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失踪
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同日22時。マンションの一室。
「ねぇ拓真(たくま)、ちょっと相談なんだけど…なんか生理が遅れてるんだよね…」
ショートカットの女性が重苦しく切り出した。
「あ?で?だからなに?」
一緒に座っている拓真と呼ばれた金髪の男性が気だるそうにスマホから顔を上げた。
「いや、何じゃなくてさ。不安だったから妊娠検査薬買ってみたんだけど…」
「は?検査したの?」
「まだ検査はしてないんだけど…。できてたらどうしよ…」
女性はいまにも泣き出しそうに声を震わせていた。
「どうしよ…じゃねぇし。俺らふつーにまだ学生だぜ?下ろせばいいじゃん」
拓真は再び視線をスマホに落とした。
「ちょっと…真面目に聞いてよ…それに下ろせって本気で言ってんの?そんな簡単に言わないでよ!」
「は?じゃあ産むの?マジで?ありえないんだけど」
「ありえないってなに?こんな悩んでるのに!父親は拓真なんだよ!」
「え?めんどくさ…恵美(めぐみ)が浮気とかしてんじゃないの?違う男との子どもだろ?別れるわ。バイバイ」
拓真は立ち上がり玄関の方へ向かって歩き始めた。
「なにそれ!ちょっとどこ行くのよ!」
恵美は行かせまいと、拓真の右手首を掴んだ。
「うぜぇな。離せよ。」
「きゃ!…痛…」
振りほどこうとした拓真の腕の勢いに負け、恵美は体制を崩し、転けた拍子に机の角に頭を打ち付けた。
打ちどころが良くなかったのか、恵美の額からは血が流れ、目が虚ろになっている。
『え?何…。頭痛い…。でも、あぁ待って拓真を引き止めなきゃ』
恵美の意識がはっきりしていたのは、ここまでだった。
うわ!どうなってんだこれ!?体が動かねぇ!
『子ども出来てたら下ろさないといけないのかなぁ…』
ひっ!なんだ!?恵美がやってんのか!?やめてくれ!下ろして!悪かった!謝るから助けて!下ろしてくれ!
『下ろす…?あぁ赤ちゃん下ろしたくないな…でも学生だから下ろせないといけないのかな…』
待って!やめて!いまはやめて!恵美!戻せ!部屋に戻せ!やめろーーー!!
拓真の叫び声が響きわたり、しばらくするとぐちゃっと鈍い音が聞こえた気がしたが、恵美はそのまま意識をうしなった。
………………………
『おはようございます。今日の天気は…』
テレビから流れてくるお天気キャスターの元気な声で目を覚ました。
「ん…、おはよう…。どうせなら美波の優しい声で起こして欲しかった」
目を覚ますと美波がコーヒーを飲みながらローテーブル越しにテレビを観ていた。いま点けたところだろう。
彼女は毎朝目覚めたらホットコーヒーを飲みながら、『おはようございます。朝ですよ』略して『おは朝』という朝7:00から始まるのニュース番組を観ることを日課としていた。
欠伸をしながら、のそのそと布団から這い出て美波に抱きつこうと回した手はベシッと払い除けられてしまった。
何やらご機嫌斜めなようだ。
「おはよう。そうしたいのは山々だったけどね。誰かさんが昨日頑張ったせいで声が枯れてしまったよ…。この声では優しく起こすのは無理だったろうね。だからおは朝の南郷ちゃんの声で起こしてあげたよ。南郷ちゃんでも起きなければ私がとても優しく起こしてあげたけどね」
怒りの籠もった美波の声は霞んでいた。
確かにこれは彼女なりに優しく起こしてくれたのだろう…。
「ごめんなさい」
ここは素直に謝るが吉と見た。
「この程度ならすぐ治ると思うからいいよ。ちょっと棚にあったハチミツをコーヒーに入れさせてもらったよ」
彼女は普段ブラックなのだが喉のことを考えたらしい。
「了解。ぜんぜんいいよ。使ってください。僕もコーヒー飲もうかな。朝ごはんどうする?何か簡単なものでよければ作ろうか?」
昨日の夕飯も僕が作った。美波も料理ができないわけではないが、僕が好きで作っている。と言っても一人暮らしを始めてから女の子にモテたくて磨いた技術なので本職の方々には到底及ばない。毎日料理するうちに熟れてきた、ただの趣味の一つだ。
「いいね。頼もうかな。じゃあこれで声のことは許そう」
「ありがとうございます!」
トーストと目玉焼きでいいだろう。あと昨日タッパーで保存しておいたベビーリーフをサラダにして…コンソメ使ってオニオンスープでも作るか…
2人分の朝食を手早く準備しトーストに焦げ目が付く程度の芳ばしい匂いと、パチパチと目玉焼きが焼ける音がしたときに、テレビから聞き慣れた大学名と名前が聞こえてきた。
『昨夜23時ごろ東京都杉並区の5階建てマンションの4階から転落し、病院に搬送されていた男性の死亡が確認されました。男性は神地大学2年生の奥田拓真(おくだたくま)さん20歳と身元が判明し…』
「え?うちの大学じゃん。奥田拓真ってあの奥田?…」
フライパンの火を消して食い入るようにテレビを見た。僕たちが通っている大学名が放送されたということもあるが、あの奥田拓真なのかと確認したかったからだ。
奥田拓真とは仲が良いわけではないが知らない相手でも無かった。どちらかというと印象は悪い。
3ヶ月前に僕と付き合っていることを知りながら美波に付き合わないかと告白してきた奴だ。
奥田は確かに顔がいい。またありがちだが学生の中では人気バンドのボーカルをしているということもあり、浮ついた噂が絶えない奴だ。
美波に告白した際に「中身の無い奴に興味はない」とバッサリと切り捨てられてすぐに、美波の後輩になる沢恵美(さわ めぐみ)と付き合い始めた強者だ。
「あぁ。沢の彼氏の奥田で間違いなさそうだね。映ってるマンションは沢が住んでるマンションだ。」
沢恵美は美波と同じゼミの後輩になり、僕と歳は同じだ。
美波に懐き、よく一緒に勉強したり遊んだりしていた。美波も沢のことは可愛がっている。
僕と美波が付き合うときには美波先輩に釣合う男なのかと茶々を入れられた苦い記憶がある…。
そんな沢が奥田と付き合い始めたと聞いたとき、美波は自分への当て付けもあるのかもしれないと、奥田が自分にも告白してきたことなどを沢に伝えた。
しかし沢は美波に告白したのは自分と付き合う前だからセーフ。沢も奥田が好きなので、しっかりと首輪をつけておくから大丈夫です!と笑っていたと聞いた。
『また、事件発生時刻に近隣住民が男女の言い争う声を聞いており、警察は事件事故の両面で捜査を進めています。』
「これは…沢に電話してみる」
美波は自分のスマホを操作し沢に電話をかけたが、5回コール音が鳴った後に留守電へと切り替わった。
「ねぇ拓真(たくま)、ちょっと相談なんだけど…なんか生理が遅れてるんだよね…」
ショートカットの女性が重苦しく切り出した。
「あ?で?だからなに?」
一緒に座っている拓真と呼ばれた金髪の男性が気だるそうにスマホから顔を上げた。
「いや、何じゃなくてさ。不安だったから妊娠検査薬買ってみたんだけど…」
「は?検査したの?」
「まだ検査はしてないんだけど…。できてたらどうしよ…」
女性はいまにも泣き出しそうに声を震わせていた。
「どうしよ…じゃねぇし。俺らふつーにまだ学生だぜ?下ろせばいいじゃん」
拓真は再び視線をスマホに落とした。
「ちょっと…真面目に聞いてよ…それに下ろせって本気で言ってんの?そんな簡単に言わないでよ!」
「は?じゃあ産むの?マジで?ありえないんだけど」
「ありえないってなに?こんな悩んでるのに!父親は拓真なんだよ!」
「え?めんどくさ…恵美(めぐみ)が浮気とかしてんじゃないの?違う男との子どもだろ?別れるわ。バイバイ」
拓真は立ち上がり玄関の方へ向かって歩き始めた。
「なにそれ!ちょっとどこ行くのよ!」
恵美は行かせまいと、拓真の右手首を掴んだ。
「うぜぇな。離せよ。」
「きゃ!…痛…」
振りほどこうとした拓真の腕の勢いに負け、恵美は体制を崩し、転けた拍子に机の角に頭を打ち付けた。
打ちどころが良くなかったのか、恵美の額からは血が流れ、目が虚ろになっている。
『え?何…。頭痛い…。でも、あぁ待って拓真を引き止めなきゃ』
恵美の意識がはっきりしていたのは、ここまでだった。
うわ!どうなってんだこれ!?体が動かねぇ!
『子ども出来てたら下ろさないといけないのかなぁ…』
ひっ!なんだ!?恵美がやってんのか!?やめてくれ!下ろして!悪かった!謝るから助けて!下ろしてくれ!
『下ろす…?あぁ赤ちゃん下ろしたくないな…でも学生だから下ろせないといけないのかな…』
待って!やめて!いまはやめて!恵美!戻せ!部屋に戻せ!やめろーーー!!
拓真の叫び声が響きわたり、しばらくするとぐちゃっと鈍い音が聞こえた気がしたが、恵美はそのまま意識をうしなった。
………………………
『おはようございます。今日の天気は…』
テレビから流れてくるお天気キャスターの元気な声で目を覚ました。
「ん…、おはよう…。どうせなら美波の優しい声で起こして欲しかった」
目を覚ますと美波がコーヒーを飲みながらローテーブル越しにテレビを観ていた。いま点けたところだろう。
彼女は毎朝目覚めたらホットコーヒーを飲みながら、『おはようございます。朝ですよ』略して『おは朝』という朝7:00から始まるのニュース番組を観ることを日課としていた。
欠伸をしながら、のそのそと布団から這い出て美波に抱きつこうと回した手はベシッと払い除けられてしまった。
何やらご機嫌斜めなようだ。
「おはよう。そうしたいのは山々だったけどね。誰かさんが昨日頑張ったせいで声が枯れてしまったよ…。この声では優しく起こすのは無理だったろうね。だからおは朝の南郷ちゃんの声で起こしてあげたよ。南郷ちゃんでも起きなければ私がとても優しく起こしてあげたけどね」
怒りの籠もった美波の声は霞んでいた。
確かにこれは彼女なりに優しく起こしてくれたのだろう…。
「ごめんなさい」
ここは素直に謝るが吉と見た。
「この程度ならすぐ治ると思うからいいよ。ちょっと棚にあったハチミツをコーヒーに入れさせてもらったよ」
彼女は普段ブラックなのだが喉のことを考えたらしい。
「了解。ぜんぜんいいよ。使ってください。僕もコーヒー飲もうかな。朝ごはんどうする?何か簡単なものでよければ作ろうか?」
昨日の夕飯も僕が作った。美波も料理ができないわけではないが、僕が好きで作っている。と言っても一人暮らしを始めてから女の子にモテたくて磨いた技術なので本職の方々には到底及ばない。毎日料理するうちに熟れてきた、ただの趣味の一つだ。
「いいね。頼もうかな。じゃあこれで声のことは許そう」
「ありがとうございます!」
トーストと目玉焼きでいいだろう。あと昨日タッパーで保存しておいたベビーリーフをサラダにして…コンソメ使ってオニオンスープでも作るか…
2人分の朝食を手早く準備しトーストに焦げ目が付く程度の芳ばしい匂いと、パチパチと目玉焼きが焼ける音がしたときに、テレビから聞き慣れた大学名と名前が聞こえてきた。
『昨夜23時ごろ東京都杉並区の5階建てマンションの4階から転落し、病院に搬送されていた男性の死亡が確認されました。男性は神地大学2年生の奥田拓真(おくだたくま)さん20歳と身元が判明し…』
「え?うちの大学じゃん。奥田拓真ってあの奥田?…」
フライパンの火を消して食い入るようにテレビを見た。僕たちが通っている大学名が放送されたということもあるが、あの奥田拓真なのかと確認したかったからだ。
奥田拓真とは仲が良いわけではないが知らない相手でも無かった。どちらかというと印象は悪い。
3ヶ月前に僕と付き合っていることを知りながら美波に付き合わないかと告白してきた奴だ。
奥田は確かに顔がいい。またありがちだが学生の中では人気バンドのボーカルをしているということもあり、浮ついた噂が絶えない奴だ。
美波に告白した際に「中身の無い奴に興味はない」とバッサリと切り捨てられてすぐに、美波の後輩になる沢恵美(さわ めぐみ)と付き合い始めた強者だ。
「あぁ。沢の彼氏の奥田で間違いなさそうだね。映ってるマンションは沢が住んでるマンションだ。」
沢恵美は美波と同じゼミの後輩になり、僕と歳は同じだ。
美波に懐き、よく一緒に勉強したり遊んだりしていた。美波も沢のことは可愛がっている。
僕と美波が付き合うときには美波先輩に釣合う男なのかと茶々を入れられた苦い記憶がある…。
そんな沢が奥田と付き合い始めたと聞いたとき、美波は自分への当て付けもあるのかもしれないと、奥田が自分にも告白してきたことなどを沢に伝えた。
しかし沢は美波に告白したのは自分と付き合う前だからセーフ。沢も奥田が好きなので、しっかりと首輪をつけておくから大丈夫です!と笑っていたと聞いた。
『また、事件発生時刻に近隣住民が男女の言い争う声を聞いており、警察は事件事故の両面で捜査を進めています。』
「これは…沢に電話してみる」
美波は自分のスマホを操作し沢に電話をかけたが、5回コール音が鳴った後に留守電へと切り替わった。
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