三度目の庄司

西原衣都

文字の大きさ
18 / 48
3 五月雨と蝉しぐれ

第6話

しおりを挟む
 私はしばらく、息をしていなかったのではないかと思う。ちゃんとした、深い息。

 ここへ来て良かったと思う。何が可笑しいって、私も向希も夜遊びだかと、親に言えないことに興味を持たず、畳で寝転がる夏の過ごし方を選んだのだから、若者らしくない。

 複雑な家庭の子は早く大人になってしまうらしい。向希を早く大人にさせてしまったことを祖父母も父母も後悔しているに違いなかった。向希はここでの友達とは子供らしく過ごしていたのだろうか。私と過ごすこの頃は普通の高校生のようで、もっと見せてやれば親も安心するだろうに。あの猫かぶりめ。


 この日も向希とは襖を隔てて眠った。夜中に目が覚めると横の部屋からは光が漏れていた。まだ起きてるのか。結局、昼間に勉強出来なかったからなあと申し訳なくなる。
 出来るだけ邪魔をしないように、そっと布団を抜け出して台所へと水を飲みに行った。

 祖父の書斎からもほのかに明かりが漏れている。本でも読んでいるのだろうか。わずかな気配を感じ取って前を通りすぎた。

 静かな時間だった。再び布団に潜ると目を閉じる。やっぱり向希が一人になれるように昼間は出掛けた方がいいのかもしれない。目が冴えてしまって、なかなか寝付けない。横からはため息が聞こえた。


 どうやら一区切りついたようだった。向希ももう眠るのだろう。

「向ちゃん、起きてる?」
 ウィスパーボイスで声をかけ、 そーっと襖を引いて顔を出すと、眩しさで目を細めた。
「うん。もう寝る。有ちゃん眠れないの?」
「喉渇いちゃって、起きたら目が冴えちゃった」

 目が馴れてきて、向希の部屋に入ろうとすると止められてしまった。

「真夜中に男子の部屋に来ちゃいけません」

 真面目か。座敷デスクに、和布団、仏壇。仏壇上部の長押なげしには遺影がいくつか立て掛けられていて、思わず吹いてしまい、夜中に配慮し、慌てて口を押さえた。

「向ちゃん、ここで夜中まで勉強してんの、すごいね」
「うん。先祖総出の期待を背負った感じはするね」
「ぶふ」

 ダメだ。夜中のテンションになってしまい笑いが止まらない。

「ごめん、向ちゃんもう寝てね」
「うん。お休み」

 私はちょっとだけ襖を開けていたけど、向希にタンッときっちり閉められてしまった。

 ふつふつと笑いが込み上げて来て、襖の向こうからも笑いを堪える声が聞こえて来た。向希といると笑いのゾーンに入ってしまうらしい。ああ、まさかこんなに楽しくなるなんて思わなかった。だけど、困ったことになったぞと思っていた。


 私はこの夏、兄と過ごすのではなく、私のことを好きな男の子と過ごすことになったのだ。

 両親の離婚危機に震える一方で、平和にこの生活が続いて行くのだとも思っていた。だが、まさかこんな告白を受けることになるとは思わなかった。

 夏休みはまだまだ続く。そりゃいつ向こうに帰ってもいいんだけど、帰っては家出の意味もない。私は両親の状態に不満を感じているということを、この家出をもって伝えなければいけないのだから。

 向希は私より六年早く真実を知った。知ったからといって私に恋するとは限らないだろう。向希なら相手を選べるはずだ。

 私の知ってる向希はいつだって、一人清らかな空気をまとい、従順で純粋だった。同級生というより父に近い、目上の存在だった。無意識を装って好感度をあげようとしていたのか?

「有ちゃん、昨日一日くらいは俺のことで頭がいっぱいだった?」
 翌朝、向希がとびきりの策略的な笑顔で笑った。私は図星さされて「全然!」と言った。それから「少しは考えたけど」と言ってしまうと、向希が満足そうに笑っている。

 今、私と一緒にいるのは誰だろう。あの子どもっぽい男の子は、向希なのか。二面性というより、二重人格なのではないか。大人で子どもで、従順なふりした策士。まだ残りの方が多い夏休みに、告白するタイミングは今なのかって思う。

 夏に乗じた早い告白は、早々に私の気をひくためだ。そしてそれはおおよそ成功しているのだ。なぜなら、私はあの男の子と過ごす夏を楽しみにしている。

 それが何とも疎ましいではないか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...