7 / 34
決意
しおりを挟む
翌日。
昨夜はあのまま鉄介の小屋で眠りこけた岡部。そんな岡部に案内され、鉄介は安土城の天主台を見学していた。
遠くから見るだけでも圧巻であったが、近寄ってみるともう言葉にすらできない。
天主台だけで高さ十二間(約22m)になるという。さらにその上に十八間(約33m)ほどの天主が建てられるというのだから、もはや鉄介では想像すらできそうもない。
「ここに五階建ての櫓……いや、天主が建つのですか……」
「おう。中は六階建てだがな」
「ははぁ」
外見は五階建てで、実際は六階建てということだろうか? 城造りは専門外の鉄介にはよく分からない建物だ。
「さすがに天主の指図は見せられん」
「いや、それは当然」
なんだかおかしくなって笑いあう鉄介と岡部であった。
そんなやり取りをしているうちに大工たちが小屋から出てきた。どうやら仕事が始まるらしい。
どれ、城大工の働きぶりを見物されてもらうかと邪魔にならない場所へ移動する鉄介。当然のことながら岡部も仕事に行ってしまったので、一人寂しく見物をする。
いやしかし、さすがは信長の新しい城造りを任される大工たちだ。その働きぶりに無駄がないことは鉄介にもよく分かった。
特にこういう大きな普請(工事)の時は個々の動きはもちろんのこと、指図をする人間の働きも重要となる。その意味で言えば大工の棟梁として各所に指示を飛ばす岡部の腕前は見事の一言であるし、岡部以外にもう一人、様々な指示を飛ばすあの男も見事――
「――んん?」
見間違いか? と、目を擦る鉄介。
手慣れた様子で大工たちに指図する男。
着ている服は粗末なものだ。おそらく何度も現場に出たからこそあのように汚れたり擦り切れたりしたのだろう。
唯一目立つ装飾は腰に巻いた虎皮であるが……それもまた『どこでも服を汚さずに座れるように』という実用性から選ばれたものだろう。
あの男、もしや……?
「――そう。上様よ」
愕然とする鉄介に声を掛けてきたのは、信長に仕える太田牛一。
となれば、やはりあの男は織田信長なのだろう。もうすぐ天下へと手が届き、帝の護衛を任される右近衛大将。だというのにあのような襤褸を身に纏い、大工たちに直接指示を下しているとでもいうのか……?
「上様も安土の普請は信忠様や丹羽様に任されたはずなのだが……。どうにも御自ら動かなければ我慢ならぬようでなぁ」
「は、はぁ……。あの、信長様は、途轍もなく偉い御方なのでしょう? なのに、あのように自ら普請の現場にやって来るなど……」
「上様は、ああいう御方だ」
「…………」
「それに、上様は大工であるとか、武士であるとか。身分の上下で付き合い方を変えることはない。道を外れておれば高僧でも首を刎ねるし、憐れだと思ったなら乞食相手にも慈悲を与える。それこそが上様という人物なのだ」
「なんと……」
俄には信じがたい話だ。
いや、鉄介の主君である九鬼嘉隆も大工と仲良くしてくださる御方だ。しかし、それは嘉隆が九鬼の家督を継がずに海の男として生きているからこその距離感となる。
対する織田信長とは足利将軍を追放し、実質的な将軍として扱われているほどの御方。次の『武家の棟梁』になるべき御方が。まさか大工たちと同じ現場にいるとは……。
直接目にしたというのに、まだ信じられない気持ちの鉄介だ。この目に映るのは幻と言われればすんなりと受け入れてしまいそうなほど。
だが。
この胸の高まりは本物だろう。
昨夜から続く、この高ぶりは……。
そもそもが鉄介を船大工と知っても見下すことなく、直接言葉を交わしてくださったのが信長だ。鉄介の無礼な物言いにも、職人としての意地と誇りを見出して咎無しとしてくださったのが信長だ。昨夜だって、あのような粗末な小屋に直接足を運んで鉄介の話を聞いてくださったではないか。
胸が高まる。
頭が揺れ、なにやら視界が揺らめいているように感じられる。
戦国最強と名高い武田の騎馬隊を壊滅させ、敵対する大名を次々に滅ぼし。安土に巨大な城を建て、これから本願寺を打ち倒し大坂を、近畿を手中に収めようとする、英傑。
そんな男が、そんな男だというのに、大工と直接言葉を交わし、大工と共に働いてくださっている。
――あの御方が造る国は、どのようなものになるだろうか?
あの御方が天下を統一するために、巨大な船が必要だというのなら。
――あの御方のために、船を造ろう。
鉄介は、強く、強く決意した。
※第11回歴史・時代小説大賞参加中! 投票受付中です!
お読みいただきありがとうございます。面白い、もっと先を読みたいなど感じられましたら、ブックマーク・評価などで応援していただけると作者の励みになります! よろしくお願いします!
昨夜はあのまま鉄介の小屋で眠りこけた岡部。そんな岡部に案内され、鉄介は安土城の天主台を見学していた。
遠くから見るだけでも圧巻であったが、近寄ってみるともう言葉にすらできない。
天主台だけで高さ十二間(約22m)になるという。さらにその上に十八間(約33m)ほどの天主が建てられるというのだから、もはや鉄介では想像すらできそうもない。
「ここに五階建ての櫓……いや、天主が建つのですか……」
「おう。中は六階建てだがな」
「ははぁ」
外見は五階建てで、実際は六階建てということだろうか? 城造りは専門外の鉄介にはよく分からない建物だ。
「さすがに天主の指図は見せられん」
「いや、それは当然」
なんだかおかしくなって笑いあう鉄介と岡部であった。
そんなやり取りをしているうちに大工たちが小屋から出てきた。どうやら仕事が始まるらしい。
どれ、城大工の働きぶりを見物されてもらうかと邪魔にならない場所へ移動する鉄介。当然のことながら岡部も仕事に行ってしまったので、一人寂しく見物をする。
いやしかし、さすがは信長の新しい城造りを任される大工たちだ。その働きぶりに無駄がないことは鉄介にもよく分かった。
特にこういう大きな普請(工事)の時は個々の動きはもちろんのこと、指図をする人間の働きも重要となる。その意味で言えば大工の棟梁として各所に指示を飛ばす岡部の腕前は見事の一言であるし、岡部以外にもう一人、様々な指示を飛ばすあの男も見事――
「――んん?」
見間違いか? と、目を擦る鉄介。
手慣れた様子で大工たちに指図する男。
着ている服は粗末なものだ。おそらく何度も現場に出たからこそあのように汚れたり擦り切れたりしたのだろう。
唯一目立つ装飾は腰に巻いた虎皮であるが……それもまた『どこでも服を汚さずに座れるように』という実用性から選ばれたものだろう。
あの男、もしや……?
「――そう。上様よ」
愕然とする鉄介に声を掛けてきたのは、信長に仕える太田牛一。
となれば、やはりあの男は織田信長なのだろう。もうすぐ天下へと手が届き、帝の護衛を任される右近衛大将。だというのにあのような襤褸を身に纏い、大工たちに直接指示を下しているとでもいうのか……?
「上様も安土の普請は信忠様や丹羽様に任されたはずなのだが……。どうにも御自ら動かなければ我慢ならぬようでなぁ」
「は、はぁ……。あの、信長様は、途轍もなく偉い御方なのでしょう? なのに、あのように自ら普請の現場にやって来るなど……」
「上様は、ああいう御方だ」
「…………」
「それに、上様は大工であるとか、武士であるとか。身分の上下で付き合い方を変えることはない。道を外れておれば高僧でも首を刎ねるし、憐れだと思ったなら乞食相手にも慈悲を与える。それこそが上様という人物なのだ」
「なんと……」
俄には信じがたい話だ。
いや、鉄介の主君である九鬼嘉隆も大工と仲良くしてくださる御方だ。しかし、それは嘉隆が九鬼の家督を継がずに海の男として生きているからこその距離感となる。
対する織田信長とは足利将軍を追放し、実質的な将軍として扱われているほどの御方。次の『武家の棟梁』になるべき御方が。まさか大工たちと同じ現場にいるとは……。
直接目にしたというのに、まだ信じられない気持ちの鉄介だ。この目に映るのは幻と言われればすんなりと受け入れてしまいそうなほど。
だが。
この胸の高まりは本物だろう。
昨夜から続く、この高ぶりは……。
そもそもが鉄介を船大工と知っても見下すことなく、直接言葉を交わしてくださったのが信長だ。鉄介の無礼な物言いにも、職人としての意地と誇りを見出して咎無しとしてくださったのが信長だ。昨夜だって、あのような粗末な小屋に直接足を運んで鉄介の話を聞いてくださったではないか。
胸が高まる。
頭が揺れ、なにやら視界が揺らめいているように感じられる。
戦国最強と名高い武田の騎馬隊を壊滅させ、敵対する大名を次々に滅ぼし。安土に巨大な城を建て、これから本願寺を打ち倒し大坂を、近畿を手中に収めようとする、英傑。
そんな男が、そんな男だというのに、大工と直接言葉を交わし、大工と共に働いてくださっている。
――あの御方が造る国は、どのようなものになるだろうか?
あの御方が天下を統一するために、巨大な船が必要だというのなら。
――あの御方のために、船を造ろう。
鉄介は、強く、強く決意した。
※第11回歴史・時代小説大賞参加中! 投票受付中です!
お読みいただきありがとうございます。面白い、もっと先を読みたいなど感じられましたら、ブックマーク・評価などで応援していただけると作者の励みになります! よろしくお願いします!
11
あなたにおすすめの小説
不屈の葵
ヌマサン
歴史・時代
戦国乱世、不屈の魂が未来を掴む!
これは三河の弱小国主から天下人へ、不屈の精神で戦国を駆け抜けた男の壮大な物語。
幾多の戦乱を生き抜き、不屈の精神で三河の弱小国衆から天下統一を成し遂げた男、徳川家康。
本作は家康の幼少期から晩年までを壮大なスケールで描き、戦国時代の激動と一人の男の成長物語を鮮やかに描く。
家康の苦悩、決断、そして成功と失敗。様々な人間ドラマを通して、人生とは何かを問いかける。
今川義元、織田信長、羽柴秀吉、武田信玄――家康の波乱万丈な人生を彩る個性豊かな名将たちも続々と登場。
家康との関わりを通して、彼らの生き様も鮮やかに描かれる。
笑いあり、涙ありの壮大なスケールで描く、単なる英雄譚ではなく、一人の人間として苦悩し、成長していく家康の姿を描いた壮大な歴史小説。
戦国時代の風雲児たちの活躍、人間ドラマ、そして家康の不屈の精神が、読者を戦国時代に誘う。
愛、友情、そして裏切り…戦国時代に渦巻く人間ドラマにも要注目!
歴史ファン必読の感動と興奮が止まらない歴史小説『不屈の葵』
ぜひ、手に取って、戦国時代の熱き息吹を感じてください!
【アラウコの叫び 】第2巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎日07:20投稿】 動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
【架空戦記】狂気の空母「浅間丸」逆境戦記
糸冬
歴史・時代
開戦劈頭の真珠湾攻撃にて、日本海軍は第三次攻撃によって港湾施設と燃料タンクを破壊し、さらには米空母「エンタープライズ」を撃沈する上々の滑り出しを見せた。
それから半年が経った昭和十七年(一九四二年)六月。三菱長崎造船所第三ドックに、一隻のフネが傷ついた船体を横たえていた。
かつて、「太平洋の女王」と称された、海軍輸送船「浅間丸」である。
ドーリットル空襲によってディーゼル機関を損傷した「浅間丸」は、史実においては船体が旧式化したため凍結された計画を復活させ、特設航空母艦として蘇ろうとしていたのだった。
※過去作「炎立つ真珠湾」と世界観を共有した内容となります。
秀頼に迫られた選択〜トヨトミ・プリンスの究極生存戦略〜
中野八郎
歴史・時代
慶長十六年、二条城。
老獪な家康との会見に臨んだ豊臣秀頼は、時代の風が冷たく、そして残酷に吹き抜けるのを感じていた。
誰もが「豊臣の落日」を避けられぬ宿命と予感する中、若き当主だけは、滅びへと続く血塗られた轍(わだち)を拒絶する「別の道」を模索し始める。
母・淀殿の執念、徳川の冷徹な圧迫、そして家臣たちの焦燥。
逃れられぬ包囲網の中で、秀頼が選ぶのは誇り高き死か、それとも――。
守るべき命のため、繋ぐべき未来のため。
一人の青年が「理」を武器に、底知れぬ激動の時代へと足を踏み出す。
輿乗(よじょう)の敵 ~ 新史 桶狭間 ~
四谷軒
歴史・時代
【あらすじ】
美濃の戦国大名、斎藤道三の娘・帰蝶(きちょう)は、隣国尾張の織田信長に嫁ぐことになった。信長の父・信秀、信長の傅役(もりやく)・平手政秀など、さまざまな人々と出会い、別れ……やがて信長と帰蝶は尾張の国盗りに成功する。しかし、道三は嫡男の義龍に殺され、義龍は「一色」と称して、織田の敵に回る。一方、三河の方からは、駿河の国主・今川義元が、大軍を率いて尾張へと向かって来ていた……。
【登場人物】
帰蝶(きちょう):美濃の戦国大名、斎藤道三の娘。通称、濃姫(のうひめ)。
織田信長:尾張の戦国大名。父・信秀の跡を継いで、尾張を制した。通称、三郎(さぶろう)。
斎藤道三:下剋上(げこくじょう)により美濃の国主にのし上がった男。俗名、利政。
一色義龍:道三の息子。帰蝶の兄。道三を倒して、美濃の国主になる。幕府から、名門「一色家」を名乗る許しを得る。
今川義元:駿河の戦国大名。名門「今川家」の当主であるが、国盗りによって駿河の国主となり、「海道一の弓取り」の異名を持つ。
斯波義銀(しばよしかね):尾張の国主の家系、名門「斯波家」の当主。ただし、実力はなく、形だけの国主として、信長が「臣従」している。
【参考資料】
「国盗り物語」 司馬遼太郎 新潮社
「地図と読む 現代語訳 信長公記」 太田 牛一 (著) 中川太古 (翻訳) KADOKAWA
東浦町観光協会ホームページ
Wikipedia
【表紙画像】
歌川豊宣, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で
もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら
俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。
赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。
史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。
もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
【アラウコの叫び 】第3巻/16世紀の南米史
ヘロヘロデス
歴史・時代
【毎週月曜07:20投稿】
3巻からは戦争編になります。
戦物語に関心のある方は、ここから読み始めるのも良いかもしれません。
※1、2巻は序章的な物語、伝承、風土や生活等事を扱っています。
1500年以降から300年に渡り繰り広げられた「アラウコ戦争」を題材にした物語です。
マプチェ族とスペイン勢力との激突だけでなく、
スペイン勢力内部での覇権争い、
そしてインカ帝国と複雑に様々な勢力が絡み合っていきます。
※ 現地の友人からの情報や様々な文献を元に史実に基づいて描かれている部分もあれば、
フィクションも混在しています。
動画制作などを視野に入れてる為、脚本として使いやすい様に、基本は会話形式で書いています。
HPでは人物紹介や年表等、最新話を先行公開しています。
公式HP:アラウコの叫び
youtubeチャンネル名:ヘロヘロデス
insta:herohero_agency
tiktok:herohero_agency
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる