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3 五月雨と蝉しぐれ
第6話
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私はしばらく、息をしていなかったのではないかと思う。ちゃんとした、深い息。
ここへ来て良かったと思う。何が可笑しいって、私も向希も夜遊びだかと、親に言えないことに興味を持たず、畳で寝転がる夏の過ごし方を選んだのだから、若者らしくない。
複雑な家庭の子は早く大人になってしまうらしい。向希を早く大人にさせてしまったことを祖父母も父母も後悔しているに違いなかった。向希はここでの友達とは子供らしく過ごしていたのだろうか。私と過ごすこの頃は普通の高校生のようで、もっと見せてやれば親も安心するだろうに。あの猫かぶりめ。
この日も向希とは襖を隔てて眠った。夜中に目が覚めると横の部屋からは光が漏れていた。まだ起きてるのか。結局、昼間に勉強出来なかったからなあと申し訳なくなる。
出来るだけ邪魔をしないように、そっと布団を抜け出して台所へと水を飲みに行った。
祖父の書斎からもほのかに明かりが漏れている。本でも読んでいるのだろうか。わずかな気配を感じ取って前を通りすぎた。
静かな時間だった。再び布団に潜ると目を閉じる。やっぱり向希が一人になれるように昼間は出掛けた方がいいのかもしれない。目が冴えてしまって、なかなか寝付けない。横からはため息が聞こえた。
どうやら一区切りついたようだった。向希ももう眠るのだろう。
「向ちゃん、起きてる?」
ウィスパーボイスで声をかけ、 そーっと襖を引いて顔を出すと、眩しさで目を細めた。
「うん。もう寝る。有ちゃん眠れないの?」
「喉渇いちゃって、起きたら目が冴えちゃった」
目が馴れてきて、向希の部屋に入ろうとすると止められてしまった。
「真夜中に男子の部屋に来ちゃいけません」
真面目か。座敷デスクに、和布団、仏壇。仏壇上部の長押には遺影がいくつか立て掛けられていて、思わず吹いてしまい、夜中に配慮し、慌てて口を押さえた。
「向ちゃん、ここで夜中まで勉強してんの、すごいね」
「うん。先祖総出の期待を背負った感じはするね」
「ぶふ」
ダメだ。夜中のテンションになってしまい笑いが止まらない。
「ごめん、向ちゃんもう寝てね」
「うん。お休み」
私はちょっとだけ襖を開けていたけど、向希にタンッときっちり閉められてしまった。
ふつふつと笑いが込み上げて来て、襖の向こうからも笑いを堪える声が聞こえて来た。向希といると笑いのゾーンに入ってしまうらしい。ああ、まさかこんなに楽しくなるなんて思わなかった。だけど、困ったことになったぞと思っていた。
私はこの夏、兄と過ごすのではなく、私のことを好きな男の子と過ごすことになったのだ。
両親の離婚危機に震える一方で、平和にこの生活が続いて行くのだとも思っていた。だが、まさかこんな告白を受けることになるとは思わなかった。
夏休みはまだまだ続く。そりゃいつ向こうに帰ってもいいんだけど、帰っては家出の意味もない。私は両親の状態に不満を感じているということを、この家出をもって伝えなければいけないのだから。
向希は私より六年早く真実を知った。知ったからといって私に恋するとは限らないだろう。向希なら相手を選べるはずだ。
私の知ってる向希はいつだって、一人清らかな空気をまとい、従順で純粋だった。同級生というより父に近い、目上の存在だった。無意識を装って好感度をあげようとしていたのか?
「有ちゃん、昨日一日くらいは俺のことで頭がいっぱいだった?」
翌朝、向希がとびきりの策略的な笑顔で笑った。私は図星さされて「全然!」と言った。それから「少しは考えたけど」と言ってしまうと、向希が満足そうに笑っている。
今、私と一緒にいるのは誰だろう。あの子どもっぽい男の子は、向希なのか。二面性というより、二重人格なのではないか。大人で子どもで、従順なふりした策士。まだ残りの方が多い夏休みに、告白するタイミングは今なのかって思う。
夏に乗じた早い告白は、早々に私の気をひくためだ。そしてそれはおおよそ成功しているのだ。なぜなら、私はあの男の子と過ごす夏を楽しみにしている。
それが何とも疎ましいではないか。
ここへ来て良かったと思う。何が可笑しいって、私も向希も夜遊びだかと、親に言えないことに興味を持たず、畳で寝転がる夏の過ごし方を選んだのだから、若者らしくない。
複雑な家庭の子は早く大人になってしまうらしい。向希を早く大人にさせてしまったことを祖父母も父母も後悔しているに違いなかった。向希はここでの友達とは子供らしく過ごしていたのだろうか。私と過ごすこの頃は普通の高校生のようで、もっと見せてやれば親も安心するだろうに。あの猫かぶりめ。
この日も向希とは襖を隔てて眠った。夜中に目が覚めると横の部屋からは光が漏れていた。まだ起きてるのか。結局、昼間に勉強出来なかったからなあと申し訳なくなる。
出来るだけ邪魔をしないように、そっと布団を抜け出して台所へと水を飲みに行った。
祖父の書斎からもほのかに明かりが漏れている。本でも読んでいるのだろうか。わずかな気配を感じ取って前を通りすぎた。
静かな時間だった。再び布団に潜ると目を閉じる。やっぱり向希が一人になれるように昼間は出掛けた方がいいのかもしれない。目が冴えてしまって、なかなか寝付けない。横からはため息が聞こえた。
どうやら一区切りついたようだった。向希ももう眠るのだろう。
「向ちゃん、起きてる?」
ウィスパーボイスで声をかけ、 そーっと襖を引いて顔を出すと、眩しさで目を細めた。
「うん。もう寝る。有ちゃん眠れないの?」
「喉渇いちゃって、起きたら目が冴えちゃった」
目が馴れてきて、向希の部屋に入ろうとすると止められてしまった。
「真夜中に男子の部屋に来ちゃいけません」
真面目か。座敷デスクに、和布団、仏壇。仏壇上部の長押には遺影がいくつか立て掛けられていて、思わず吹いてしまい、夜中に配慮し、慌てて口を押さえた。
「向ちゃん、ここで夜中まで勉強してんの、すごいね」
「うん。先祖総出の期待を背負った感じはするね」
「ぶふ」
ダメだ。夜中のテンションになってしまい笑いが止まらない。
「ごめん、向ちゃんもう寝てね」
「うん。お休み」
私はちょっとだけ襖を開けていたけど、向希にタンッときっちり閉められてしまった。
ふつふつと笑いが込み上げて来て、襖の向こうからも笑いを堪える声が聞こえて来た。向希といると笑いのゾーンに入ってしまうらしい。ああ、まさかこんなに楽しくなるなんて思わなかった。だけど、困ったことになったぞと思っていた。
私はこの夏、兄と過ごすのではなく、私のことを好きな男の子と過ごすことになったのだ。
両親の離婚危機に震える一方で、平和にこの生活が続いて行くのだとも思っていた。だが、まさかこんな告白を受けることになるとは思わなかった。
夏休みはまだまだ続く。そりゃいつ向こうに帰ってもいいんだけど、帰っては家出の意味もない。私は両親の状態に不満を感じているということを、この家出をもって伝えなければいけないのだから。
向希は私より六年早く真実を知った。知ったからといって私に恋するとは限らないだろう。向希なら相手を選べるはずだ。
私の知ってる向希はいつだって、一人清らかな空気をまとい、従順で純粋だった。同級生というより父に近い、目上の存在だった。無意識を装って好感度をあげようとしていたのか?
「有ちゃん、昨日一日くらいは俺のことで頭がいっぱいだった?」
翌朝、向希がとびきりの策略的な笑顔で笑った。私は図星さされて「全然!」と言った。それから「少しは考えたけど」と言ってしまうと、向希が満足そうに笑っている。
今、私と一緒にいるのは誰だろう。あの子どもっぽい男の子は、向希なのか。二面性というより、二重人格なのではないか。大人で子どもで、従順なふりした策士。まだ残りの方が多い夏休みに、告白するタイミングは今なのかって思う。
夏に乗じた早い告白は、早々に私の気をひくためだ。そしてそれはおおよそ成功しているのだ。なぜなら、私はあの男の子と過ごす夏を楽しみにしている。
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