三度目の庄司

西原衣都

文字の大きさ
32 / 48
6 DNA

第2話

しおりを挟む
 そろそろいいかと時計代わりのスマホを確認すると、不在着信の通知があった。メッセージも入ってる。この静かな場所で着信に気づかないなんて、どれだけぼーっとしていたのだろうか。

『雨雲が近づいているスグモドレ』

 向希の電報かってメッセージに吹き出す。慌てて打ったのだろう。そう言えばさっきまでのギラギラした太陽が陰っていた。家の方向には灰色の雲が見えた。

「……夕立かなあ」

 昼間の雨も夕立っていうのだろうか。などと考えていたらもう一度着信があった。

 電話の向こうからわんわんと向希の声が聞こえてくる。
「今、戻ってますので、もう着きます」

 本当は今から戻ります、だ。誤魔化しても仕方がないのに、誤魔化す。別に濡れたって死ぬわけじゃなし。と、反論は心の中でだけにする。怖いので、あの人。

 家の前の道路が見える頃、ポツと頭に雨が当たった。カラカラだった白っぽい土の地面はあっという間に水を取り込む。あっという間に地面の白い部分はなくなり、土と雨の匂いが香り立った。

 急に雨が私の上だけ止んだ。向希の靴が目に入り、顔を上げると、イライラした向希の顔があった。勝手口にはすでにタオルが用意されていて、くどくどくどくど……聞きながら、手荒に髪を拭かれていた。このくらいの濡れ方だと私は拭くことさえしないだろうけど、大人しくされるままになっていた。

「走れば濡れずに済んだのに! 何をぼーっと地面見てんだ、お前は! 何がもうすぐ着くだ、時間も読めないのか! しかも傘持ってんじゃねーか」
「日傘だし」

 反論したのが気に入らなかったのか、向希は一人なのに数人いるようなケンケンゴーゴーが続いた。

「地面が雨を飲んでて美味しそうだなあって見てた」

 向希はチッと舌打ちをしたが、それ以上は何も言わなかった。私は雨の日の特等席へ向かう。カーテンを開け放して、縁側にドンと座る。

「ここから見る雨が好きなの」
「……わかるな」

「そう。この自分は安全なところにいながらにして、外は暑いわ、どっちゃ振りだわ、雷ガンガン鳴ってるわっていうの見るの好き」
「雨の日本庭園って、妙に艶っぽいんだよね。趣がある」

 二人同時にここから雨を見るのが好きな理由を口にしたが、向希は呆れた顔を向けたし、私はしまったと思った。

「趣がある」
 付け加えたが、受理されなかった。

「どこ行ってたの、有ちゃん」
「昨日の川を見てた」

 そう言うと、顔をしかめられてしまった。「川に近づいてないよ。上から見てただけ」

 向希の前だとどうしてこんな子供みたいに言い訳じみてしまうのか。

「昨日、私が吐いた愚痴がちゃんと水に流れてたか見に行ったの」
 口を尖らせて言うと、向希は目元を緩めた。
「どうだった?」
「ちゃんと流れてた」
「良かった」

 空気が和らぐ。後、ケンケンゴーゴーが始まった。
「最近の夕立は豪雨だからな、豪雨! すぐに帰ること!」

 午前中の雨も夕立って言うの?このケンケンゴーゴーが終わったら聞いてみようと思う。

 それから何日か、激しい雨が降る時間があった。快晴でも数時間だけザッと降る。夏らしい雨だった。

 雷は苦手だし、瓦屋根の雨の音がうるさくて勉強に集中も出来ず、縁側で雨を見るのが日課になっていた。私が縁側に出ると、向希も出てくるのだ。蝉は静かになって、蛙の鳴き声がする。

「趣がある」
 言ってみても、冷たい目を向けられただけだ。おどろおどろしい灰色の雲が物凄く早く動いている。横殴りの雨が吐き出し窓にぶつかって、趣のある庭は滲んで見えなくなってしまった。

 怖いのに、少しわくわくしてしまう。さっきから向希のスマホからひっきりなしに通知音が聞こえて来ていた。

「向ちゃん、スマホ鳴ってるよ」
「うん。天気の。『豪雨にご注意下さい』ってやつ」
「ヤバいじゃん」
「すぐ、過ぎるよ」

 樋からジャバジャバと音を立てて水が吐き出されていた。

「向ちゃん、お父さんとお母さん何か言ってた?」
「いや、何も。向こうも同じこと聞いてくるわ、『おじいちゃんたち何か言ってたか?』『有ちゃん、何か言ってたか?』俺、バイパス」
「なんか、すみません。私が家出したばっかりに」
「本当だよ、全く。受験落ちたら誰を責めていいかわからんね」
「……自分をお責めなさい」
「お前ぇ……」

 向希がふるふると笑い出す。ここへ来てから私たちの笑いの栓は開きっぱなしなのだ。

「笑えない」向希は最後に真顔になった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

Husband's secret (夫の秘密)

設楽理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

処理中です...