本当に“願いが叶う本”のウワサって、流行ってるのな。石田も知ってたし」
百花もたしか、打ったテニスボールが文芸部室に入ってしまい、ボールを取りに行ったときに、本を見つけたと言っていた。
文芸部室の件は、さっきのウワサ話の中にはなかった情報だ。おそらく私と百花以外、ほとんどの人間が、知りえない情報だろう。
「開いた?」
「え?」
「本よ」
「いや。触ろうとしたら、先輩に止められてさ、本当は、何の本だったんだろうな」
「そう……」
百花は不思議と、本に引き寄せられて、本を開いてしまったらしい。
本を開いてから分かったことらしいが、本を見つけるにも、開くにもある条件があり、本を開けたとき、はじめて願いが叶うとか。
あまりに馬鹿馬鹿しくて、条件の内容のことは聞かなかったが、なんにせよ、選ばれた人間しか、本とは巡り合えないことになる。
頭がおかしくなりそうっ。
なんだって、こんなことを言い出すのだ、この男は。どうしてこうも、私の心を掻き乱すんだ。もう一分一秒も、この男と一緒にいたくない。
私は相葉悠一に別れを告げると、逃げるように道の角を曲がった。
つづく
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