カキツバタ

白石 ヒナ

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第一章

始まり

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第一印象はあまり覚えていない。
ただ、一つに束ねられたミルクティー色の髪が綺麗だと思ったことだけは覚えている。


夏休みが明けた。
夏休み中は特にすることも無く家にいたためこの教室の騒がしい感じが少し懐かしいと思えた。
しばらく会っていなかったらしい同級生達が笑いながら抱き合っている。
僕は窓側の一番後ろの席で一人で本を読んでいた。今更友達が欲しいなんて思わない。
今まで一人で生きてきた。
それはこれからも変わらないと思っていた。
一限目の全校集会が終わった。
二限目は学年集会だった。
大きめの扇風機が稼働したところで体育館が暑いのに変わりない。
数百人が密集している体育館はまるでサウナかのように暑くてみんなの制汗剤の匂いが混ざってなんとも言えない香りが漂っていた。
三限目のLHRでは委員会や係などを決め直すらしい。
先生が学級委員になってくれる人を探している。
そんな適当に決めていいものなのかと思うがここで自分が手を上げる勇気も発言する勇気もない。
何事もなく時間は進んでいき文化祭に備えて文化祭実行委員を決め始めた。
女子一人、男子一人の計二人をクラスから出すらしい。
当然やりたい人なんていない。
誰かが推薦で決めようと言い始めた。
先生はいいアイデアだなとみんなに紙を小さくちぎった投票用紙を配り始めた。
投票用紙が全員に行き渡ったのを見て、HRの時に集めるからなと言って教室を出ていった。
丁度チャイムがなって昼休みの時間になった。
みんながワイワイと昼ご飯の準備を始める中、僕は弁当を持って屋上に向かった。
みんながいる教室では昼休みに一人でいるのは許されないような気がする。
夏休み明けの9月。
こんな真夏日にクーラーもない屋上にわざわざ出向くのなんて恐らく僕一人だろう。
夏は汗で体がベタベタして嫌いだったけどこういう時は少しだけ夏が好きになる。
屋上へ続く扉を開けると先客がいた。
クラスメイトの小野さんだった。
彼女はいつも沢山の人に囲まれて僕とは正反対の人間だと思っていた。
一人でご飯を食べることなんてあるんだなと少し親近感が湧いた。
彼女はまだ僕に気づいていないみたいだった。
チラッと彼女の顔を見て僕は吃驚した。
泣いていたのだ。
こんな時にどう声をかけていいのか分からず立ち尽くしていた。
彼女は僕に気づいて話しかけてきた。

「いたんだ。ごめんね。みっともないところみせちゃったね」
「あ、いや、僕の方こそごめん」
「ううん。気にしないで。ご飯食べに来たの?」
「うん」
「一緒に食べてもいい?」
「うん」

初めて見る彼女の弱々しい姿に僕はどうすればいいのか分からなかった。
だけど、泣いている彼女を一人にしてはいけないと思った。
しばらくはお互い無言で弁当を食べた。
先に口を開いたのは僕だった。
なんで泣いてたの?言うつもりのなかった言葉に自分が一番驚いていた。
小野さんは本当になんでもないよと言って少し笑った。
そこからは食べ終わるまでずっとお互い無言だった。
正直何故小野さんが一緒に食べようと言い始めたのか分からなかった。
だけど、先に食べ終わった彼女がこの事は二人だけの秘密ねと笑った顔がすごく可愛いと思った。


全ての授業を終えて残すはHRだけになった。
正直文化祭の実行委員なんてどうでもよかった。誰がやったって変わらないし、教師の指示を聞いて雑用をこなすだけ。そこに生徒の意思なんてない。
みんなもそう思っているようで早く帰りたい、部活に行きたいと嘆いていた。
みんなが投票し終えて新しい学級委員が票を確認していた。
しばらくして学級委員が大きな声で静かにしてくださいと言った。
どうやら票を数え終わったらしい。

「では、まず女子の投票が多かった人から発表していきます」
「文化祭実行委員に選ばれたのは小野日和さんです」
「おお!さすが日和!」
「やっぱりね!私も日和に票入れたもん!」
「えー私かあ。本当はやりたくないけどしょうがないよね。分かった!やる!」

昼休みの時に見たものが嘘なんじゃ無いかと思うくらいとびきりの笑顔だった。

「では、続いて男子の投票が多かった人を発表します。」

学級委員がそう言った瞬間、教室の真ん中あたりから待ってという声がした。
みんなが一斉に声のした方を振り返る。

「女子の委員が私だから男子は私が指名してもいい?」

誰も彼女に反対する人はいなかった。
それどころかあんなに委員をしたくなさそうだった男達が自分が選ばれるんじゃないかと期待している気もした。
でも、彼女が呼んだ名前は僕の名前だった。
17年間生きてきてこれほど自分の耳を疑ったことはないと思う。
みんなの視線が僕の方を向いているのが分かった。

「いいかな?河原くん」

断れるはずがなかった。
HRが終わったあともみんなが僕の方を見ているのが分かった。
僕は逃げるようにして教室を出た。

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