行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

文字の大きさ
27 / 105

ディック

 海藍様の宮から帰る直前。お土産として豪華な箱を渡された。
 中に入っていたのは……梅の枝を模したお菓子。いわゆる梅子ばいしと呼ばれるものだ。

 大華国の伝統的なお菓子であり、私もお土産で貰ったものを何度か食べたことがある。一般庶民にはあまり馴染みがない――というか、お菓子自体あまり馴染みがないかもしれない。裕福な商家とかならともかく。

 一応鑑定してみるけど、毒はなし。
 これは友好の証なのか。あるいは四夫人としてはお土産を渡すのが当然なのか。もしくは『あなたのような庶民ではこんなお菓子は食べられないでしょう! 感謝することね!』と煽られているのか……。

 海藍様がどういうつもりかは知らないけど、貰えるものは貰っておくことにする私であった。商家の娘の意地汚さを舐めないでいただきたい。


                      ◇


 後宮というか宮廷は毒殺が怖すぎる。なにせ初めて招かれた宴の席で侍女が毒を食べたほどだ。私なら自分で自分に術を掛けて回復すればいいんだけど、梓宸や他の人がねぇ。私が実家に帰ったあとにねぇ。海藍様はともかく、瑾曦様や雪花が毒で苦しむのは可哀想だ。海藍様はともかく。

 というわけでアレ――毒検知の魔導具を作ってしまいましょう。

 神仙術にも『宝貝パオペエ』というものはあるけれど、こういう道具は欧羅の方が発展しているのよね。修行と称して秘境に身を隠しがちな神仙術士と、世のため人のために市井で働く魔術師では、他の術者との交流やそれに伴う術式の発展に明確な差が出てくるみたい。

 以前作製したものは家族や取引先に配ってしまったので新しく作らないと。

 まずは原料を入手しなくちゃね。
 心当たりがあった私は実家にいる弟に念話で連絡を取り合った。

「ねぇ、ディックさんって今どこにいる?」

『姉さん、心臓に悪いのでいきなり念話してくるのは止めてくださいよ……ディックというと欧羅商人の?』

「うん、そう。あの顔はいいのに胡散臭そうな」

『……それ、本人の前で言わないでくださいね? 彼なら今ちょうどうちでお茶を飲んでいますよ。そろそろ欧羅に戻るというので、ご挨拶に』

「あらそう、じゃあ丁度いいわ。今から実家に戻るから、ディックさんが帰りそうだったら足止めよろしく~」

『戻るっていきなりですね? あと姉さんが中々帰ってこないからジンさんが不機嫌に――』

 愛しの弟が何か言っていたけれど、すでに念話を切ってしまった私だった。念話を終えてもすでに喋ったことは伝わってくるのよね。

 ま、すぐ実家に戻るのだから問題ないでしょう。伝えたいことがあるなら直接言ってくれればいいのだし。

 というわけで。私はさっそく縮地を使い、無事に実家へと戻ったのだけど――

『――凜風ぁあああぁああっ!』

 私の術を察知したのか、義理の息子兼護衛役のジンが駆け込んできた。

『どういうことだ!? なぜ後宮に泊まっているんだ!? あの男がやりやがったのか!? 油断したらすぐこれだ! さすがに後宮に潜入するわけにはいかないし! 俺がどれだけ待ったことか!』

 私の肩を両手で掴み、前後に揺さぶってくる浄。

「ちょっと治療が必要な子が出ちゃってね~」

『だからって後宮で寝泊まりだと!? あの野獣のような女たらしに何かされたらどうする!?』

「大丈夫よ、梓宸に手を出してくる度胸なんかないから」

『まったく以て甘い! 甘すぎる!』

 むがーっと叫びながらさらに私を揺さぶってくる浄だった。大丈夫? 義理の息子の情緒が心配よ私?

「ま、それはとにかく。ちょっとディックさんに用事があるのよ」

『今度はディックか!? ディックの野郎か!?』

 野郎ってあなた。

 というか。
 筋肉たっぷりな浄が前後に揺さぶってくるものだから、ちょっと気持ち悪くなってきたわね。うぇ、船酔いみたいな感じに……。

「……少し頭を冷やしなさい」

『むがぁあぁああああ!?』

 話にならなさそうだったので、浄の頭の上から水をぶっかけた私だった。神仙術で。ちょっとやりすぎてそのまま流されていったけど、些細な問題でしょう。


                      ◇


 ディックさんはお父様とお茶会をしていたようだ。
 今回の相談は人に聞かせるようなものでもないので、お茶会が終わるのを自室で待っていると、さほど時間をおかずにディックさんがやって来た。

「凜風さん。本日はどのようなご用件ですかネ?」

「ちょっと譲って欲しいものがありまして」

「はぁ……? 欧羅から持ってきたものでめぼしいものは前回の取引で出し切ってしまいましてネ。そろそろ欧羅に戻って商品の補充をと考えているのですヨ」

「でも、まだあるでしょう? そこら辺に捨てるわけにもいかないでしょうし」

「……なるほどネ。少しお待ちくださいヨ」

 聡明なディックさんはこれだけで私が何を欲しているのか察してくれたみたいだ。ポケットの中から鉄製の小箱を取り出す。危険物だから肌身離さず持っていたのかもね。

 軽い音と共に小箱の鍵が開けられ、中から取り出されたのは……赤い朱い、红宝石(ルビー)を思わせる鉱石。かつて多くの皇帝の命を奪ってきた水銀。その原料となる辰砂だった。

「確かに。捨てるわけにもいきませんし、誰かに売るわけにもいかないので欧羅まで持ち帰るか、途中で海に捨てようと思っていたものですネ。……これを取り扱うなと警告したのは凜風さんでしたが、その凜風さんが買おうというのですかネ?」

「はい。必要な銀はお支払いしましょう」

「……凜風さんは皇帝に見初められ、後宮に招かれたと聞いていますヨ。――まさか、望まない結婚に嫌気が差し、水銀で皇帝を暗殺しようとしていますカ?」

「んなわけあるか」

 思わず雑な言葉を使ってしまう私だった。

「え? というか今そんな話になっているんですか? 私が後宮に行ったのは妃の治療のためで、あの馬鹿のためじゃないんですけど?」

「あの馬鹿っテ……。いや、皇帝とは幼なじみと聞いていますし、弟さんから話を聞いた父母さんは大騒ぎ、浄さんも面白いくらい取り乱していましたので、てっきりそうなのだと思いましテ」

「そうなのではありませんのですヨ……」

 思わずディックさんの語尾が移ってしまう私だった。

「後宮って気軽に毒殺が起こりそうなので、毒検知の魔導具を作ろうと思いまして」

「毒殺……。噂には聞いていましたが、事実でしたカ……。そういえば、毒検知の魔導具の『芯』には毒を持つ鉱石が使われると聞いたことがありますネ」

「さすがディックさん、博識ですね」

「欧羅では魔導具も取り扱っていますのでネ。もちろん貴族向けで庶民には手が出ないものですガ」

「……今度、面白そうなものを持ってきてくれません?」

「いいですヨ。凜風さんが好きそうなものを持ってきましょうカ」

「ありがとうございます。それでこの辰砂ですが……」

「無料でお譲りしますヨ」

「いいんですか? 輸送費だけでもかなりのものでしょう?」

「他の取引で十分儲けは出ていますのでネ。それに、商品として扱えないものを売って金を稼ぐことは商人としてのプライドが許しませんのデ」

「……そういうことなら、ありがたく」

 私が頭を下げながら辰砂を受け取ると、ディックさんは内緒話をするように片目を閉じた。

「その代わりと言っては何ですガ、皇帝か妃が欧羅の商品を求めた際は私を紹介してくださいネ」

「……ちゃっかりしていることで」

「商人なのでネ」

 あはは、と笑いあってから握手をする私とディックさんだった。

感想 23

あなたにおすすめの小説

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です *加筆修正中です