行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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閑話 瑾曦

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 ――面白い女だなぁ。と、瑾曦ジンシーは思う。

 突如として現れた許凜風という女。

 ……いや、突然ではないか。かねてより皇帝には故郷に残してきた思い人がいて、いずれ後宮に迎え入れられるだろうというのはもっぱらの噂だったのだから。ゆえにこそ皇帝陛下が賓客として女を連れてきたのは驚くようなことではない。

 いくらなんでも、銀髪金目という見た目とは思わなかったが。
 いくらなんでも、皇帝より一回りは年下に見える少女とは思わなかったが。

 凜風は見た目から判断すれば15歳くらいだろう。劉宸(梓宸)が故郷を離れたのが12年前だと聞いているから、当時の凜風は3歳くらいという計算になって――?

 うわぁ、と。何やってんだコイツと思ったのが正直な感想だった。

 瑾曦にとって劉宸とは兄の弟子であり、悪友であり。自分にとっては『皇帝と妃』というより『お互いの祖国のため共に戦う戦友』という間柄だった。

 だからこそ劉宸が思い人を連れてきたところで嫉妬なんてしなかったが……いやしかし、これは男と女という関係以前に、人として反対するべきじゃないのか? ただでさえ雪花と子作りしたことで幼女趣味者という噂が立っているのだから……。

 劉宸はずいぶんと浮かれた様子で凜風という女を招いた宴会の準備をさせていた。わざわざ四夫人を外廷にまで呼び、接待をさせようというのだから呆れてしまう。

(やはり幼女趣味者……? 友として止めるべきかねぇ?)

 かなり本気で悩む瑾曦だったが、そんな彼女に侍女が耳打ちをしてきた。凜風は劉宸と同い年であり、神仙術士になった影響で外見の年齢が止まってしまったのだと。

 おそらくは宴会前に張の爺さんが侍女に入れ知恵をしたのだろうが……。今度は神仙術士という単語が瑾曦を悩ませた。なにせ先代皇帝は道士に入れ込み、まつりごと(国の政治)を滅茶苦茶にしたのだから。

 そんな凜風の、劉宸に対する『占い』は当たり障りのないものだった。外見を褒め、人柄を褒め、皇帝として褒める。これだけで判断するなら怪しい道士と何ら変わらない。

 だが、続いて占った藍妃・海藍ハイランに対する占いはよく当たっていた。いや未来を占うというよりは人物評価というのが正しいだろうが、当たっていることに変わりはない。

 これは、どちらか。
 詐欺師か、本物か。

 判断に迷った瑾曦は自らを占ってもらうことにした。こういうとき、自分から行動できるのが彼女の利点であった。

「――あっはっはっ! 面白い方術師だね! あたしのことも見てくれよ!」

 自分の席を立って凜風に近づき、ずいと右手を差し出す瑾曦。そんな彼女の行動に凜風は目を丸くしていたが、恐れはない。背が高く、弓で鍛えた肉体を持つ瑾曦はかなり『怖い』はずなのだが。

(どうやら肝は据わっているらしいね)

 瑾曦が凜風への評価を一つあげていると、――凜風の瞳が、淡く光った。

 いや、おかしい。
 人間の瞳が光るはずがない。暗闇の肉食獣じゃあるまいし。

 だが事実として凜風の瞳は光り輝いており。まるで獲物を見つけた虎にしか見えなくて。

「では失礼しまして。……あら? 孫武さんの妹でしたか。道理で似ていると――むぐっ」

 思わず凜風の口を手で塞ぐ瑾曦。この場にいる妃たちならば知っているだろうが、それでも極秘という扱いなので思わず手が伸びてしまったのだ。

「……おっとすまないね。自分から頼んでおいて何だが、それ以上は公然の秘密ってヤツだ。ここにいる連中なら別に構わんが、他の場所では黙っていてくれよ」

 いつもの『自分らしい』発言ができただろうかと少し不安になる瑾曦。そんな彼女の動揺などつゆ知らず、凜風は「口封じされちゃう? やだわーこんなところで若い命を散らすなんてー」などとうそぶいている。

「よく言うよ。殺されるつもりなんてこれっぽっちもないくせに」

 殺そうとすれば、こちらが殺されるだろう。妃としての権力や、北狄の王女という地位など関係なく。そう確信できる『何か』が凜風にはあった。

 ――面白い女だなぁ。と、瑾曦ジンシーは思う。

「しかし『孫武様』ではなく『孫武さん』ね。うちの馬鹿兄――じゃなくて兄貴と知り合いなのか?」

「えぇ。昨日出会ったばかりですが、求婚されまして」

「……あの愚兄、もう嫁さんがいるのに何やってんだ。しかも陛下のお手つきに……」

 だが、しかし。
 あの愚兄が気に入ったどころか嫁にと望んだのだから、少なくとも悪党悪人の類いではないのだろう。そう判断できる程度には兄のことを信頼している瑾曦であった。

 ……それはともかくとして、酒器(銅製)は投げつけてやったのだが。


         ◇


 雪花の侍女が毒を食べ。
 事件の調査として取り調べの様子を見学したあと。凜風は皇帝劉宸に向けて『にっこり』と微笑んだ。
 よくもそこまで恐ろしい笑みを浮かべられるものだと逆に感心する瑾曦。

「梓宸。ちょっと二人きりになりましょう」

「お!? おぉ!? おおお!? ついにか!? よし内廷の部屋に来てくれ!」

 なんとも浮かれる劉宸だが、分かっているのだろうか? 今の凜風は獲物を前にした虎の瞳をしているのだが……。

(……爺さん、あれ、マズいんじゃないか?)

 瑾曦が小声で張に確認すると、張も困ったように顎髭を撫でた。

(そうですなぁ。貧乳扱いされたことがずいぶんお気に召さないようで。……おそらく地元にいた頃から揶揄からかっていたのでしょうな、あの悪ガキは。最近は他の女性と肉体関係を持っておるので、凜風様も余計に気にしているのかもしれませんな)

(あぁ……)

 後宮には胸の大きい妃もたくさんいるからなぁ。と同情する瑾曦であった。かくいう彼女も上位に位置しているのだが。

(……死にはしないよな?)

(ご安心を。凜風様は荒事の経験が豊富なようで。人がギリギリ死なない範囲は分かっているでしょう。いざとなれば神仙術で回復すればいいのですし)

(それは安心していいのかい?)

 こっちは心配しているというのに劉宸は浮かれた様子で凜風を内廷(皇帝の私的空間)に連れ込んだ。

 あー、まぁ、少しは痛い目に遭えばいいか。

 瑾曦が全てを諦めてからしばらくして。劉宸の叫び声とゴキベキバキという音が外廷にまで響いてきた。


                        ◇


 偉大なる皇帝陛下は謎の腹痛と腰痛と首痛で動けなくなったので、今日の事件調査は終了。解散となった。

 凜風は今日も後宮に泊まるというので、一緒に内廷を通り抜け、後宮に繋がる門を潜る。

「凜風はさぁ、もうちょっと手加減をしてやれないのかい?」

 思わず苦言を呈する瑾曦だが、凜風に悪びれた様子はない。

「手加減をしていなければ今ごろ梓宸は天に召されておりますが?」

「天に召されるってのは欧羅の考えだったかい? いやそうじゃなくて……。あたしは凜風のことが気に入っているからね。あまり無茶をして後宮を追い出されたら面白くないんだよ」

 これは瑾曦の紛れもない本音であった。そもそも瑾曦にとって劉宸は戦友みたいなもの。そんな彼がどんな女に入れ込もうが嫉妬心など抱かないのだから、凜風のような面白い女とは長く付き合いたいのだ。

「そもそも私は長居するつもりはありませんが」

「まだそんなことを言っているのかい……。とにかく、いくら幼なじみでもやりすぎると嫌われるよ? こういうのは色々と加減をしてだね――」

 瑾曦の助言に対して、凜風は憂鬱そうなため息をつく。

「――むしろ、嫌われるためにやっているんですけどね」

「……なんだって?」

「本来なら私は梓宸が皇帝になった時点で――いいえ、梓宸が皇帝を目指し始めた・・・・・・・・・時点で役割を終えたはずなんですよ。『九代皇帝劉宸』の偉業に、私という存在は記録されない……はずでした。どうしてかこんなことになっていますけどね」

「……よく分からないが、今からでも嫌われて追い出されれば元の予定に戻ると?」

「えぇ、そうなるんじゃないかなぁっとですね――痛い!?」

 思わず凜風の額を中指で弾く瑾曦だった。後の世に言う『デコピン』である。

「あんたは自覚がなさ過ぎる」

「瑾曦様?」

「あの単純馬鹿が皇帝を目指したのはなぜだと思う? 皇帝になってからも一生懸命仕事をしているのはなんでだと思う? 美人なんてよりどりみどりなのに、それでもなお凜風を迎えに行ったのはどうしてだと思う? ――凜風のことが好きで、凜風と結婚したかったからだろうが!」

「…………」

「一人の男の人生をこれだけ狂わせておいて、自己満足でハイさようならなんてのは許されないよ! 天が許してもあたしが許さないよ! 自分がやったことなら最後まで責任を取りな!」

「い、いえ、でもですね……」

「言い訳しない!」

 もう一度瑾曦が凜風の額を指で弾くと、凜風は耐えきれないとばかりに呻きながらしゃがみ込んだ。実際、狩りで肉体を鍛えていたので威力は高いのだろう。

「暴力はんたーい……」

「皇帝を足蹴にしている女が、面白い冗談だね」

「……瑾曦様はどういうつもりなんです? 私の応援なんかして……。あなた梓宸の子供まで産んだんでしょう?」

「あたしだって一国の王女なんだから、必要とあれば子供くらい産むさ。それで祖国が豊かになるのなら願ったり叶ったりだ」

「……私には、そんな覚悟なんて持てません」

「ははっ、いいことを教えてやろう。覚悟なんてのは状況に応じてあとから付いてくるもんだ。難しいことは後から考えて、まずは突撃すればいいんだよ」

「それはもう最初から覚悟が決まってませんか?」

「はははっ、まっ、あの馬鹿も考えなしに行動しすぎだからね。少しはゆっくり考えてみればいいさ。皇后じゃなくても愛妃になるって手もあるしね」

「…………。…………。……いや待ってください。私が梓宸のことが好きみたいな前提で話すのはやめてください」

「嫌いなのかい?」

「きーらーいーでーすー! 私のことを12年も放置していた男なんて、きーらーいーでーすー!」

「はいはい」

 素直じゃない妹を見るような目で笑う瑾曦であった。







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