行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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アレ


「ところで、庶民の間ではどんな本が流行っているのでしょうか?」

 先ほどまでの雰囲気はどこへやら。キラキラとした目で身を乗り出してくる琳玲さんだった。

「どもりはもういいんですか?」

「はい。女性官吏というのは野郎共から色々な目を向けられますので、『対象外』になるよう演技をしなければいけないのですが……凜風様相手ならば有能さを主張した方がいいでしょう」

 前髪を掻き上げながら説明してくれる琳玲さんだった。うん、髪型を普通にするとちゃんとした貴族家の子女に見えるわね。

「まぁ、『女』ってだけで嫉妬やら性欲とか凄そうですからね」

「ご理解いただけたようで何より。ご納得いただけたところで、今の流行りは? この立場ですと中々街に行くことも難しくてですね」

「そうですねぇ。やっぱり最近は欧羅の翻訳本が有名ですかね。庶民向けだと恋愛小説とか冒険小説とか。あと裕福な家庭では科学や医学の本を買い、子弟の教育に用いているところも増えてきています」

「そうではなくて、アレです。アレ」

「……あー」

 アレか。
 なんで初対面の人間とアレについて語らわなきゃならないのか。という指摘ツッコミをしたいけど……うーん、琳玲さんと仲良くしておけば、ここにある呪いの本やらなんやらも貸してもらいやすそうだし、他にも色々な本を探してくれるかも……。

「……はじめに言っておきますが、私にそういう趣味はありません」

「えぇ、未来の皇后陛下がそういう趣味なのは問題がありますからね」

 なーんか「そういうことにしておくんですね? 分かっていますよ私には」みたいな顔をする琳玲さんだった。そろそろ指弾きデコピンしようかしら?

「それで? どのようなものが流行りなので?」

 うわぁ、押しが強い。うわぁ……。

「えーっと、皇帝と宰相とか。皇帝と親衛隊長とか。その辺ですかね」

「おぉ、なんという……神をも恐れぬ所業……これが民の力……」

 わなわなと震える琳玲さんだった。まぁ天命思想的には神すら恐れてない感じかもね。ちなみに怒りからではなく、感動しているっぽい。

「あ、もちろん欧羅が舞台ですので」

 そういうことになっているのだ。挿絵の服装や建物は大華国っぽいけれど。

「えぇ、そういうことになっているのですね。分かっています」

 にっこりと笑う琳玲さんだった。もう帰っていい?


                        ◇


 後宮含め、宮中にいる人って怖い人とか濃い人ばかりよねぇ。呆れるやら恐ろしいやら。

 まぁでも、本の販売についての話は通しておいたのであとは実家からの発送を待ちましょう。ふふふ、後宮専門の部署を作ってもいいかもしれないわね……。

 後宮に戻り、他の妃からどんな本が欲しいか聞き取り調査しようかなーっと考える私だった。そんなの弟に連絡する前にやっておけと自分でも思うけど、思いつかなかったのだからしょうがないわよね。ほら、少し抜けている方が可愛らしいとも言うし。

 まずは雪花から話を聞きましょうか。あの子は欧羅の本も読んでいそうだし。今ならまだ欧羅商人のディックさんに注文できるからね。あとは私が翻訳して――

「お?」

 色々考えながら歩いていると、なにやら騒ぎが起こっているみたいだった。この前みたいな火事ではなさそうね。

 いい暇つぶしになりそう――じゃなくて、急病人だったら大変なので喧噪に近づいていく私だった。

 女官や妃が集まる人混み。その中心にいたのは雪花と海藍ハイラン様だった。白妃と藍妃。つまりは上級妃二人。

 あ、いや、三人か。
 もう一人。上級妃の瑾曦ジンシー様が人混みに紛れて「いいぞー! やってやれー!」と煽っているし。何してんですかあなた……。

「――調子に乗ってんじゃないわよ!」

 と、海藍様の侍女が雪花様たちに向けて叫んだ。ちなみに海藍様は悪そーな顔をしているけど、直接罵る様子はない。たぶん上級妃が直接汚い言葉を使うのは下品なのでしょう。ケンカしている時点でもう下品なのだけどね。

「まぁ、恐ろしい。身重の雪花様にそんな言葉を掛けるだなんて。藍妃様の侍女は教育がなっていませんのね?」

 と、性格悪そーに反論したのは雪花の侍女。もちろん雪花本人は何も口にせず、深遠な微笑みをその顔に浮かべている。

 雪花の侍女は雪花本人というよりは実家の味方なのだけど、利害は一致しているのでちゃんと雪花を庇っているみたいだ。

(しかしまぁ……)

 欧羅の小説に出てくる『悪役令嬢』みたいな顔をしている海藍様と、穏やかながらも超然とした微笑を浮かべる雪花。どっちが年上か分からないわね。まぁ事情があるから当然なのだけど。

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