行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

文字の大きさ
34 / 105

真実・2

「じゃあ、内緒話ができる環境を整えましょうか」

 欧羅魔術・空間収納ストレージから小さな鈴を取り出す。本体から取っ手が伸びた、本来なら人を呼ぶときに使う道具だ。貴人というのは大声を出して人を呼ぶようなことはしないらしい。

 その鈴を鳴らすと、一瞬だけ何も聞こえなくなり……すぐ元に戻った。

 違和感があったのか雪花が両耳を押さえる。

「お姉様、その鈴は……?」

「魔導具――いえ、ここは仙人らしく『宝貝パオペエ』とでも説明しておきましょうか」

「パオペエ、ですか?」

「具体的に言うと室内の音を封じ込める道具ね。まぁつまり、この部屋の中で話したことが外に漏れ聞こえることはないってこと」

「それは……使いどころは限られますが、凄い道具なのでは?」

「まさしく使いどころが限られるのが欠点だけどね」

 なにせ普通の人間はこんな道具を使ってまで内緒話をする必要なんてないのだから。

「……もしかして、お姉様は自分の凄さに無自覚なのですか?」

「無自覚? 何が?」

「……いえ、何も」

 すべてを諦めたように雪花は首を横に振り、仕切り直しとばかりに咳払いをした。

「やっと確信が持てました。お姉様はこのお茶について警告してくださっていたのですね」

「え? 気づいていなかったの?」

 私が「えぇ~?」という顔をすると、なぜか雪花に睨まれてしまった。

「お姉様は言葉足らずが過ぎます。『それはやめなさい』だけで分かるはずがないでしょう? 心が読めるならともかく」

「あのときは他にも人がいたから気を使ったのに……」

 と、私としては真っ当な言い訳をしたのだけど、

「わたくしに分からなければ、何の意味もない気遣いですわね」

 私の言い訳はバッサリと切り捨てられてしまった。なんかすみません。

「とにかく。改めまして、お姉様には感謝と謝罪を申し入れたく」

「感謝は铃ちゃんのことだとして……謝罪とは铃ちゃんの行動に対して?」

「それもあります。しかし、もう一つ。わたくしはお姉様を試すようなことをしてしまいました」

 雪花が目を向けたのは……侍女頭が置いて行ったティーセット。茶葉は妊娠初期から中期の大敵、ラズベリーリーフだ。

「……お姉様と陛下のご関係は聞き及んでおりました。お姉様からしてみればわたくしは浮気相手。ゆえにこそ、お姉様はわたくしがラズベリーリーフを飲むことを咎めず、流産させることもできましたのに、それでも警告してくださいました。一度ならず二度までも」

 いや、知識があるなら警告するのでは? 普通なら。
 しかし私の常識は、後宮における非常識であるらしい。

「この敵だらけの後宮において、お姉様は信頼できる数少ない人間です。なので、謝罪を。そしてお姉様との深い交流をお願いいたしたく」

「……なんというか、大げさねぇ」

「後宮という世界は敵だらけ。皇帝の御子を宿した今は尚更に。少しでも味方を増やしたいと願うのは大げさでしょうか?」

「そう言われてみれば、それもそうね。……今のは試しだったとしても、以前からそのお茶を飲んではいたのよね? 梓宸の子供を産みたくないの?」

 すでに雪花の本心は分かっているけれど、それでも問いかける。万が一、私の『目』が間違っていることを期待して。

 私の詰問に、雪花様は当然のことのように頷いてみせた。

はい・・

「…………」

 恐ろしい。

 皇帝を憎んでいるわけでも、妊娠によって精神的に不安定になっているわけでもなく。ただ、ただ、理性的に判断して雪花はその結論に至ったのだ。自分の子供は、いらないと。

 この後宮に来てから、私は初めて真の意味での『恐怖』を感じたかもしれない。

「一応、理由を聞いてもいい?」

「まず一つは、まかり間違って男子を生み、権力闘争に巻き込まれたくはないから。そして二つ目の理由は、出産時のリスクです」

 リスク、とは危険度などの意味を持つ欧羅語だ。

「あ~、やっぱりそうなるわよねぇ……」

 納得するしかない私。この国では欧羅に比べて出産時の死亡率が高いけど……その原因は医学の未熟と知識のなさにある。

 雪花は成人しているらしいけど、体格はどう見ても12歳か13歳くらい。妊娠出産するには小さすぎるのだ。

 代表的な例では母親の骨盤より胎児の頭の方が大きい可能性があり、その場合は胎児が母親の骨盤を通れず、自然分娩が不可能となる。そうなると母親のお腹を切り裂いて胎児を出すことになるのだけど……正直、この国の医学水準だとそんな判断ができる医師はほとんどいないし、施術の経験があるとなればさらに少なくなるでしょう。つまり、そのまま放置されるか、雑に腹を切り裂かれて母親が亡くなってしまうことも多いのだ。

 理想論ではどうにもならない、現実。

 しかもそれが、前世での死因・・・・・・となれば尚更だ。

 彼女の前世が過ごしていた100年くらい前の大華国だと、さらに医術は未発達だろうし……。

 雪花はその苦しみを知っている。悔しさを。恨みを知っている。

 前の人生の記憶を思い出し。自分が死んだ原因を調べ。欧羅の医術を知り。大華国の医療の未熟さに絶望し。どうあっても無理だとしか思えなくて。

 そんな彼女が子供の命より自分の命を優先させたとして、一体誰が責められるだろうか? しかも愛する男との子供ならとにかく……雪花と梓宸は、そういう関係ではない。雪花は自分の意思と関係なく後宮に送り込まれただけ。梓宸は、皇帝として後継ぎを残すという義務感だけ。

 どこか哀愁を漂わせながら雪花が胸の内を吐露する。

「この世界の女性は一人で生きていくことは困難です。特に貴族は家の都合で結婚させられ、相手への好悪など関係なく出産し、後継ぎを残すことが要求されます」

 うん、まぁ、そうよねぇ。私は平民だし手に職を持っているのであまり実感はないけど、貴族は大変だと聞くわね。

「わたくしは実家の力で後宮に入れられてしまいました。しかし見た目は実年齢より幼いですし、他にも魅力的な女性がいるのだから皇帝のお手つきになる可能性は低いと思っていたのですが……」

「あの幼女趣味者ロリコンに手を出されてしまったと」

「い、いえ、ロリコンとまでは……」

「まぁ、それを考えるとラズベリーリーフを飲みたくなる気持ちも分かるわ」

「では、見逃してくださいますか?」

「あ、それは無理」

「……なぜですの?」

「だって私は神仙術士だもの。――この術は、人々を救うために。それが師匠からの教えだし」

「……このまま出産しては、わたくしが死亡するリスクは高いと思いますが?」

「でも、産まれ来る赤子に罪はないのよね」

「それは、そうですが……」

「というか、そんな無茶をしたら二度と妊娠できなくなる可能性もあるわよ? 今はともかく、将来的に後悔するかもしれない。それでもいいの?」

「…………。……では、お姉様が責任を取っていただけますか?」

「責任というと?」

「わたくしの出産まで――いえ、出産後もサポートしてくださいませ。正直言いまして、この国の医療では出産と出産後のリスクが高すぎます。ですが、铃を救ってくださったお姉様であれば安心して任せることができますから」

 サポートとは看護などの意味を持つ欧羅語だったかしら?

 もちろん、私だって綺麗事のお説教だけして帰るつもりはない。
 というか、最初からそのつもりだったし。

「雪花の出産に関しては私がサポートしましょう」

「では、よろしくお願いしますわねお姉様。何かあったときはすぐに駆けつけてくださいませ」

「えぇ、大丈夫よ。後宮から帰っても魔導具を使えば連絡が付くし、縮地を使えばすぐに――」

「――あら。駄目ですよ?」

 雪花が笑う。
 にっこりと。
 妖艶に。
 その見た目からは想像できないほど、腹黒く。

「緊急時に魔導具が手元にないかもしれませんし、故障しているかもしれません。もしかしたら他の妃に盗まれたり壊されるかも……。縮地にしても、想像ではありますが消費魔力が大きく、当日の状況によっては使えない可能性もあるでしょう?」

 まるで事前に考えて・・・・・・いたかのように・・・・・・・。すらすらと問題点を指摘する雪花だった。

「それは……」

「ですから――、お姉様にはわたくしの出産まで後宮に留まっていただき、わたくしのサポートをしていただきませんと。いえ、出産後も感染症などが怖いですし、しばらくは留まってくださいませんと」

「……はい?」

「後宮にいてくだされば魔導具が壊れていても侍女を派遣してすぐに駆けつけてもらえますし。とても合理的だと思いますが?」

「それは、いや、でも、私は後宮に長居するつもりなんて……」

「わたくしの出産をサポートしてくださるというのは、嘘だったのですか?」

「い、いや、嘘じゃないけど……」

「では、これからもよろしくお願いいたしますね? お・ね・え・さ・ま?」

「…………。…………。……後宮こわい」

 自然と逃げ道を塞がれて、ガクガクと震えるしかない私だった。え? ほんと怖い。付き合いやすいと思った瑾曦様も、雪花も、実際はこんな感じなの……? 逃げ道が……逃げ道がない……。

 ――つまりは。
 私はまだしばらく後宮に留まらなきゃいけないみたいだ。

 はぁ……。梓宸の調子に乗った顔が目に浮かぶようだわ……。
感想 23

あなたにおすすめの小説

【本編,番外編完結】私、殺されちゃったの? 婚約者に懸想した王女に殺された侯爵令嬢は巻き戻った世界で殺されないように策を練る

金峯蓮華
恋愛
侯爵令嬢のベルティーユは婚約者に懸想した王女に嫌がらせをされたあげく殺された。 ちょっと待ってよ。なんで私が殺されなきゃならないの? お父様、ジェフリー様、私は死にたくないから婚約を解消してって言ったよね。 ジェフリー様、必ず守るから少し待ってほしいって言ったよね。 少し待っている間に殺されちゃったじゃないの。 どうしてくれるのよ。 ちょっと神様! やり直させなさいよ! 何で私が殺されなきゃならないのよ! 腹立つわ〜。 舞台は独自の世界です。 ご都合主義です。 緩いお話なので気楽にお読みいただけると嬉しいです。

【完】愛していますよ。だから幸せになってくださいね!

さこの
恋愛
「僕の事愛してる?」 「はい、愛しています」 「ごめん。僕は……婚約が決まりそうなんだ、何度も何度も説得しようと試みたけれど、本当にごめん」 「はい。その件はお聞きしました。どうかお幸せになってください」 「え……?」 「さようなら、どうかお元気で」  愛しているから身を引きます。 *全22話【執筆済み】です( .ˬ.)" ホットランキング入りありがとうございます 2021/09/12 ※頂いた感想欄にはネタバレが含まれていますので、ご覧の際にはお気をつけください! 2021/09/20  

「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした

しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」 十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。 会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。 魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。 ※小説家になろう様にも投稿しています※

厄介払いされてしまいました

たくわん
恋愛
侯爵家の次女エリアーナは、美人の姉ロザリンドと比べられ続け、十八年間冷遇されてきた。 十八歳の誕生日、父から告げられたのは「辺境の老伯爵に嫁げ」という厄介払いの命令。 しかし、絶望しながらも辺境へ向かったエリアーナを待っていたのは――。

婚約者が私のことをゴリラと言っていたので、距離を置くことにしました

相馬香子
恋愛
ある日、クローネは婚約者であるレアルと彼の友人たちの会話を盗み聞きしてしまう。 ――男らしい? ゴリラ? クローネに対するレアルの言葉にショックを受けた彼女は、レアルに絶交を突きつけるのだった。 デリカシーゼロ男と男装女子の織り成す、勘違い系ラブコメディです。

嫌われたと思って離れたのに

ラム猫
恋愛
 私は、婚約者のカイルに嫌われたと思った。冷たくそっけなく、近づくたびに避けられる日々。  距離を置くことを選び、留学の準備も進めて心を落ち着かせようとするけれど——。

【完結】旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

たまこ
恋愛
 エミリーの大好きな夫、アランは王宮騎士団の副団長。ある日、栄転の為に辺境へ異動することになり、エミリーはてっきり夫婦で引っ越すものだと思い込み、いそいそと荷造りを始める。  だが、アランの部下に「副団長は単身赴任すると言っていた」と聞き、エミリーは呆然としてしまう。アランが大好きで離れたくないエミリーが取った行動とは。

【完結】ルイーズの献身~世話焼き令嬢は婚約者に見切りをつけて完璧侍女を目指します!~

青依香伽
恋愛
ルイーズは婚約者を幼少の頃から家族のように大切に思っていた そこに男女の情はなかったが、将来的には伴侶になるのだからとルイーズなりに尽くしてきた しかし彼にとってルイーズの献身は余計なお世話でしかなかったのだろう 婚約者の裏切りにより人生の転換期を迎えるルイーズ 婚約者との別れを選択したルイーズは完璧な侍女になることができるのか この物語は様々な人たちとの出会いによって、成長していく女の子のお話 *更新は不定期です *加筆修正中です