24 / 57
紅妃
しおりを挟む
瑾曦様と後宮に戻り、瑾曦様の宮でお茶でもという流れになっていると。
じぃー、っと。
視線を感じた。
見られてる。凝視されてる。
どうやら狩りの経験がある瑾曦様も気づいたらしい。お互いに横目で確認し合ってから、同時に振り向いて視線の主を視界に収める。
「ひ!?」
建物を支える太い柱の陰に隠れていたのは紅妃・春紅様。せっかくの美人さんなのにオドオドしているせいで残念な感じになっている人だ。
……まぁ、『隠れていた』とは言っても、柱から顔の半分は出てしまっているし、後ろに多数の侍女がひしめいているのでバレバレだったのだけれども。
というか四夫人って行動力ありすぎない? お妃様ともなれば一日中自分の宮に引きこもってお茶を飲んだりお香を楽しんだりしているとばかり。もしやまともに妃らしく妃をしているのは藍妃・海藍様だけなのでは?
「…………」
「…………」
何か言ってくるかなーっと待っていたのに、春紅様はビクビクするだけで用件を口にする様子はない。
「…………」
「ひっ!?」
一歩。
春紅様に向けて足を踏み出すと、春紅様は三歩くらい後ずさった。ちなみに後ろにひしめいていた侍女たちは押される格好となり、小さく悲鳴を上げたり転んだりしていた。
「…………」
「…………」
一歩、さらに近づくとやはり三歩くらい後ずさる。
さらに一歩踏み出す。
三歩逃げられる。
一歩。
三歩。
一歩。
三歩……。
このままじゃどんどん距離が広がっていくと判断した私は――、一気に駆けだした。
「――悪い子はいねぇがーっ!?」
「ひ、ひぃいいいいぃいいいいっ!?」
東の果てにあるという竜列国の善神、『ナ・マーハゲィ』の真似をして走り寄ると、春紅様は目に涙を浮かべながら逃げ出した。
「ごめんなさいごめんなさい悪い子ですぅー!」
「アハハハハハ――げふぅ!?」
もうちょっとで追いつくなというところで首根っこ掴まれた。瑾曦様に。
「こら、意味もなく年下の娘を泣かせるんじゃないよ」
「いやだって逃げましたよ? 逃げた獲物は追いかけるものでしょう? 泣こうが喚こうが関係なく」
「……まぁ、それは分かるけどね」
うんうんと頷く瑾曦様だった。やはり同じく弓を使う者として、狩猟をする者として容易に意思疎通ができるものらしい。
そんな感じにごくごく常識的なやり取りをしていると。
「あ、あの、翠妃様、そして凜風様!」
先ほど春紅様の後ろにいた侍女――服がどことなく豪華だから、侍女頭かな? 侍女頭が決死の覚悟を浮かべながら私と瑾曦様の前に立った。春紅様に置いて行かれたから諦めた、って訳じゃなさそうね。
というか、
「あれ? 瑾曦様はとにかく、私の名前まで知っているんですか?」
「そ、それはもちろんです」
もちろん? なんでもちろん?
首をかしげていると、やれやれとばかりに瑾曦様がため息をついた。
「侍女頭だから昨日の宴でも控えていたんだろうね。……皇帝陛下を蹴り飛ばし、そのあとは毒を食べた侍女をよく分からない術で救ったんだ。覚えるなという方が無理な話だろう?」
そんなものだろうか? 梓宸って足蹴にしやすいから皆ももっと蹴っていいのでは?
あと、よく分からない術とは失礼な。大華国の神仙術士が欧羅の神様に希った欧羅魔術ですよ? ……うん、よく分からないわね。
もういっそのこと神仙術士じゃなくて魔術師を名乗ろうかしらと悩んでいると、春紅様の侍女頭が勢いよく頭を下げた。
「こ、この度は紅妃様が失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ありませんでした! ですが、翠妃様や凜風様と敵対する意思はないということはご理解いただければと……」
顔を青くする侍女頭をイジメる気にはならないのか、瑾曦様はひらひらと手を振った。
「あー、いいさいいさ。貸し一つってことで納得しようじゃないか」
「あ、ありがとうございます! では、後日改めてご挨拶に伺わせていただきます!」
もう一度頭を下げてから侍女頭さんは逃げるようにこの場を去った。いや実際逃げてはいるのかしらね?
「……なんかよく分からないんですけど?」
「そうさねぇ。春紅はあたしと凜風を待ち構え、覗き見をしていたんだ。あたしたちに喧嘩を売るつもりだったと思われても不思議じゃあないのさ」
「そんなものですか」
やっぱり後宮って色々特殊よねーと考えていると、瑾曦様がさらに理由を追加した。
「どうせ陛下に呼び出されたあたしたちが気になったんだろうが……覗き見なんて四夫人としてはあり得ないほど軽率だし、不躾。もし陛下に告げ口されたら寵愛を失うかもしれない。それに『皇帝が連れてきた愛妾に追いかけられ、逃げ出した』という噂が流されては紅妃としての格がさらに落ちる、ってところかな?」
「いや愛妾って。誰のことですか?」
「凜風以外の誰がいるんだい?」
「私以外にもたくさん可愛い子がいるでしょうに……。はぁ、やはりよく分かりませんが、上級妃も色々と大変なんですね?」
「凜風もいずれはそのど真ん中に巻き込まれるんだけどな?」
「ははは、断固拒否します」
じぃー、っと。
視線を感じた。
見られてる。凝視されてる。
どうやら狩りの経験がある瑾曦様も気づいたらしい。お互いに横目で確認し合ってから、同時に振り向いて視線の主を視界に収める。
「ひ!?」
建物を支える太い柱の陰に隠れていたのは紅妃・春紅様。せっかくの美人さんなのにオドオドしているせいで残念な感じになっている人だ。
……まぁ、『隠れていた』とは言っても、柱から顔の半分は出てしまっているし、後ろに多数の侍女がひしめいているのでバレバレだったのだけれども。
というか四夫人って行動力ありすぎない? お妃様ともなれば一日中自分の宮に引きこもってお茶を飲んだりお香を楽しんだりしているとばかり。もしやまともに妃らしく妃をしているのは藍妃・海藍様だけなのでは?
「…………」
「…………」
何か言ってくるかなーっと待っていたのに、春紅様はビクビクするだけで用件を口にする様子はない。
「…………」
「ひっ!?」
一歩。
春紅様に向けて足を踏み出すと、春紅様は三歩くらい後ずさった。ちなみに後ろにひしめいていた侍女たちは押される格好となり、小さく悲鳴を上げたり転んだりしていた。
「…………」
「…………」
一歩、さらに近づくとやはり三歩くらい後ずさる。
さらに一歩踏み出す。
三歩逃げられる。
一歩。
三歩。
一歩。
三歩……。
このままじゃどんどん距離が広がっていくと判断した私は――、一気に駆けだした。
「――悪い子はいねぇがーっ!?」
「ひ、ひぃいいいいぃいいいいっ!?」
東の果てにあるという竜列国の善神、『ナ・マーハゲィ』の真似をして走り寄ると、春紅様は目に涙を浮かべながら逃げ出した。
「ごめんなさいごめんなさい悪い子ですぅー!」
「アハハハハハ――げふぅ!?」
もうちょっとで追いつくなというところで首根っこ掴まれた。瑾曦様に。
「こら、意味もなく年下の娘を泣かせるんじゃないよ」
「いやだって逃げましたよ? 逃げた獲物は追いかけるものでしょう? 泣こうが喚こうが関係なく」
「……まぁ、それは分かるけどね」
うんうんと頷く瑾曦様だった。やはり同じく弓を使う者として、狩猟をする者として容易に意思疎通ができるものらしい。
そんな感じにごくごく常識的なやり取りをしていると。
「あ、あの、翠妃様、そして凜風様!」
先ほど春紅様の後ろにいた侍女――服がどことなく豪華だから、侍女頭かな? 侍女頭が決死の覚悟を浮かべながら私と瑾曦様の前に立った。春紅様に置いて行かれたから諦めた、って訳じゃなさそうね。
というか、
「あれ? 瑾曦様はとにかく、私の名前まで知っているんですか?」
「そ、それはもちろんです」
もちろん? なんでもちろん?
首をかしげていると、やれやれとばかりに瑾曦様がため息をついた。
「侍女頭だから昨日の宴でも控えていたんだろうね。……皇帝陛下を蹴り飛ばし、そのあとは毒を食べた侍女をよく分からない術で救ったんだ。覚えるなという方が無理な話だろう?」
そんなものだろうか? 梓宸って足蹴にしやすいから皆ももっと蹴っていいのでは?
あと、よく分からない術とは失礼な。大華国の神仙術士が欧羅の神様に希った欧羅魔術ですよ? ……うん、よく分からないわね。
もういっそのこと神仙術士じゃなくて魔術師を名乗ろうかしらと悩んでいると、春紅様の侍女頭が勢いよく頭を下げた。
「こ、この度は紅妃様が失礼な態度を取ってしまい、大変申し訳ありませんでした! ですが、翠妃様や凜風様と敵対する意思はないということはご理解いただければと……」
顔を青くする侍女頭をイジメる気にはならないのか、瑾曦様はひらひらと手を振った。
「あー、いいさいいさ。貸し一つってことで納得しようじゃないか」
「あ、ありがとうございます! では、後日改めてご挨拶に伺わせていただきます!」
もう一度頭を下げてから侍女頭さんは逃げるようにこの場を去った。いや実際逃げてはいるのかしらね?
「……なんかよく分からないんですけど?」
「そうさねぇ。春紅はあたしと凜風を待ち構え、覗き見をしていたんだ。あたしたちに喧嘩を売るつもりだったと思われても不思議じゃあないのさ」
「そんなものですか」
やっぱり後宮って色々特殊よねーと考えていると、瑾曦様がさらに理由を追加した。
「どうせ陛下に呼び出されたあたしたちが気になったんだろうが……覗き見なんて四夫人としてはあり得ないほど軽率だし、不躾。もし陛下に告げ口されたら寵愛を失うかもしれない。それに『皇帝が連れてきた愛妾に追いかけられ、逃げ出した』という噂が流されては紅妃としての格がさらに落ちる、ってところかな?」
「いや愛妾って。誰のことですか?」
「凜風以外の誰がいるんだい?」
「私以外にもたくさん可愛い子がいるでしょうに……。はぁ、やはりよく分かりませんが、上級妃も色々と大変なんですね?」
「凜風もいずれはそのど真ん中に巻き込まれるんだけどな?」
「ははは、断固拒否します」
99
あなたにおすすめの小説
私が行方不明の皇女です~生死を彷徨って帰国したら信じていた初恋の従者は婚約していました~
marumi
恋愛
「あら アルヴェイン公爵がドゥーカス令嬢をエスコートされていますわ」
「ご婚約されたと噂を聞きましたが、まさか本当だとは!」
私は五年前までこの国の皇女エリシアだった。
暗殺事件に巻き込まれ、幼なじみで初恋の相手だった従者――アルヴェイン公子と共に命からがら隣国、エルダールへ亡命した。
彼の「必ず迎えに来る」その言葉を信じて、隣国の地で彼を待ち続けた……。
それなのに……。
やっとの思いで帰国した帝国の華やかなパーティー会場で、一際目立っているのは、彼と、社交界の華と言われる令嬢だった――。
※校正にAIを使用していますが、自身で考案したオリジナル小説です。
※イメージが伝わればと思い、表紙画像をAI生成してみました。
【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る
金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。
ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの?
お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。
ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。
少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。
どうしてくれるのよ。
ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ!
腹立つわ〜。
舞台は独自の世界です。
ご都合主義です。
緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。
一年だけの夫婦でも私は幸せでした。
クロユキ
恋愛
騎士のブライドと結婚をしたフローズンは夫がまだ婚約者だった姉を今でも想っている事を知っていた。
フローズンとブライドは政略結婚で結婚式当日にブライドの婚約者だった姉が姿を消してしまった。
フローズンは姉が戻るまでの一年の夫婦の生活が始まった。
更新が不定期です。誤字脱字がありますが宜しくお願いします。
7年ぶりに私を嫌う婚約者と目が合ったら自分好みで驚いた
小本手だるふ
恋愛
真実の愛に気づいたと、7年間目も合わせない婚約者の国の第二王子ライトに言われた公爵令嬢アリシア。
7年ぶりに目を合わせたライトはアリシアのどストライクなイケメンだったが、真実の愛に憧れを抱くアリシアはライトのためにと自ら婚約解消を提案するがのだが・・・・・・。
ライトとアリシアとその友人たちのほのぼの恋愛話。
※よくある話で設定はゆるいです。
誤字脱字色々突っ込みどころがあるかもしれませんが温かい目でご覧ください。
愛する女性を側室に望むのなら、いっそ私との婚約は解消してほしいのですが?
四折 柊
恋愛
公爵令嬢ジョゼフィーヌには好きな人がいた。その人は隣国の王子様リック。ジョゼフィーヌはリックと結婚したくて努力をしてきた。そして十六歳になり立派な淑女になれたと自信を得たジョゼフィーヌは、リックにプロポーズをしようとした。ところが彼に婚約者がいたことが発覚し悲しみに暮れる。今まで確認しなかった自分も悪いが、なぜかリックも家族もそのことを教えてくれなかった。そんなときジョゼフィーヌに婚約の打診が来た。その相手は自国のアルバン王太子殿下。断りたいが王命が下り仕方なく受け入れた。それなのに、ある日夜会でアルバンが可憐な令嬢に一目惚れをした。その後、アルバンはその令嬢を側室にしたいと望んだので、お互いのために婚約を解消したいと申し出たが拒絶されて……。ジョゼフィーヌの未来はどうなるのか?!
全てがどうでもよくなった私は理想郷へ旅立つ
霜月満月
恋愛
「ああ、やっぱりあなたはまたそうして私を責めるのね‥‥」
ジュリア・タリアヴィーニは公爵令嬢。そして、婚約者は自国の王太子。
でも私が殿下と結婚することはない。だってあなたは他の人を選んだのだもの。『前』と変わらず━━
これはとある能力を持つ一族に産まれた令嬢と自身に掛けられた封印に縛られる王太子の遠回りな物語。
※なろう様で投稿済みの作品です。
※画像はジュリアの婚約披露の時のイメージです。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる