船を建てた男 ~信長の鉄甲船 建造物語~

九條葉月

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大筒

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「あれなるは大工の棟梁・岡部又右衛門殿だ」

「やはりそうでございましたか」

 牛一の説明に胃が痛くなる鉄介だった。いや、岡部は城大工で、鉄介は船大工。似ているようで仕事内容はまるで違うのだから、忌々しく思われても関係はないのだが……。

(いや、材料の確保を邪魔立てされるかもしれぬか?)

 信長お気に入りで、信長の天下統一の象徴となるであろう安土城の築城を任される岡部と、息子の家臣の家臣でしかない鉄介。どちらが『上』であるかなど考えるまでもない。

「ど、どうしたものでしょう?」

「いや、儂に聞かれてもなぁ」

「それもそうですな……」

 安土に着くまでにはなんとか釈明し、ご機嫌を取れないだろうか。そう考えていた鉄介だったが、そう上手く行くはずもなく。

 顔を合わせれば睨み付けられ、話しかけようとすれば離れられ。そうこうしているうちに鉄介は安土へと到着した。

 まだ普請(土木工事)も始まったばかりなので、あるとすれば縄張りくらいのものだ。

 ちなみに縄張りとは、地面に縄を張って建物などの配置を確認する作業のことだ。

 縄張りを見ればどれほどの規模になるかは容易に察することができる。

 なんとも、なんとも広大な城であった。もはや山一つを城として使っていると言っても過言ではなさそうなほど。

 鉄介がよく知る城は領地支配や政務の中心となるような城ではなく、水軍の拠点となるような海に隣接した城ばかりとなる。なので『普通の城』というものにはあまり詳しくない。

 だが、そんな鉄介からして見ても、安土城は変わった城になりそうだった。

 やはり目を引くのは山の頂上あたりに組み上げられていく巨大な岩たち。おそらくは最近城造りにも導入されているという『石垣』であろう。

 作業をする職人たちと比較すれば、石垣に使われている岩が人の背丈と同じくらいだと容易に知ることができた。よくもまぁあんな山の頂上付近まで運んだものだ。

 どこか自慢げな様子で牛一が解説してくれる。

「あれが天主(天守)の台となる石垣で、完成した暁には岡部殿指示の元、天主が建てられる」

「ほぉ! 天主! 立派な建物になると聞いております! なんでも京の五重塔のようなものであるとか! いやぁ、そんな大仕事を任せられるとはさすがは岡部殿でありますな!」

 らしくもなく岡部を持ち上げてみる鉄介。反応としては……中々。やはり職人とは自らの仕事に絶対の自信を持つ生き物らしい。

 しかし嘘を言って褒めたわけではなく、今組み上げられている石垣の上に巨大な建物が乗っかるとすれば、それはそれは見栄えが良く、『天下人・信長』を象徴する建物となるだろう。それを任せられるのだから岡部は名実共に『天下一の大工』なのだ。

 そして。天主以外にもう一つ特徴的な構造を上げるとすれば。

「真っ直ぐでありますなぁ」

 大手門(正面入り口)から天主に繋がる道(大手道)が、とにかく広く、長く、真っ直ぐであったのだ。

 通常、城の中の道というのは狭く、折れ曲がっている方がいいとされる。そうすれば敵が攻め込んできたときも一列に進むしかないし、曲がり角のたびに速度を落とさなければならない。そこを狭間(銃眼)から火縄銃や弓で狙い撃つというわけだ。

 しかしこの安土城、そんな城の常識からはあり得ないほど真っ直ぐな大手道だった。これでは敵が難なく本丸を目指してしまうではないか。

 いや、さすがに天主付近では折れや虎口といった『城らしい』防御も取り入れているようだが、逆に言えば大手門からそのような防御を施せばもっと頑強な城になりそうなものだが……。

(ふむ……?)

 数々の城を造ってきた信長と岡部が、このような初歩的な間違いは犯すまい。何か理由があるはずだと注意深く縄張りを観察していた鉄介は気づいた。大手道を挟むように縄張りされているのは、おそらく家臣たちの武家屋敷だろうと。

 武家屋敷が完成した暁には、真っ直ぐな大手道の左右は武家屋敷の壁に囲まれるはずだ。

 つまり、攻め上がる敵兵が、身を隠す場所がない。

「これは……大筒(大砲)が使いやすそうですな」

「ほぅ?」

 興味深そうな目で信長が鉄介を見る。その視線から「説明せよ」という意思を読み取った鉄介は自らの考えを口にした。

「大手道の上(天主側)から大筒を放てば、大手道を攻め上がってくる敵兵を一網打尽にできましょう。道の左右は武家屋敷の壁でふさがれておりますから、敵は逃げることも避けることもできませぬ。さらには、坂になっておりますから大筒の球が転がり、より多くの敵兵を傷つけることができましょう」

 鉄介は知る由もないことだが、丸い石の弾を大砲で放ち、それが転がって敵兵を多く負傷させるという戦術は炸裂弾が開発される前のヨーロッパで広く用いられていた。

「――おぬし」

 と、尋常ではない低い声を発したのは大工の棟梁・岡部だ。

 鉄介としてはまたしても失敗したかと肝を冷やしてしまう。なにせ岡部はこの安土城の築城責任者。適当な放言をしたせいでさらに怒らせてしまったかと。

 岡部は睨み付けるような勢いで鉄介を見つめ……、その両腕で、鉄介の両肩を掴んできた。

「鉄介、だったな?」

「へ、へい……」

「――おぬし、分かっているではないか!」

 何度も何度も。鉄介の肩を両手で叩いてくる岡部。大工の腕力なので容赦のない威力である。

 そんな岡部の顔には喜色が浮かんでいた。

「そうよ! これからの時代は大筒を使わなければならん! すでに南蛮では大砲の使用を前提とした城造りがされ、船にも大筒が搭載されているという! 我らも負けてはおれん! だというのに頭の硬い連中はやれ道を曲げろだの虎口を付けろだの……。そんな時代遅れの城では大筒に対抗できぬわ!」

「は、はぁ……」

「安土城では大手道だけにしか使えなかったが、上様が本願寺の連中を大坂から追い出し! 大坂の地を確保された暁には! 大筒の使用を前提とした城造りがなされよう!」

「お、大坂ですか……? 安土に城を造っている最中だというのに、もうそんなことまで考えて……?」

 しかも重要なのは、信長と岡部が大坂での城造りを想定していることだ。――本願寺との和睦はない。本願寺が滅びるか、大坂の地から逃げ出すまで、あの戦は続くのだろう。

 そして、本願寺との戦において重要な役割を果たすのが……鉄介がこれから造る大安宅船だ。

(これはとんでもないことに巻き込まれたぞ……?)

 今さらながら愕然とする鉄介であった。


                  ◇


「鉄介。ずいぶんと大筒に詳しいではないか。まだ儂らでもサルに命じて造らせたばかりだというのに」

 信長の質問を受け、鉄介の頭が疑問に支配される。

 サル? 猿が大筒を?
 疑問に思う鉄介だが、まさか信長に対して質問に質問を返すような真似はできない。

「へぇ。伊勢には大陸(明)から逃れてきた一族がおりまして。九鬼嘉隆様のご指示の元、大筒の作り方を習っているところであります」

 主君を売り込んでおく鉄介であった。

「で、あるか。嘉隆が安土に参ったら話を聞くとしよう」

 悪童のように笑う信長であった。


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