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第2話
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そろそろいいかと時計代わりのスマホを確認すると、不在着信の通知があった。メッセージも入ってる。この静かな場所で着信に気づかないなんて、どれだけぼーっとしていたのだろうか。
『雨雲が近づいているスグモドレ』
向希の電報かってメッセージに吹き出す。慌てて打ったのだろう。そう言えばさっきまでのギラギラした太陽が陰っていた。家の方向には灰色の雲が見えた。
「……夕立かなあ」
昼間の雨も夕立っていうのだろうか。などと考えていたらもう一度着信があった。
電話の向こうからわんわんと向希の声が聞こえてくる。
「今、戻ってますので、もう着きます」
本当は今から戻ります、だ。誤魔化しても仕方がないのに、誤魔化す。別に濡れたって死ぬわけじゃなし。と、反論は心の中でだけにする。怖いので、あの人。
家の前の道路が見える頃、ポツと頭に雨が当たった。カラカラだった白っぽい土の地面はあっという間に水を取り込む。あっという間に地面の白い部分はなくなり、土と雨の匂いが香り立った。
急に雨が私の上だけ止んだ。向希の靴が目に入り、顔を上げると、イライラした向希の顔があった。勝手口にはすでにタオルが用意されていて、くどくどくどくど……聞きながら、手荒に髪を拭かれていた。このくらいの濡れ方だと私は拭くことさえしないだろうけど、大人しくされるままになっていた。
「走れば濡れずに済んだのに! 何をぼーっと地面見てんだ、お前は! 何がもうすぐ着くだ、時間も読めないのか! しかも傘持ってんじゃねーか」
「日傘だし」
反論したのが気に入らなかったのか、向希は一人なのに数人いるようなケンケンゴーゴーが続いた。
「地面が雨を飲んでて美味しそうだなあって見てた」
向希はチッと舌打ちをしたが、それ以上は何も言わなかった。私は雨の日の特等席へ向かう。カーテンを開け放して、縁側にドンと座る。
「ここから見る雨が好きなの」
「……わかるな」
「そう。この自分は安全なところにいながらにして、外は暑いわ、どっちゃ振りだわ、雷ガンガン鳴ってるわっていうの見るの好き」
「雨の日本庭園って、妙に艶っぽいんだよね。趣がある」
二人同時にここから雨を見るのが好きな理由を口にしたが、向希は呆れた顔を向けたし、私はしまったと思った。
「趣がある」
付け加えたが、受理されなかった。
「どこ行ってたの、有ちゃん」
「昨日の川を見てた」
そう言うと、顔をしかめられてしまった。「川に近づいてないよ。上から見てただけ」
向希の前だとどうしてこんな子供みたいに言い訳じみてしまうのか。
「昨日、私が吐いた愚痴がちゃんと水に流れてたか見に行ったの」
口を尖らせて言うと、向希は目元を緩めた。
「どうだった?」
「ちゃんと流れてた」
「良かった」
空気が和らぐ。後、ケンケンゴーゴーが始まった。
「最近の夕立は豪雨だからな、豪雨! すぐに帰ること!」
午前中の雨も夕立って言うの?このケンケンゴーゴーが終わったら聞いてみようと思う。
それから何日か、激しい雨が降る時間があった。快晴でも数時間だけザッと降る。夏らしい雨だった。
雷は苦手だし、瓦屋根の雨の音がうるさくて勉強に集中も出来ず、縁側で雨を見るのが日課になっていた。私が縁側に出ると、向希も出てくるのだ。蝉は静かになって、蛙の鳴き声がする。
「趣がある」
言ってみても、冷たい目を向けられただけだ。おどろおどろしい灰色の雲が物凄く早く動いている。横殴りの雨が吐き出し窓にぶつかって、趣のある庭は滲んで見えなくなってしまった。
怖いのに、少しわくわくしてしまう。さっきから向希のスマホからひっきりなしに通知音が聞こえて来ていた。
「向ちゃん、スマホ鳴ってるよ」
「うん。天気の。『豪雨にご注意下さい』ってやつ」
「ヤバいじゃん」
「すぐ、過ぎるよ」
樋からジャバジャバと音を立てて水が吐き出されていた。
「向ちゃん、お父さんとお母さん何か言ってた?」
「いや、何も。向こうも同じこと聞いてくるわ、『おじいちゃんたち何か言ってたか?』『有ちゃん、何か言ってたか?』俺、バイパス」
「なんか、すみません。私が家出したばっかりに」
「本当だよ、全く。受験落ちたら誰を責めていいかわからんね」
「……自分をお責めなさい」
「お前ぇ……」
向希がふるふると笑い出す。ここへ来てから私たちの笑いの栓は開きっぱなしなのだ。
「笑えない」向希は最後に真顔になった。
『雨雲が近づいているスグモドレ』
向希の電報かってメッセージに吹き出す。慌てて打ったのだろう。そう言えばさっきまでのギラギラした太陽が陰っていた。家の方向には灰色の雲が見えた。
「……夕立かなあ」
昼間の雨も夕立っていうのだろうか。などと考えていたらもう一度着信があった。
電話の向こうからわんわんと向希の声が聞こえてくる。
「今、戻ってますので、もう着きます」
本当は今から戻ります、だ。誤魔化しても仕方がないのに、誤魔化す。別に濡れたって死ぬわけじゃなし。と、反論は心の中でだけにする。怖いので、あの人。
家の前の道路が見える頃、ポツと頭に雨が当たった。カラカラだった白っぽい土の地面はあっという間に水を取り込む。あっという間に地面の白い部分はなくなり、土と雨の匂いが香り立った。
急に雨が私の上だけ止んだ。向希の靴が目に入り、顔を上げると、イライラした向希の顔があった。勝手口にはすでにタオルが用意されていて、くどくどくどくど……聞きながら、手荒に髪を拭かれていた。このくらいの濡れ方だと私は拭くことさえしないだろうけど、大人しくされるままになっていた。
「走れば濡れずに済んだのに! 何をぼーっと地面見てんだ、お前は! 何がもうすぐ着くだ、時間も読めないのか! しかも傘持ってんじゃねーか」
「日傘だし」
反論したのが気に入らなかったのか、向希は一人なのに数人いるようなケンケンゴーゴーが続いた。
「地面が雨を飲んでて美味しそうだなあって見てた」
向希はチッと舌打ちをしたが、それ以上は何も言わなかった。私は雨の日の特等席へ向かう。カーテンを開け放して、縁側にドンと座る。
「ここから見る雨が好きなの」
「……わかるな」
「そう。この自分は安全なところにいながらにして、外は暑いわ、どっちゃ振りだわ、雷ガンガン鳴ってるわっていうの見るの好き」
「雨の日本庭園って、妙に艶っぽいんだよね。趣がある」
二人同時にここから雨を見るのが好きな理由を口にしたが、向希は呆れた顔を向けたし、私はしまったと思った。
「趣がある」
付け加えたが、受理されなかった。
「どこ行ってたの、有ちゃん」
「昨日の川を見てた」
そう言うと、顔をしかめられてしまった。「川に近づいてないよ。上から見てただけ」
向希の前だとどうしてこんな子供みたいに言い訳じみてしまうのか。
「昨日、私が吐いた愚痴がちゃんと水に流れてたか見に行ったの」
口を尖らせて言うと、向希は目元を緩めた。
「どうだった?」
「ちゃんと流れてた」
「良かった」
空気が和らぐ。後、ケンケンゴーゴーが始まった。
「最近の夕立は豪雨だからな、豪雨! すぐに帰ること!」
午前中の雨も夕立って言うの?このケンケンゴーゴーが終わったら聞いてみようと思う。
それから何日か、激しい雨が降る時間があった。快晴でも数時間だけザッと降る。夏らしい雨だった。
雷は苦手だし、瓦屋根の雨の音がうるさくて勉強に集中も出来ず、縁側で雨を見るのが日課になっていた。私が縁側に出ると、向希も出てくるのだ。蝉は静かになって、蛙の鳴き声がする。
「趣がある」
言ってみても、冷たい目を向けられただけだ。おどろおどろしい灰色の雲が物凄く早く動いている。横殴りの雨が吐き出し窓にぶつかって、趣のある庭は滲んで見えなくなってしまった。
怖いのに、少しわくわくしてしまう。さっきから向希のスマホからひっきりなしに通知音が聞こえて来ていた。
「向ちゃん、スマホ鳴ってるよ」
「うん。天気の。『豪雨にご注意下さい』ってやつ」
「ヤバいじゃん」
「すぐ、過ぎるよ」
樋からジャバジャバと音を立てて水が吐き出されていた。
「向ちゃん、お父さんとお母さん何か言ってた?」
「いや、何も。向こうも同じこと聞いてくるわ、『おじいちゃんたち何か言ってたか?』『有ちゃん、何か言ってたか?』俺、バイパス」
「なんか、すみません。私が家出したばっかりに」
「本当だよ、全く。受験落ちたら誰を責めていいかわからんね」
「……自分をお責めなさい」
「お前ぇ……」
向希がふるふると笑い出す。ここへ来てから私たちの笑いの栓は開きっぱなしなのだ。
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