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第2章

第34話 家族と過ごす朝

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「ん……んん……」
 
 ジリリとけたたましく部屋に響く目覚まし時計の音。そしてカーテンの隙間から差し込む、いつもと少しだけ違った朝日によって僕は目を覚ました。
 時計の上部を押して音を止めて、布団の柔らかさと残り香を味わうように身体を丸めるような動きをしてから……ガバッと起き上がり、やや大げさに思いっきり背伸びをする。
 
 朝、眠りから覚めるときというのは、目を閉じればすぐに再び眠ってしまいそうなくらいな場合と、起きたその瞬間から明瞭な意識を持てる目覚めの場合がある。
 適度な睡眠時間の他に、レム睡眠の周期などの要因があると聞いたことがあるが、以前ここで過ごしていたときは、あまりそういったいい目覚めをするときはなかった。
 今でも夜遅く起きていたりすることは珍しくない。だけど、それでも環境の違いか身体の違いか、他にも少し心当たりはあるがともかくそういった朝は迎えることは格段に増えたといえる
 
 そして今日も、この数秒の間だけで一日の幸福を感じさせるような、そんな気持ちのいい目覚め。
 
 
「よいしょっと……」
 
 布団をたたんで、部屋の隅へと置いた僕は、やや寝癖になっていた髪を手ぐしで整えながら洗面所へと向かった。
 そして、前髪が濡れないよう魔力で生成したヘアピンでとめ、蛇口からの冷たい水で顔を洗い、置いてあった綺麗なタオルで顔を拭く。
 
 これも毎日、ずっと前から……ここにいたときも、今でも、きっとこれから先も行い続けるであろう行動。どこに住むことになってもこれは変わらないだろう。
 鏡に写る、少しぼんやりとした顔をした少女と目を合わせながら、そんなことを思いをはせていた。
 

「レン、起きたの~?」
「もう起きてるよ、母さん」
 
 洗面所から出るとエプロンをつけた母さんが笑顔でキッチンからやってきた。ふと気づくと、味噌汁のいい香りが漂っている。
 朝食を作っている最中らしい。
 
「もうすぐ朝ごはんできるからね。着替えたら来てちょうだい」
「何か手伝うことある?」
「大丈夫よ。あなたはゆっくりしていて」
「わかったよ」
 
 母さんとこんな何気ない話をすることでさえ、やっぱり嬉しく感じてしまう。
 本来だったら……もう二度と迎えることができなかったはずの、我が家で過ごす朝の時間。
 
「おはよう。父さん」
 
 着替えて食卓へと向かうと、父さんが座って新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。昔から仕事の日も、休日もどんな時も朝起きたら一杯のブラックコーヒー、父さんの毎朝の日課だ。
 部屋に入ったことに気づかないそんな父さんに、僕は後ろから声をかけた。
 
「んん゛っ! え……ああ……レンか。おはよう」
「……大丈夫? 母さん拭くもの持ってきて」
 
 背後からの聞きなれない僕の声に驚いたのか……父さんはコーヒーにむせてしまった。
 ゴホゴホと咳き込む父さんの背中を軽くさすっていると少しして振り向き、そこから僕の方を向いたままさらに数秒置いたのち、冷静さを取り戻し挨拶を返してくれた。
 
「お父さん、なにしてんの~」
「いや、すまん……」
 
 布巾を持ってきた来た母さんが、仕方がないなといった感じに父さんが少しこぼしてしまったコーヒーを拭いていく。
 そんな父さんをちょっと心配に思いながら……空いていた椅子へと座った。
 

「はい、できたわよ。これお味噌汁ね」
「あっ、ありがとう」
「ちゃんと食べていきなさいよ。今日はあの人と一緒に色々見て回るんでしょ」
 
 テーブルにベーコンエッグ、サラダ、味噌汁、ご飯といったバランスのいい、いかにもといった朝食のメニューが並んでいく。
 昔は朝食を簡単に済ませてしまうことがほとんどだったから、こうやって家族そろってしっかり食べることなんて滅多にないことだった。

 でも全くしなかったというわけではない。たまにみんなの時間が合えばこうやって揃って食べていたし、もっと小さい頃なんかはそういった日もよくあった。
 
「いただきます」
 
 一礼をして箸を取り、まずは湯気を立てている味噌汁を一口。
 うんうん……やっぱりこれも懐かしい味だ。熱々で、クタッとするまで煮込まれたネギが甘く、その香りが一気に胃を動かしたように感じる。
 
「どう? おいしい?」
「おいしいよ。すごく……」

 そうやって味わった味噌汁をいったん置いた僕は、さらに醤油をかけたベーコンエッグへと箸を伸ばす。
 
「ん……この目玉焼き、固めの黄身だね……」
「そうそう、あなたはそれが好きなのよね」
「ちゃんと覚えてくれてたんだ……」
 
 割った目玉焼きの黄身は少し固め、僕の好みの焼き加減だ。半熟も嫌いというわけではないけど、昔からこのややポロポロのするくらいの加減が好きだった。
 母親としては当然のこと、と母さんは思っているのかもしれないけど……こういうことは本当に嬉しい。
 
「そういえば昨日は聞けなかったけど、あなた達は喧嘩したりとかしないの?」
「喧嘩ね~元々優しい人だし、お互いに隠し事とかほとんどないくらいだからあんまり……ちょっと好みで揉めるくらいかな」
 
 箸で切ったベーコンをご飯と一緒に食べながら、本人がいては少し聞きにくいであろう母さんの質問に答える。
 
「食べ物の好みとか?」
「そうそう、例えば一緒に住み始めて少しした頃、この目玉焼きでね。セシルさんは半熟派だから」
「へ~あなたと反対じゃない。それでどうしたの?」
「僕が作るときは固めで、あの人が作るときは半熟でって交代で作るようにしてそれでお互い納得したんだよ。どちらかといえばこっちが好きくらいの話だったしね」
「やっぱり仲がいいわね」
「そう……だね」
 
 母さんに言ったように本格的に喧嘩したようなことは一度もない。多少のじゃれあいはあるけど、何かされても許しちゃうし、仕返しに僕の方からしても許してくれる。
 むしろそんなことをする度に仲が深まっていくと感じるくらいだ。

 だけど、やはり人間なので好みなんかで対立することはある。目玉焼きだけでなく、コーヒーの砂糖の有無、麺のゆで加減、香りや風景の好みといった食事以外のこともちょっと揉めたりする。
 最終的には和解したり、結局そのままだったり、いつの間にか違う話になってたり、その終わり方は様々だ。
 
 やっぱり男と女という部分は多少はそんな話に発展する要素になっているのかもしれない。
 それでもそうやって議論しあうのも楽しいことで、嫌な気持ちはしないしね。
 
「あっ母さん、ご飯もう少しもらえる?」
「じゃあ俺のも持ってきて」
「はいはい」
 
 僕のおかわりに続いて父さんも茶碗を差し出す。
 こういったちょっとしたこともまた、いつかあった……いつまでも覚えておきたい光景だ。
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