三度目の庄司

西原衣都

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1 二度目の庄司

第3話

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 向希に対しては同い年な分、気まずいけどそれなりに上手くやったと思う。本当の兄ならば。違うとなれば、途端にどうしていいかわからない。ただでさえ、多感なお年頃だった。物心ついた時から、父だし、兄だし全然変わらない。でも、二人の他人と住むことになったのだ。

  向希が何でこんなに普通でいられるのかわからなかった。

「そう?  僕、有希とまた一緒に住めて嬉しい」
  ピュアッピュアの目で言われては、私は自分の目の濁りが濃くなった気がした。

 タイムラグだ。そうに違いなかった。まだ受け入れ期に入ってない私に対して、向希はとっくの昔にこの事実を受け入れているのだ。つまり、私だけが知らなかった。私たちが血が繋がってないということ。向希は離婚した時に知ったらしい。なぜなら、そうじゃないかって父親を問い詰めたからだ。だから向希は途中から私と父が会うのについてこなくなったのか。

 ――昔の写真を見返すと、確かにそうだわ、雲泥の差だわ。向希は昔から容姿に恵まれていた。可愛い子だ。可愛いな、しかし。私が特別劣っているんじゃなくて、向希が可愛いすぎるのだ。

 しかも、再会してからも向希はいつも優しかった。全然ひねくれずに育っていた。小さい頃のまんま。丁寧な言葉使いに、一人称は『僕』。かといって、気弱なわけでもなく、その品のよさが女子にもウケていた。

 そりゃそうだと思う。あの父親が育てていたんだもん。私は時々、父と住みたかったなあと思ったもんだ。いや、実際口にしたかもしれない。父はイケメンで、多分あのまま一緒に住んで、何も知らなければ、思春期でもパパ大好きっ子だったと思う。だいたいの常識は父から習った。規則正しく生真面目で、何より誰よりも優しかった。

 だから、一抹の疑いも持たなかった。なぜなら、私もこの容姿でも卑屈になったことがないくらい父から『可愛い、可愛い』と言われて育ったのだ。


 向希はすらり手足が長く、綺麗な奥二重の大きな目に、濃すぎない形のいい眉。横から見ると一層わかる、すっとした鼻筋。加えて感情の起伏が少ない、メンタルの安定した優しさを持ち合わせていた。おまけに陶器のような白いお肌は荒れ知らず。油分と水分のバランスさえいいのだろう。
 あーあ、あいつがもっと不細工だったらみんな放っておいてくれたかもしれないのに。

 不幸にも、向希は完璧な男だった。私と向希は中学に上がる前、再び兄妹になったのだが、兄妹ではなかったのだ。それは他人には知られてはいけない事実だった。

 向希と同じ中学に通うようになって、さらによりにもよって、同じクラスになった。 
 中学の入学式だってのに両親は揃って出席し、当然向希も一緒。目撃者多数。出席番号に並んだ席順は前後。『向希』『有希』という兄妹丸出しの名前。同じ学年で双子でなく年子ってことも珍しかったのだとは思う。案の定、そういう品のないからかわれ方もした。『兄妹で同じ学年って』と、ニヤニヤ。小さい頃はこの意味がわからなかったが、思春期になるとまあまあ恥ずかしかった。

 だけど、年子だとからかわれようが、血が繋がってない兄妹なのに一緒に住んでんだってニヤニヤされるよりはマシだと思っていたから我慢してまで隠した。それが甘かった。向希が非常に目立つタイプだったせいで、あっという間に兄妹だと知れ渡り、私はそれがマイナスに運ぶなんて思いもしなかった。


 私の周りには、私が知るだけで、向希の事を好きな女子が八人はいた。隠れファンや違う学年の子も合わせるともっといたかもしれない。学年の生徒数100人程度。男女比が半々だとしたら実に10~20%の女子が向希を好きなことになるではないか。向希目当てで私に寄ってくる女子が後を絶たなかった。私が向希との仲を取り持つ気がないとわかると、『ほんと似てない。可哀想』だとか『性格まで悪い』だとか言われる羽目になった。

 当然『それ、向希に伝えとくね』ってにっこり笑って言うと顔面蒼白になってたけど、どうせ性格悪いもん。

 男子だって酷かった。
『向希の妹っつーから、期待したのに。なーんだ』
 わざわざ私の顔を覗きこんでそう言うと、その男子が私の顔を確認するのを廊下で待ってる他の男子に
『駄目、ハズレ』と言ったりした。

 向希の妹でさえなければ、こんな風に言われることも、嫌な思いをすることもなかった。いや、 逆に現実を知れて良かったのかもしれない。自分の世間一般での立ち位置がわかったのだから。私は中学三年間でずいぶんとひねくれてしまった。

 比較対象にするには、向希は優れすぎていた。容姿だけでなく、勉強も運動も、向希は私よりずっと優れていた。

 私はすっかり疑心暗鬼になり女子と適切な関係を気付けなかった。単純に私と友人になりたくて近寄ってきてくれた子もいたかもしれないのに。小学校からの友達数人だけが救いだったように思う。そんな心に傷を作って、中学生活を終えた。


 適切な関係を築けなかったのは、学校だけじゃなかった。家庭でもそうだった。
 普通の家庭で思春期の娘が父親を避けるのとは違った理由だった。異性のきょうだいを避けるのも、思春期ゆえの理由ではなかった。仕方がなかったのだ。だって、どうしていいかわからなかった。私は母親こそ普通に接してくれたけれど、父親と向希にとっては腫れ物扱いだった。

 向希は私が中学で経験したどうしていいかわからない時期をとっくに経験していた。私は小六になっても真実に気付けなかったというのに、向希は小一になる直前に気づいたのだ。これだ、これ。私と向希のデキの違い。それから更にとても重大なことに、しばらく気づかなかったのだから、私はほんっとにバカだなと思う。

  お父さんが父親じゃないということは、本当の父親がいるということだ。

 私が、父を本当の父親だ疑わなかった理由の一つに、私は、母親似だと言われていたことがある。父とは単純に似てないだけで、まさか似るわけもないとは思っていなかった。だけど、考えてみれば、私は母親にも似てなかった。母は、美人なのだ。

 とすれば、私は本当の父親に似てるのだろうか。父親像を自分からモンタージュしてみる。私を大きくして、マッチョにして、短髪にして……。あんまりいい男じゃなさそうだ。母はそんな男のどこが良かったんだろう。

 うちの母親は本当の父親とは長く続かなかったのだろう。いや、本当の父親とって言うべきか。じゃあ、あの人バツ2ってこと?いや、あの人たち、バツ2!?向希にも本当の母親がいるはずなのだから。


 ――高校からの帰り道、私は橋の欄干にもたれて、見馴れた街をぼんやりと見ていた。空と地平線の境目が曖昧になってくると、家に灯りがともり、夜景を彩る一つになる。普段は気に留めない灯りひとつひとつに、家庭があるということを不思議に思っていた。老夫婦、新婚さん、子どもがいる家。問題を抱えた家。幸せな家族。ここから見たら、同じひとつの灯りなのに。屋根の下のことは、外からじゃわからないのだ。

 私は自分が不幸だなんて思ってもいない。だけど、幸せかと言われたら、どうだろう。
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