船を建てた男 ~信長の鉄甲船 建造物語~

九條葉月

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椿

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「――椿、でございます」

 石垣作りを見物していた鉄助の元に現れたのは、まだ年若い美人であった。彼女こそが織田信長から派遣された監視役・護衛役らしい。

 年の頃は20に行っていないくらいだろう。黒い髪が艶やかな、なんとも清楚な女性であった。
 素朴でありながらも整った顔つき。お城で侍女として働いていても違和感はないように思える。牛一から事前に話を聞かされていなければ忍びであるとは思いも寄らなかっただろう。……いや、だからこその『くノ一』なのかもしれないが。

「つ、椿殿は、」

「椿で結構でございます」

「はぁ、いや、信長様から遣わされた者を軽く扱うなど……」

「左様でございますか」

 なんとも薄い反応であるが、あからさまに迫られることも覚悟していた鉄介としては逆に安心してしまう。

 さて、信長の忍びとは合流で来たので、あとは主君である九鬼嘉隆が戻ってくれば伊勢に帰れるのだが……。

「鉄介! 駄目じゃ! 捕まらん!」

 鉄介の元へ駆け寄ってきたのは待ちかねた嘉隆だ。

「それはそうでございましょう」

 給金もたっぷり支払われている信長の元を離れ、わざわざ伊勢にまで付いてきてくれる大工がどれほどいるというのか。銭を支払ってくれるかどうかすら定かではないというのに。

「このままでは儂の首が飛ぶ! 儂は先に伊勢まで戻り、大工と材木を集める!」

 そう言い残して何処かへ去ってしまう嘉隆だった。おそらく厩(馬小屋)に預けてある馬を受け取り、自分一人で領地まで戻るのだろう。鉄介は置き去りで。

 嘉隆の後ろ姿を見つめながら、椿が一言。

「何とも騒がしい人物のようで」

「いや、海の男なので多少は……。悪い御方では……」

 嘉隆の軽率な発言のせいで余計に多忙となってしまったという事実を思い、言葉尻が濁ってしまう鉄介であった。


                  ◇


 帰りはどうするべきか。
 陸路で伊勢に帰るか。川船で大坂湾まで戻り、船に乗って伊勢まで戻るか。

(いくら忍びとはいえ、女性を伊勢まで歩かせるのも……)

 というわけで、まずは淀川まで移動して川船に乗り、大坂から伊勢への船旅となった。

 この時代、庶民の旅は難しいと考えられているが、お伊勢参りなどは盛んに行われていた。なので陸路では宿泊施設である旅籠が数多く存在したし、海路も伊勢行きのものはそれなりに運行されていた。

 軍隊の移動は難しいし、関所などで銭を払わなければならないが、それでも比較的自由に行き来ができたのだ。……さすがに農民はまだまだ難しかったが。

 そうして何事もなく川船は大坂の湊にたどり着き。鉄介と椿はちょうどよく伊勢まで向かう船に飛び乗ることができた。

「椿殿は船酔いなどは?」

「特に経験はありません」

「それはよかった」

 椿とは会話が弾むことはないが、話しかけても無視されることはないのが幸いだった。いやそれに関しては仕事だから仕方なく受け答えしているだけかもしれないが……。

「椿殿は、伊勢まで来たらどうなさるので?」

「鉄介様の屋敷に宿泊させていただければと」

「儂の?」

「はい。護衛も兼ねていますので、別の建物にされるのは少々不都合が」

「あぁ……」

 信長様の命令なら仕方ないかと諦める鉄介であった。彼もあと10年若ければ胸の鼓動が早まったりこの状況をものにする・・・・・べく鼻息を荒くしただろうが……。どうにも今は性欲よりも仕事への熱意が勝ってしまうのだ。

 それと、やはり織田信長から派遣された女性に手を出すなど、恐ろしくでできそうもない鉄介であった。

「おっと、儂の家は『屋敷』とは言えぬあばら家なのでな。その辺は覚悟してくだされ」

「構いません。野宿よりは増しマシでございましょうから」

 椿がそう言うのだから、気にしなくてもいいのだろう。そもそも大安宅船建造でこれから忙しくなるので引っ越したり家を建てたりする余裕などないのだ。

(さて。どうしたものか)

 大筒を三門搭載する船。いかにすれば実現できるかと鉄介が悩んでいると――突如として、突き上げるような衝撃が船を襲った。
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