行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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藍妃

 瑾曦様とのお茶会は終始和やかな雰囲気で終了した。

 ……いや、隙あらば妃にしようとしてくるから緊張感はあったかもね。なんであんなに積極的なのやら。

 雪花様みたいに、私が後宮に入ればその分梓宸の相手をしなくてよくなるから、と考えているとか? もしそうだとしたらさすがの私も梓宸に同情してしまうかもしれないわね。

 まぁ梓宸って昔から女心ってものを理解してなかったからなぁ。なぁんて昔を懐かしんでいると、私が借りている部屋に侍女がやって来た。なんでも藍妃・海藍ハイラン様の侍女らしい。

「……お茶会ですか?」

「はい。海藍様の御慈悲に感謝し、すぐに来るように」

「おぉー」

 なんというか、『これぞ後宮の侍女!』って感じの態度だった。うんうん、やはり後宮はこうでなくちゃ。ドロドロした人間関係。女の醜い嫉妬。そんな中で成り上がっていく主人公……。

 かつて『後宮小説』で読んだような状況の到来に、私は喜び勇んで海藍様の宮を目指したのだった。侍女さんを置き去りにする形で。

 ちなみに神仙術を使えば海藍様がどこにいるかくらい分かるのである。


                        ◇


 海藍様の宮は、何というか、『大華国!』という感じの内装だった。

 最近は欧羅との交易がますます盛んになり、欧羅風の家具や内装を取り入れるのが流行しているのだけど……海藍様の宮はそんな流れに真っ向から逆らう、伝統的な大華国様式だった。むしろここまで統一すると逆に高くなりそうな。

 大華国内でも欧羅の文化はどんどん受け入れようという人間と、今こそ大華国の伝統を再認識し守るべきだという勢力が争っているみたいだけど……。正直、商人としては良い流れだったりする。だって双方が見栄のためにどんどん新しい調度品を買ってくれるし。争え……もっと争え……。

 しかし、雪花様の宮と海藍様の宮を見比べるに、後宮内でもそんな争いはあるのかもしれないわね。雪花様はガチガチの西洋風。海藍様はご覧の通り。

 そんなことを考えていると海藍様の待つ部屋に案内された。

「……よく来たわね」

 歓迎の挨拶。
 の、はずなのだけど。視線も合わせず、腕を組み、いかにも不機嫌そうな声の海藍様だった。まぁでも私だって大人だからね。ここは無難な挨拶をしておきましょう。

「お招きいただき大迷惑――ごほん、大変光栄ですわ」

「今大迷惑って言わなかった?」

「まさかそんな。偉大なる大華国の上級妃にして、偉大なる李家のお嬢様に招待されるなんて光栄ですわ。さすが偉大なる私ですね」

「ふん、分かっているならいいのよ。……うん?」

 何か違和感があったのか首をかしげる海藍様だった。

 空気の悪さを察したのか海藍様の侍女頭(いかにも苦労してそうな初老の女性)が促してくれたので、大人しく着席する。

 茶器はもちろん欧羅のものではなくて大華国伝統のもの。宮廷の外で来客に使うと「これはまた年代物ですね」とか嫌味を言われちゃいそうなヤツ。

「…………」

 一応鑑定して、毒が入ってないか確認。これは海藍様を特別警戒しているというわけじゃなくて、雪花様や瑾曦様とのお茶会でもやったことだ。神仙術でも魔術でも解毒はできるのだけど、だからといって毒を飲んで苦しみたくはないからね。

 鑑定結果は無毒。安心してお茶を飲む。
 しかし、お茶会のたびどころかお茶が注がれるたびに鑑定するのは面倒くさいから、やはりアレ・・を作るべきね。と、考えていると、なぜだか海藍様は目を見開いて驚いていた。

「……毒味もなしにお茶を飲むとは、度胸があるのか阿呆なのか……」

「喧嘩売ってます?」

「売るまでもないわね。そんな警戒心のなさではすぐに死にそうだもの」

 ハッ、と鼻を鳴らす海藍様だった。なるほどやはり喧嘩を売られているらしい。

 いやしかし、ここは敵地。まずは無事生還することを第一に考えましょうか。

「ところで、今日はなぜお茶会に? まさか私と仲良くなりたいから――ですか?」

「…………」

 睨まれた。
 欧羅式冗句ジョークはお気に召さなかったらしい。

「…………」

 そのまま私を睨め付けてくる海藍様。何か言いたそうな雰囲気を感じるけれど、それが言葉として発せられる様子はない。

 ここで心優しい人間なら海藍様のご機嫌を取り、何を言いたいのか聞き出すこともできるのだろうけど……残念ながら私は好戦的な人間である。睨まれたら睨み返すぜー。

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 しばらく無言で睨み合う私と海藍様だった。海藍様はどんどん目つきが厳しくなり、それに対応して私も目つきを鋭くし、それを受けてさらに海藍様が――という、何の生産性もないお時間だ。

「つ、次はお嬢様のお気に入りにしましょうか!」

 と、空気の悪さに耐えきれなくなったのか慌てて新しいお茶の準備に取りかかる侍女頭さんだった。なんかすみません。

 淹れられたお茶は、出がらしを使ったような薄い色をしていた。

 その香りは……ほのかに甘い。

「木苺から作られるお茶ですね」

 まぁ、正確には欧羅木苺――ラズベリーリーフから作られるお茶なのだけど。部屋の内装からして欧羅製品を忌み嫌っていそうだし、もしかしたら『欧羅』の名前を出さずに提供されているかもしれないので気を使ったのだ。さすがは私である。

「……ふん、飲んでもいないのに当てるなんて。中々やるじゃない」

「神仙術士なので。薬草を処方することも多いのですよ」

「なら、このお茶の効能を教えてもらおうかしら?」

「まず第一に。子宮収縮を促す効果があるので分娩時間が短くなるでしょう。妊娠期間中に飲み始めて気に入ったというところでしょうか? 他には喉の痛みや歯肉炎などの消炎作用。消化促進や下痢などにも効果があります」

「…………」

 なぜか苦々しい顔をする海藍様だった。間違った知識を口にしたらこれ見よがしに批判するつもりでした?
 ふっふっふ、いい度胸。ここは少し脅してあげましょう。

「それと……子宮収縮を促す効果は妊娠初期だと悪い方向に作用してしまいますので――妊娠初期には飲まない方がいいですね。また元気な子を産みたいのなら」

「…………」

 うげ、という感じに顔をしかめる海藍様だった。いや~人のためになる良い助言をすると気分も良くなるわね!

 にっこにっこの私と、色んな感情がない交ぜになった顔をする海藍様。これではどちらの地位が上なのか分からないわねーとか考えていると、

「お、お嬢様! そろそろお時間ですわ!」

 と、空気に耐えきれなくなったのか侍女頭さんがそんなことを口にした。その顔は見事なまでにひくついている。
 別に睨んできたわけでもない侍女頭さんを困らせる趣味はないので、私は辞去の挨拶をしてからお暇させてもらうことにした。


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