行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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閑話 雪花

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 大人びた子だ。
 と、雪花はよく言われてきた。
 神童だと称えられたし、普通の大人よりも聡明である自信があった。

 それはそうだ。
 なぜなら、雪花の中身は・・・・・・大人なのだから・・・・・・・

 ――経典にいわく。死者の魂は輪廻転生し、解脱というものを目指すのだという。

 そんな宗教を国教としているからだろうか。白妃・雪花にも100年ほど前の大華国で生きていた頃の記憶が存在した。

 それ自体は特に珍しいものではない。噂によれば500人に1人くらいはそういう記憶を有しているとされているのだから。……皆、「前世では修行が足りず、もう一度人生をやるハメになったのですね」と馬鹿にされるので口にはしないだけで。

 ただし。
 他の人と違ったのは、雪花の記憶がかなり鮮明に残っていたことだ。

 まるで人生の二周目をしているかのような。

 どうすれば効率的に学ぶことができるのか。どうすれば最小限の失敗で済むのか。雪花には、誰に習うでもなく理解できていたのだ。

 ――学ばなければならない、と雪花は焦っていた。
 なぜならば前の人生は愚かだったせいで失敗し、命を落としてしまったのだから。

 また大華国に生を受けたのは幸運だった。言語は100年前とほぼ同じだったし、ある程度の知識の流用ができたのだから。

 そうして雪花は成功し続け。調子に乗って。さらに結果を残して……。失敗したと気づいた頃にはもう、『妃』になることを期待されていた。後宮に入って皇帝の寵愛を受け、皇后としてその知識を活用することを望まれるようになっていた。

 親からすれば。雪花が皇后になれば実家の権勢がさらに高まるし、欧羅との交易権をさらに得ることができる。そのための便利な『駒』でしかないことを雪花は理解していた。

 実家から付けられた侍女も信用ならない。彼女たちはあくまで雪花を『皇后』にするために存在するのだから。

 ――後宮とは恐ろしいところだ、と雪花は聞いていた。

 そして、それは事実であった。
 誰もがその美しい顔に笑顔を貼り付け、しかし裏では誰かを追い落とすことを躊躇ためらわず……。人の皮を被った獣たちだ、と雪花は心底恐ろしくなった。

 おそらく、前世の記憶がある分だけ精神が成熟していなければ毎日震えて泣いていたことだろう。

 信頼できるのは、乳母の娘であり幼い頃から一緒にいたりんただ一人。

 そんな恐ろしい後宮の中で、雪花はとうとう妊娠した。皇帝の子を宿してしまった。

 途端に向けられる、目、目、目……。

 男子をと期待する侍女の目。嫉妬を隠しもしない妃たちからの目。何とかして蹴落として自分が妃になってやるという女官たちからの目……。

 もう、嫌だった。
 妃になんてなりたくなかった。
 子供なんて宿したくなかった。
 地元で平穏に暮らし、平凡な男と結婚し、子供を産んで、孫に囲まれるような人生を送りたかった。

 でも、雪花が実家に戻ったところで居場所なんてきっとなくて。皇帝の子供を産んだ女が、後宮から出してもらえるはずもない。

 そしてなにより、このままでは死んでしまう・・・・・・可能性が高かった・・・・・・・・
 前の人生と同じように……。

 だから、雪花は――

 ――――。

 味方が必要だった。铃以外にも、もっと、もっと。
 信頼できる味方。
 何でも話せる味方。
 いざというときには庇ってくれて、普段は本音でやり取りすることができる……。そんな、心の支えみかたが必要だった。

 そんなとき、現れた。

 何とも可愛らしい銀髪金目の少女。
 皇帝の幼なじみというけれど、どう見ても15歳くらいにしか見えない女の子。……いや、それをいうと雪花も実年齢より幼く見えてしまうのだし、逆に、中身の年齢は実際より高いというややこしい状態なのだが。

 雪花の事情はともかく。
 宴の席に現れた少女――凜風はとんでもない女だった。

 本来なら皇帝陛下や四夫人を前にすれば少しくらい萎縮してもいいはずなのに、凜風にそんな様子は見受けられず。

 それだけでは飽き足らず、宴の余興であるはずの神仙術で海藍の本質を易々と当ててみせ、瑾曦が孫武の妹であると見抜いてしまい。さらには春紅を恐れさせ……いや、それはいつものことか。

 四夫人のうち三人を平然と相手取った凜風はその不思議な目で雪花を視て――

「――それは、止めなさい」

 胸の鼓動が乱れた。

「……なんのことでしょう?」

 声は震えていたかもしれない。
 そんな雪花の様子など意に介さず、凜風は続けた。

「平民である私が、妃である貴女に本来このような口をきいてはいけないのでしょう。しかし、神仙術士として助言します。それだけは、止めなさい」

「…………」

 この人だ、と雪花は思った。

 全てを見抜いた・・・・・・・上で。自分には何の関係もないはずなのに――むしろ、皇帝の寵愛を得るという意味では自分にとって有利になるはずなのに、それでも止めてくれた人。

 この人なら、信頼できるかもしれない。

 この後宮という魔境で、味方になってくれるかもしれない。

 そんな雪花の直感は、すぐに確信へと変わった。皇帝すら恐れることなく蹴り飛ばし、さらには毒を食べた铃を救ってくれたことによって。

 この人なら……。

 いいや。

 この人がいい。

 そう決意する雪花だった。
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