24 / 105
紅妃
瑾曦様と後宮に戻り、瑾曦様の宮でお茶でもという流れになっていると。
じぃー、っと。
視線を感じた。
見られてる。凝視されてる。
どうやら狩りの経験がある瑾曦様も気づいたらしい。お互いに横目で確認し合ってから、同時に振り向いて視線の主を視界に収める。
「ひ!?」
建物を支える太い柱の陰に隠れていたのは紅妃・春紅様。せっかくの美人さんなのにオドオドしているせいで残念な感じになっている人だ。
……まぁ、『隠れていた』とは言っても、柱から顔の半分は出てしまっているし、後ろに多数の侍女がひしめいているのでバレバレだったのだけれども。
というか四夫人って行動力ありすぎない? お妃様ともなれば一日中自分の宮に引きこもってお茶を飲んだりお香を楽しんだりしているとばかり。もしやまともに妃らしく妃をしているのは藍妃・海藍様だけなのでは?
「…………」
「…………」
何か言ってくるかなーっと待っていたのに、春紅様はビクビクするだけで用件を口にする様子はない。
「…………」
「ひっ!?」
一歩。
春紅様に向けて足を踏み出すと、春紅様は三歩くらい後ずさった。ちなみに後ろにひしめいていた侍女たちは押される格好となり、小さく悲鳴を上げたり転んだりしていた。
「…………」
「…………」
一歩、さらに近づくとやはり三歩くらい後ずさる。
さらに一歩踏み出す。
三歩逃げられる。
一歩。
三歩。
一歩。
三歩……。
このままじゃどんどん距離が広がっていくと判断した私は――、一気に駆けだした。
「――悪い子はいねぇがーっ!?」
「ひ、ひぃいいいいぃいいいいっ!?」
東の果てにあるという竜列国の善神、『ナ・マーハゲィ』の真似をして走り寄ると、春紅様は目に涙を浮かべながら逃げ出した。
「ごめんなさいごめんなさい悪い子ですぅー!」
「アハハハハハ――げふぅ!?」
もうちょっとで追いつくなというところで首根っこ掴まれた。瑾曦様に。
「こら、意味もなく年下の娘を泣かせるんじゃないよ」
「いやだって逃げましたよ? 逃げた獲物は追いかけるものでしょう? 泣こうが喚こうが関係なく」
「……まぁ、それは分かるけどね」
うんうんと頷く瑾曦様だった。やはり同じく弓を使う者として、狩猟をする者として容易に意思疎通ができるものらしい。
そんな感じにごくごく常識的なやり取りをしていると。
「あ、あの、翠妃様、そして凜風様!」
先ほど春紅様の後ろにいた侍女――服がどことなく豪華だから、侍女頭かな? 侍女頭が決死の覚悟を浮かべながら私と瑾曦様の前に立った。春紅様に置いて行かれたから諦めた、って訳じゃなさそうね。
というか、
「あれ? 瑾曦様はとにかく、私の名前まで知っているんですか?」
「そ、それはもちろんです」
もちろん? なんでもちろん?
首をかしげていると、やれやれとばかりに瑾曦様がため息をついた。
「侍女頭だから昨日の宴でも控えていたんだろうね。……皇帝陛下を蹴り飛ばし、そのあとは毒を食べた侍女をよく分からない術で救ったんだ。覚えるなという方が無理な話だろう?」
そんなものだろうか? 梓宸って足蹴にしやすいから皆ももっと蹴っていいのでは?
あと、よく分からない術とは失礼な。大華国の神仙術士が欧羅の神様に希った欧羅魔術ですよ? ……うん、よく分からないわね。
もういっそのこと神仙術士じゃなくて魔術師を名乗ろうかしらと悩んでいると、春紅様の侍女頭が勢いよく頭を下げた。
「こ、この度は紅妃様が失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ありませんでした! ですが、翠妃様や凜風様と敵対する意思はないということはご理解いただければと……」
顔を青くする侍女頭をイジメる気にはならないのか、瑾曦様はひらひらと手を振った。
「あー、いいさいいさ。貸し一つってことで納得しようじゃないか」
「あ、ありがとうございます! では、後日改めてご挨拶に伺わせていただきます!」
もう一度頭を下げてから侍女頭さんは逃げるようにこの場を去った。いや実際逃げてはいるのかしらね?
「……なんかよく分からないんですけど?」
「そうさねぇ。春紅はあたしと凜風を待ち構え、覗き見をしていたんだ。あたしたちに喧嘩を売るつもりだったと思われても不思議じゃあないのさ」
「そんなものですか」
やっぱり後宮って色々特殊よねーと考えていると、瑾曦様がさらに理由を追加した。
「どうせ陛下に呼び出されたあたしたちが気になったんだろうが……覗き見なんて四夫人としてはあり得ないほど軽率だし、不躾。もし陛下に告げ口されたら寵愛を失うかもしれない。それに『皇帝が連れてきた愛妾に追いかけられ、逃げ出した』という噂が流されては紅妃としての格がさらに落ちる、ってところかな?」
「いや愛妾って。誰のことですか?」
「凜風以外の誰がいるんだい?」
「私以外にもたくさん可愛い子がいるでしょうに……。はぁ、やはりよく分かりませんが、上級妃も色々と大変なんですね?」
「凜風もいずれはそのど真ん中に巻き込まれるんだけどな?」
「ははは、断固拒否します」
じぃー、っと。
視線を感じた。
見られてる。凝視されてる。
どうやら狩りの経験がある瑾曦様も気づいたらしい。お互いに横目で確認し合ってから、同時に振り向いて視線の主を視界に収める。
「ひ!?」
建物を支える太い柱の陰に隠れていたのは紅妃・春紅様。せっかくの美人さんなのにオドオドしているせいで残念な感じになっている人だ。
……まぁ、『隠れていた』とは言っても、柱から顔の半分は出てしまっているし、後ろに多数の侍女がひしめいているのでバレバレだったのだけれども。
というか四夫人って行動力ありすぎない? お妃様ともなれば一日中自分の宮に引きこもってお茶を飲んだりお香を楽しんだりしているとばかり。もしやまともに妃らしく妃をしているのは藍妃・海藍様だけなのでは?
「…………」
「…………」
何か言ってくるかなーっと待っていたのに、春紅様はビクビクするだけで用件を口にする様子はない。
「…………」
「ひっ!?」
一歩。
春紅様に向けて足を踏み出すと、春紅様は三歩くらい後ずさった。ちなみに後ろにひしめいていた侍女たちは押される格好となり、小さく悲鳴を上げたり転んだりしていた。
「…………」
「…………」
一歩、さらに近づくとやはり三歩くらい後ずさる。
さらに一歩踏み出す。
三歩逃げられる。
一歩。
三歩。
一歩。
三歩……。
このままじゃどんどん距離が広がっていくと判断した私は――、一気に駆けだした。
「――悪い子はいねぇがーっ!?」
「ひ、ひぃいいいいぃいいいいっ!?」
東の果てにあるという竜列国の善神、『ナ・マーハゲィ』の真似をして走り寄ると、春紅様は目に涙を浮かべながら逃げ出した。
「ごめんなさいごめんなさい悪い子ですぅー!」
「アハハハハハ――げふぅ!?」
もうちょっとで追いつくなというところで首根っこ掴まれた。瑾曦様に。
「こら、意味もなく年下の娘を泣かせるんじゃないよ」
「いやだって逃げましたよ? 逃げた獲物は追いかけるものでしょう? 泣こうが喚こうが関係なく」
「……まぁ、それは分かるけどね」
うんうんと頷く瑾曦様だった。やはり同じく弓を使う者として、狩猟をする者として容易に意思疎通ができるものらしい。
そんな感じにごくごく常識的なやり取りをしていると。
「あ、あの、翠妃様、そして凜風様!」
先ほど春紅様の後ろにいた侍女――服がどことなく豪華だから、侍女頭かな? 侍女頭が決死の覚悟を浮かべながら私と瑾曦様の前に立った。春紅様に置いて行かれたから諦めた、って訳じゃなさそうね。
というか、
「あれ? 瑾曦様はとにかく、私の名前まで知っているんですか?」
「そ、それはもちろんです」
もちろん? なんでもちろん?
首をかしげていると、やれやれとばかりに瑾曦様がため息をついた。
「侍女頭だから昨日の宴でも控えていたんだろうね。……皇帝陛下を蹴り飛ばし、そのあとは毒を食べた侍女をよく分からない術で救ったんだ。覚えるなという方が無理な話だろう?」
そんなものだろうか? 梓宸って足蹴にしやすいから皆ももっと蹴っていいのでは?
あと、よく分からない術とは失礼な。大華国の神仙術士が欧羅の神様に希った欧羅魔術ですよ? ……うん、よく分からないわね。
もういっそのこと神仙術士じゃなくて魔術師を名乗ろうかしらと悩んでいると、春紅様の侍女頭が勢いよく頭を下げた。
「こ、この度は紅妃様が失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ありませんでした! ですが、翠妃様や凜風様と敵対する意思はないということはご理解いただければと……」
顔を青くする侍女頭をイジメる気にはならないのか、瑾曦様はひらひらと手を振った。
「あー、いいさいいさ。貸し一つってことで納得しようじゃないか」
「あ、ありがとうございます! では、後日改めてご挨拶に伺わせていただきます!」
もう一度頭を下げてから侍女頭さんは逃げるようにこの場を去った。いや実際逃げてはいるのかしらね?
「……なんかよく分からないんですけど?」
「そうさねぇ。春紅はあたしと凜風を待ち構え、覗き見をしていたんだ。あたしたちに喧嘩を売るつもりだったと思われても不思議じゃあないのさ」
「そんなものですか」
やっぱり後宮って色々特殊よねーと考えていると、瑾曦様がさらに理由を追加した。
「どうせ陛下に呼び出されたあたしたちが気になったんだろうが……覗き見なんて四夫人としてはあり得ないほど軽率だし、不躾。もし陛下に告げ口されたら寵愛を失うかもしれない。それに『皇帝が連れてきた愛妾に追いかけられ、逃げ出した』という噂が流されては紅妃としての格がさらに落ちる、ってところかな?」
「いや愛妾って。誰のことですか?」
「凜風以外の誰がいるんだい?」
「私以外にもたくさん可愛い子がいるでしょうに……。はぁ、やはりよく分かりませんが、上級妃も色々と大変なんですね?」
「凜風もいずれはそのど真ん中に巻き込まれるんだけどな?」
「ははは、断固拒否します」
あなたにおすすめの小説
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!
さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」
「はい、愛しています」
「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」
「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」
「え……?」
「さようなら、どうかお元気で」
愛しているから身を引きます。
*全22話【執筆済み】です( .ˬ.)"
ホットランキング入りありがとうございます
2021/09/12
※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください!
2021/09/20
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
厄介払いされてしまいました
たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。
十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。
しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。
婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました
相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。
――男らしい? ゴリラ?
クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。
デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。
嫌われたと思って離れたのに
ラム猫
恋愛
私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。
距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。
【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!
たまこ
恋愛
エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。
だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。
【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~
青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた
そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた
しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう
婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ
婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか
この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話
*更新は不定期です
*加筆修正中です