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1 二度目の庄司
第2話
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父と母が別れた後も、向希は最初のうち父に連れられて私に会いに来ていたような気がする。私にとって向希は兄というより、従兄や幼なじみくらいの感覚なのだ。
お互いに出会いは覚えていない幼少期は、それこそずっと一緒にいて、小学校の頃に離婚で疎遠になっただけだ。その離れていた期間は、私と向希を心身ともに成長させた。再会した時、はっきりと兄だとは思えていなかった。それは、向希もそうだろう。また少しづつ兄妹になる努力が必要だった。ただ幼少期の頃のようにいかないのは当然だ。気恥ずかしい年ごろなのだから。ずっと離れずにいたならば、また違っていただろう。
だから、再婚の時に知らされた新しい真実は、もう一層のこと、ずっと黙っていてくれたら良かったのに。そう思った。
――母が、いつもならは酔ってふわふわしている時間だった。母が酔っていなかったので何の気なしに軽口を叩いた時だった。
「お母さんさあ、次離婚するときは私がお父さんで向希がお母さんに引き取られるの? 」
さすがに次はないだろうと面白くはないが、冗談のつもりだった。
だが、母は咄嗟に取り繕えなかったのだろう。
「それもいいかもね」
と言った時の顔は変だった。いや、それより再婚する前に別れた時の話をからかった私に「何てこと言うのよ」って咎めることもしなかった。それでもこの時は夢にも思わなかった。疑ったことなんてただの一度もなかった。
――だって、似てない兄妹なんて山ほどいるじゃない。
「そういえば、お父さんとお母さん、どっちがどっちを引き取るってどうやって決めたの?」
私は、くじ引きででも決めたんじゃないかなって、思ってた。いや、マジで。
どっちがどっちを引き取るか、どちらの組み合わせも可能なほど、私たちは分け隔てなく育ててもらっていた。むしろどちらも引き取りたいと揉めるくらいだっただろうと思う。ところが、不意を突かれた母は「そりゃ、私は向希を引き取れないから」と言って、ハッと口ごもった。その違和感に母を問い詰めた。
母は遂に観念したように、真面目な顔して姿勢を正した。
「有希、実はあんたと向希は本当の兄妹じゃないの」
つまらない冗談で誤魔化されるものか。これを聞いて、私はこう思った。だけど、お母さんったら全然笑わない。しばらく待ってみたけれど“なーんちゃって”とか“だったらどうする?”なんて言わなかった。
ただ、俯いて、
「今まで言えなくてごめんね。二十歳になったら言うつもりだったんだけど、再婚するとは、思ってたけど、思ってなかったっていうか……」
と、ほんのり頬を桜色に染めた。
「照れてんじゃないわよ。そこじゃないって! え、え、え。どういうこと? じゃあ一体向希は誰の……あ、もしかしておじいちゃんとおばあちゃんの子どもってこと?」
父方の祖父母は40代前半で孫(向希)が出来たって言ってた。世間体を気にする家だ。もしかしたら、兄妹ってことにしたのかも。と思うくらい、この時の私はピンときてなかった。
「違う。お父さんの子よ」
「へえ。何だ、からかったの? つまらな……」
「有希が、お父さんの子どもじゃないの」
「……え」
「そしてね、向希はお母さんの子どもじゃない」
頭が真っ白になるとはこのことだった。母は私の取り乱し様に、その場で父に電話をして、父はすっ飛んで来た。
「ちょっと、どういうこと。圭織ちゃん、有ちゃんが二十歳になるまで言わないって約束だったじゃない。ああ、ああ、有ちゃんびっくりしたよね? ごめんね、ごめん」
父は私をぎゅうぎゅう抱き締めたけれど、小学校六年生の私には到底受け止められることではなかった。
……ああ、本当にショック。お父さんがお父さんじゃないなんて。
父親は再婚するにあたり、私の生活が変わらないよう、行くはずだった中学に予定通り通えるよう校区内に夢のマイホームを建てた。
夢の、って付くくらいの幸せを具現化したような家。日当たり良好の南向き八畳の一人部屋、ウォークインクローゼット付き。が、私にもあてがわれた。家具だって私の好きなものを新調してくれると言った。しなかったけど。いつも仕事でいない母親に代わり、父は毎日食事を作ってくれたし、私が起きると朝食だって出来ていた。父の卵料理のレパートリーは凄かった。
なのに、母親と住んでいた1DKの家よりも複雑になってしまったのだ。父の美味しい料理を「口に合わないかな?」って言わせてしまうくらい私はショックを受けていた。
私が物心ついた時から、私の父親はあの育ちの良いイケメンだった。運動会とか、音楽会とか、とにかくイベント全部に参加してデッカイカメラでバシバシ写真撮って、至近距離でカメラをズームするという親バカぶりで、都度感動で泣いていた、あの人しか知らないのだ。
お互いに出会いは覚えていない幼少期は、それこそずっと一緒にいて、小学校の頃に離婚で疎遠になっただけだ。その離れていた期間は、私と向希を心身ともに成長させた。再会した時、はっきりと兄だとは思えていなかった。それは、向希もそうだろう。また少しづつ兄妹になる努力が必要だった。ただ幼少期の頃のようにいかないのは当然だ。気恥ずかしい年ごろなのだから。ずっと離れずにいたならば、また違っていただろう。
だから、再婚の時に知らされた新しい真実は、もう一層のこと、ずっと黙っていてくれたら良かったのに。そう思った。
――母が、いつもならは酔ってふわふわしている時間だった。母が酔っていなかったので何の気なしに軽口を叩いた時だった。
「お母さんさあ、次離婚するときは私がお父さんで向希がお母さんに引き取られるの? 」
さすがに次はないだろうと面白くはないが、冗談のつもりだった。
だが、母は咄嗟に取り繕えなかったのだろう。
「それもいいかもね」
と言った時の顔は変だった。いや、それより再婚する前に別れた時の話をからかった私に「何てこと言うのよ」って咎めることもしなかった。それでもこの時は夢にも思わなかった。疑ったことなんてただの一度もなかった。
――だって、似てない兄妹なんて山ほどいるじゃない。
「そういえば、お父さんとお母さん、どっちがどっちを引き取るってどうやって決めたの?」
私は、くじ引きででも決めたんじゃないかなって、思ってた。いや、マジで。
どっちがどっちを引き取るか、どちらの組み合わせも可能なほど、私たちは分け隔てなく育ててもらっていた。むしろどちらも引き取りたいと揉めるくらいだっただろうと思う。ところが、不意を突かれた母は「そりゃ、私は向希を引き取れないから」と言って、ハッと口ごもった。その違和感に母を問い詰めた。
母は遂に観念したように、真面目な顔して姿勢を正した。
「有希、実はあんたと向希は本当の兄妹じゃないの」
つまらない冗談で誤魔化されるものか。これを聞いて、私はこう思った。だけど、お母さんったら全然笑わない。しばらく待ってみたけれど“なーんちゃって”とか“だったらどうする?”なんて言わなかった。
ただ、俯いて、
「今まで言えなくてごめんね。二十歳になったら言うつもりだったんだけど、再婚するとは、思ってたけど、思ってなかったっていうか……」
と、ほんのり頬を桜色に染めた。
「照れてんじゃないわよ。そこじゃないって! え、え、え。どういうこと? じゃあ一体向希は誰の……あ、もしかしておじいちゃんとおばあちゃんの子どもってこと?」
父方の祖父母は40代前半で孫(向希)が出来たって言ってた。世間体を気にする家だ。もしかしたら、兄妹ってことにしたのかも。と思うくらい、この時の私はピンときてなかった。
「違う。お父さんの子よ」
「へえ。何だ、からかったの? つまらな……」
「有希が、お父さんの子どもじゃないの」
「……え」
「そしてね、向希はお母さんの子どもじゃない」
頭が真っ白になるとはこのことだった。母は私の取り乱し様に、その場で父に電話をして、父はすっ飛んで来た。
「ちょっと、どういうこと。圭織ちゃん、有ちゃんが二十歳になるまで言わないって約束だったじゃない。ああ、ああ、有ちゃんびっくりしたよね? ごめんね、ごめん」
父は私をぎゅうぎゅう抱き締めたけれど、小学校六年生の私には到底受け止められることではなかった。
……ああ、本当にショック。お父さんがお父さんじゃないなんて。
父親は再婚するにあたり、私の生活が変わらないよう、行くはずだった中学に予定通り通えるよう校区内に夢のマイホームを建てた。
夢の、って付くくらいの幸せを具現化したような家。日当たり良好の南向き八畳の一人部屋、ウォークインクローゼット付き。が、私にもあてがわれた。家具だって私の好きなものを新調してくれると言った。しなかったけど。いつも仕事でいない母親に代わり、父は毎日食事を作ってくれたし、私が起きると朝食だって出来ていた。父の卵料理のレパートリーは凄かった。
なのに、母親と住んでいた1DKの家よりも複雑になってしまったのだ。父の美味しい料理を「口に合わないかな?」って言わせてしまうくらい私はショックを受けていた。
私が物心ついた時から、私の父親はあの育ちの良いイケメンだった。運動会とか、音楽会とか、とにかくイベント全部に参加してデッカイカメラでバシバシ写真撮って、至近距離でカメラをズームするという親バカぶりで、都度感動で泣いていた、あの人しか知らないのだ。
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