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治癒
孫武さんから促されたので、さっそく患者さんの部屋の中へ。
しばらく風呂に入っていないのか部屋の中には異臭が立ちこめていた。『呪い』だから他の人が身体を拭くことも難しいのは分かるけど、せめて換気くらいはして欲しいなぁ。
「――天皇天帝に願い奉る」
先日泥まみれになった瑾曦様にやったように。私は部屋の中を『浄化』した。まぁ元々感染症対策のものなので、むしろこっちが正しい使い方なのだけどね。
部屋の中がひときわ明るくなった――というのはさすがにあり得ないけれど、なんとなく雰囲気が良くなった気がする。もちろん空気中の汚れなどは目に見えないから錯覚でしかないけれど。
まずは窓に近づいて換気。その後、寝台(ベッド)に近づいて患者を視て――
…………。
……んー?
思わず目をごしごしと擦ってしまう私。けれど、鑑定結果は変わらない。
なんでまた学者が毒を?
学者と言っても欧羅みたいな科学者じゃなくて、儒学者とかそういう感じの人みたいだし。
まさか学者を毒殺することはないだろうし……。訳が分からない。
たとえばこれが『自害のために毒を飲むぜ!』という展開だったなら視ただけで理解できる。自分の意志で行ったのだから、どんな動機があったとか、どのような毒を使ったかも丸わかりだ。
でも、無意識のうちに毒に触れたり、誰かから毒を盛られた場合には分からないのだ。本人が毒だと認識していないと……。
いや毒が混ぜられた飲食物を直接『鑑定』すれば毒が入っているかどうかは見抜けるし、前後の状況から『あれに毒が混じっているのだろう』と推測することはできるけどね。心を読んだ対象者が分からないことは、こちらにも分からない。神仙術もそこまで万能ではないのだ。
つまり、この患者さんは自分でも気づかないまま毒に触れたか、口にしたことになる。どうしてそうなったのかはまだ不明だけど……。
「えーっと……。とりあえず、呪いではないですね」
維さんたちに説明してから患者さんの様子を確認する。
寝台の横に桶が置いてあるのは嘔吐対策か。
顔面に浮腫。脱毛らしき症状もあり。
「嘔吐の他に下痢や腹痛の症状もありましたか?」
部屋の外から様子をうかがっていた学者さんに確認する。
「は、はい。最近辛そうで……。ここ数日は意識の混濁も……」
「そうですか」
指を使って患者さんの口を開き、口腔内を確認。……うん、ずいぶん荒れている。続けて患者さんの指先を確認すると、爪周辺に色素沈着があった。これがたぶん『謎の痣』でしょう。
私の『鑑定眼』が間違っている可能性もあったけど、そんなこともなさそうね。
とにかく、原因が分かったのだから除去してしまいましょう。千里眼で患者さんを視て、体内の『毒』を縮地で体外に移動させる。
師匠に言わせれば「何でそんなことができるのか……」らしいけど、私的には「なぜできないのですか?」って感じだ。体内の異物を視て、排除。その際に傷がつくようなら回復魔法。とても簡単なことなのに。
除去した『毒』は危険なのでそのまま空間収納の中へ。あとは体力の回復を待てばいい。
「原因の毒は除去しましたので、今後は体力回復に努めましょう。まずは食事です。人間、食べられなくなったら死ぬだけですから。厨房で白湯とお粥を準備してもらってください」
私がそう要求すると、維さんは目を白黒させていた。
「そ、それは構いませんが……。あの、毒ですか? 呪いではなく?」
維さんとしてもなんで学者が毒に触れたのか理解できないみたいだ。
「えぇ、毒です。――いわゆる砒霜ですね」
「砒霜……?」
おっと、分かってもらえてないかな? まぁ専門家じゃあるまいし毒に詳しいわけがないか。いや毒の専門家ってなんだろうって話だけど。暗殺者とか? ……そういえば宮廷には暗部とかいるんだっけ。
◇
手際よく白湯とお粥が準備されたので、さっそく食べさせる。
まずは白湯で胃腸を慣れさせてからゆっくりとお粥を。もしかしたら胃袋にも負担が掛かっているかもしれないからね。
もちろん、同時に神力を流し込んで回復を促すことも忘れない。
だいぶ患者の容態も回復したところで、私は他の学者さんたちから話を聞くことにした。
「この患者さん、毒に触っていたと思うのですが……なにか心当たりはありませんか? 危険な実験をしていたり、農業をしていたとか……」
ヒ素を殺虫剤として使う人もいるからね。そして学者の印象は晴耕雨読だ。
「……いえ、思い当たりません」
「そのようなことはしていないはずです」
「最近は例の『呪いの本』の解読と写本に掛かりきりでしたので」
解読と言うからにはかなり古い本か、あるいは欧羅のものとか?
写本に関しては珍しいことではない。貴重な本は持ち出し禁止な場合が多いので書き写しは広く行われているからだ。
解読や写本の際、毒に触れていたならヒ素中毒になってもおかしくはない。ホコリとかに付着して吸い込む可能性もあるし。
そして。本とヒ素については思い当たる節が一つある。……いや、でもなぁ。あれは欧羅での話だしなぁ?
まさか暗殺用に、本を開くとヒ素が飛び散る仕掛けが? ……んなわけないか。
ま、ここで考えても仕方ないし、まずは呪いの本とやらを確認してみましょうか。
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