船を建てた男 ~信長の鉄甲船 建造物語~

九條葉月

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決意

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 翌日。
 昨夜はあのまま鉄介の小屋で眠りこけた岡部。そんな岡部に案内され、鉄介は安土城の天主台を見学していた。

 遠くから見るだけでも圧巻であったが、近寄ってみるともう言葉にすらできない。
 天主台だけで高さ十二間(約22m)になるという。さらにその上に十八間(約33m)ほどの天主が建てられるというのだから、もはや鉄介では想像すらできそうもない。

「ここに五階建ての櫓……いや、天主が建つのですか……」

「おう。中は六階建てだがな」

「ははぁ」

 外見は五階建てで、実際は六階建てということだろうか? 城造りは専門外の鉄介にはよく分からない建物だ。

「さすがに天主の指図は見せられん」

「いや、それは当然」

 なんだかおかしくなって笑いあう鉄介と岡部であった。

 そんなやり取りをしているうちに大工たちが小屋から出てきた。どうやら仕事が始まるらしい。

 どれ、城大工の働きぶりを見物されてもらうかと邪魔にならない場所へ移動する鉄介。当然のことながら岡部も仕事に行ってしまったので、一人寂しく見物をする。

 いやしかし、さすがは信長の新しい城造りを任される大工たちだ。その働きぶりに無駄がないことは鉄介にもよく分かった。

 特にこういう大きな普請(工事)の時は個々の動きはもちろんのこと、指図をする人間の働きも重要となる。その意味で言えば大工の棟梁として各所に指示を飛ばす岡部の腕前は見事の一言であるし、岡部以外にもう一人、様々な指示を飛ばすあの男も見事――

「――んん?」

 見間違いか? と、目を擦る鉄介。

 手慣れた様子で大工たちに指図する男。
 着ている服は粗末なものだ。おそらく何度も現場に出たからこそあのように汚れたり擦り切れたりしたのだろう。

 唯一目立つ装飾は腰に巻いた虎皮であるが……それもまた『どこでも服を汚さずに座れるように』という実用性から選ばれたものだろう。

 あの男、もしや……?

「――そう。上様よ」

 愕然とする鉄介に声を掛けてきたのは、信長に仕える太田牛一。
 となれば、やはりあの男は織田信長なのだろう。もうすぐ天下へと手が届き、帝の護衛を任される右近衛大将。だというのにあのような襤褸ボロを身に纏い、大工たちに直接指示を下しているとでもいうのか……?

「上様も安土の普請は信忠様や丹羽様に任されたはずなのだが……。どうにも御自ら動かなければ我慢ならぬようでなぁ」

「は、はぁ……。あの、信長様は、途轍もなく偉い御方なのでしょう? なのに、あのように自ら普請の現場にやって来るなど……」

「上様は、ああいう御方だ」

「…………」

「それに、上様は大工であるとか、武士であるとか。身分の上下で付き合い方を変えることはない。道を外れておれば高僧でも首を刎ねるし、憐れだと思ったなら乞食相手にも慈悲を与える。それこそが上様という人物なのだ」

「なんと……」

 にわかには信じがたい話だ。
 いや、鉄介の主君である九鬼嘉隆も大工と仲良くしてくださる御方だ。しかし、それは嘉隆が九鬼の家督を継がずに海の男として生きているからこその距離感となる。

 対する織田信長とは足利将軍を追放し、実質的な将軍として扱われているほどの御方。次の『武家の棟梁』になるべき御方が。まさか大工たちと同じ現場にいるとは……。

 直接目にしたというのに、まだ信じられない気持ちの鉄介だ。この目に映るのは幻と言われればすんなりと受け入れてしまいそうなほど。

 だが。
 この胸の高まりは本物だろう。
 昨夜から続く、この高ぶりは……。

 そもそもが鉄介を船大工と知っても見下すことなく、直接言葉を交わしてくださったのが信長だ。鉄介の無礼な物言いにも、職人としての意地と誇りを見出して咎無しとしてくださったのが信長だ。昨夜だって、あのような粗末な小屋に直接足を運んで鉄介の話を聞いてくださったではないか。

 胸が高まる。
 頭が揺れ、なにやら視界が揺らめいているように感じられる。

 戦国最強と名高い武田の騎馬隊を壊滅させ、敵対する大名を次々に滅ぼし。安土に巨大な城を建て、これから本願寺を打ち倒し大坂を、近畿天下を手中に収めようとする、英傑。

 そんな男が、そんな男だというのに、大工と直接言葉を交わし、大工と共に働いてくださっている。


 ――あの御方が造る国は、どのようなものになるだろうか?


 あの御方が天下を統一するために、巨大な船が必要だというのなら。


 ――あの御方のために、船を造ろう。


 鉄介は、強く、強く決意した。
















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