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披露
「そんなに怖がらなくても。取って食いはしないわよ」
「いやいや無理ですって。怖がるなって方が無理ですって」
もはや椅子の背もたれにしがみついている子猫だった。大げさな。
ちなみにそんなに怖がっている風なのに、部屋から逃げ出す様子はない。ほんと、言動の一つ一つが演技っぽいというか、胡散臭いというか……。
「こんなか弱い少女を捕まえて、失礼な」
「……か弱い? 少女? 凜風様、皇帝陛下と同い年っすよね……?」
「何か文句が?」
「いえ、何もないっす。はい」
椅子の上でピシッと背筋を伸ばす子猫だった。分かればよろしい。
「……ちなみに。凜風様が全て分かっているとなると、もしかして太妃様のことも……?」
「えぇ。大体分かっているわよ? なにせ一度『視た』からね」
「……凜風様から見て、太妃様はどんな人物です?」
「そうねぇ。分かりにくい人物かしら」
「分かりにくい?」
「誤解されやすい、という言い方でもいいけれど。噂で聞いていた太妃様はとにかく冷酷で、辣腕で、欧羅文化嫌い。先帝の寵姫を後宮から追い出したり、太妃派(保守派)を率いて革新派と権力争いをしたり。三代宰相と一緒に政治の実権を握ったり。実の息子が廃嫡されて梓宸が皇帝になったときは、実の息子を切り捨てて梓宸に取り入ったり」
あとは不老不死を求めて水銀を飲んでいる、という噂もあったわよね。
でも、実際は違う。
「たとえば。欧羅文化嫌いという噂ばかりが先行してしまって、欧羅のものであれば何でも拒否すると思われているところとか」
先帝の欧羅趣味で固められていた宮廷の内装を、太妃様は大華国方式に戻してしまったという。
しかし、本当に欧羅のことが嫌いなら、後宮で使われている欧羅の消火石水も廃棄されているはずだ。けれど石水は今でも現役で使われている。
本当に欧羅のことが嫌いなら。自分の手下である医官に欧羅の医学は習わせないし、欧羅から本を取り寄せることもない。欧羅からの本はとにかく貴重で、輸送費も馬鹿みたいに高いからね。
石水や医学の例でも分かるように。実用性があるなら欧羅のものも受け入れる度量があるのだ。
張さんと一緒に政治の実権を握ったのは、狂った先帝に政治を任せられなかったのと、先帝亡き後、政治の混乱を防がなければならなかったから。
権勢をほしいままにするなら外戚(親戚)を政治に参画させて一族で国を乗っ取ればいいのに、太妃様は外戚に頼らず政治を取り仕切ったという。それは、『次』の皇帝に問題なく引き継ぎを行えるように。
早々に自分の息子を切り捨て、梓宸を皇帝だと認めたのは梓宸の方が皇帝に相応しいと判断したから。
そして、梓宸の母親を後宮から追い出したのは――太妃様ではない。
私は梓宸の母親を視たから、以前から何が真実であるか知っていたのだ。
他の妃を排除したというのも、あくまで噂でのお話。
……まぁ、一番最初に疑われるのは『皇后』である太妃様だし、他の妃を排除したかどうかまでは知らないけれど。もうちょっと時間を掛けてじっくり視ないとね。
そもそも。
太妃様が血も涙もない人間なら、『太妃派』と『革新派』での派閥争いも起こらないのだ。だって医療を司る医官は太妃派で、敵対派閥の人間は医官に診せなければいいだけなのだから。
誰だって自分の健康は大事。ならば宮中にいる人間は例外なく太妃様に従っているべき。特に、後宮から出ることのできない妃や女官たちは。
なのにそうなっていないのは――『医官が太妃派』という情報がさほど広まっておらず、噂を聞いた人間も恐れない程度には平等に診察されていることを意味している。
太妃様は敵対派閥の妃であろうとも本気で排除するつもりはないってことだ。
「あとは、意外と愛情深いとか?」
欧羅の医学書を購入したのは20年ほど前。本来なら欧羅の文化を愛していた先帝ではなく、先帝が狂ったあとに太妃様が輸入させたものだ。
その内容としては、羅逸の医学書が中心。外科や内科、薬草、毒や中毒に関する本など。
その後、新規で購入した様子はなし。
もちろん、医学の知識がないから知識の更新の重要性を理解できなかったのもあるけれど――なによりも、興味を失ったのだ。
20年前。
先帝が水銀を飲み始めてから。太妃様は欧羅の医学を使い、先帝陛下の水銀中毒を治療しようとした。欧羅から最新の医学書を取り寄せてまで。しかし治療の甲斐なく先帝陛下は崩御され――太妃様は医学への興味を失った。
「とまぁ、こんなところかしら?」
少し語りすぎて喉が渇いてしまう私だった。うーん、こういうとき、ささっとお茶を出してくれる侍女は欲しいかもしれないわね……。
しかし侍女が地面から生えてくるわけでもないので自分で淹れるかーっと考えていると――子猫が椅子から立ち上がった。
そのまま、深く深く頭を下げてくる。
「凜風様。――どうか、太妃様を救ってはくださらないでしょうか?」
普段の子猫からは想像できないほどに真剣な声。
あぁ、なるほど? そういうことね……。
「いやいや無理ですって。怖がるなって方が無理ですって」
もはや椅子の背もたれにしがみついている子猫だった。大げさな。
ちなみにそんなに怖がっている風なのに、部屋から逃げ出す様子はない。ほんと、言動の一つ一つが演技っぽいというか、胡散臭いというか……。
「こんなか弱い少女を捕まえて、失礼な」
「……か弱い? 少女? 凜風様、皇帝陛下と同い年っすよね……?」
「何か文句が?」
「いえ、何もないっす。はい」
椅子の上でピシッと背筋を伸ばす子猫だった。分かればよろしい。
「……ちなみに。凜風様が全て分かっているとなると、もしかして太妃様のことも……?」
「えぇ。大体分かっているわよ? なにせ一度『視た』からね」
「……凜風様から見て、太妃様はどんな人物です?」
「そうねぇ。分かりにくい人物かしら」
「分かりにくい?」
「誤解されやすい、という言い方でもいいけれど。噂で聞いていた太妃様はとにかく冷酷で、辣腕で、欧羅文化嫌い。先帝の寵姫を後宮から追い出したり、太妃派(保守派)を率いて革新派と権力争いをしたり。三代宰相と一緒に政治の実権を握ったり。実の息子が廃嫡されて梓宸が皇帝になったときは、実の息子を切り捨てて梓宸に取り入ったり」
あとは不老不死を求めて水銀を飲んでいる、という噂もあったわよね。
でも、実際は違う。
「たとえば。欧羅文化嫌いという噂ばかりが先行してしまって、欧羅のものであれば何でも拒否すると思われているところとか」
先帝の欧羅趣味で固められていた宮廷の内装を、太妃様は大華国方式に戻してしまったという。
しかし、本当に欧羅のことが嫌いなら、後宮で使われている欧羅の消火石水も廃棄されているはずだ。けれど石水は今でも現役で使われている。
本当に欧羅のことが嫌いなら。自分の手下である医官に欧羅の医学は習わせないし、欧羅から本を取り寄せることもない。欧羅からの本はとにかく貴重で、輸送費も馬鹿みたいに高いからね。
石水や医学の例でも分かるように。実用性があるなら欧羅のものも受け入れる度量があるのだ。
張さんと一緒に政治の実権を握ったのは、狂った先帝に政治を任せられなかったのと、先帝亡き後、政治の混乱を防がなければならなかったから。
権勢をほしいままにするなら外戚(親戚)を政治に参画させて一族で国を乗っ取ればいいのに、太妃様は外戚に頼らず政治を取り仕切ったという。それは、『次』の皇帝に問題なく引き継ぎを行えるように。
早々に自分の息子を切り捨て、梓宸を皇帝だと認めたのは梓宸の方が皇帝に相応しいと判断したから。
そして、梓宸の母親を後宮から追い出したのは――太妃様ではない。
私は梓宸の母親を視たから、以前から何が真実であるか知っていたのだ。
他の妃を排除したというのも、あくまで噂でのお話。
……まぁ、一番最初に疑われるのは『皇后』である太妃様だし、他の妃を排除したかどうかまでは知らないけれど。もうちょっと時間を掛けてじっくり視ないとね。
そもそも。
太妃様が血も涙もない人間なら、『太妃派』と『革新派』での派閥争いも起こらないのだ。だって医療を司る医官は太妃派で、敵対派閥の人間は医官に診せなければいいだけなのだから。
誰だって自分の健康は大事。ならば宮中にいる人間は例外なく太妃様に従っているべき。特に、後宮から出ることのできない妃や女官たちは。
なのにそうなっていないのは――『医官が太妃派』という情報がさほど広まっておらず、噂を聞いた人間も恐れない程度には平等に診察されていることを意味している。
太妃様は敵対派閥の妃であろうとも本気で排除するつもりはないってことだ。
「あとは、意外と愛情深いとか?」
欧羅の医学書を購入したのは20年ほど前。本来なら欧羅の文化を愛していた先帝ではなく、先帝が狂ったあとに太妃様が輸入させたものだ。
その内容としては、羅逸の医学書が中心。外科や内科、薬草、毒や中毒に関する本など。
その後、新規で購入した様子はなし。
もちろん、医学の知識がないから知識の更新の重要性を理解できなかったのもあるけれど――なによりも、興味を失ったのだ。
20年前。
先帝が水銀を飲み始めてから。太妃様は欧羅の医学を使い、先帝陛下の水銀中毒を治療しようとした。欧羅から最新の医学書を取り寄せてまで。しかし治療の甲斐なく先帝陛下は崩御され――太妃様は医学への興味を失った。
「とまぁ、こんなところかしら?」
少し語りすぎて喉が渇いてしまう私だった。うーん、こういうとき、ささっとお茶を出してくれる侍女は欲しいかもしれないわね……。
しかし侍女が地面から生えてくるわけでもないので自分で淹れるかーっと考えていると――子猫が椅子から立ち上がった。
そのまま、深く深く頭を下げてくる。
「凜風様。――どうか、太妃様を救ってはくださらないでしょうか?」
普段の子猫からは想像できないほどに真剣な声。
あぁ、なるほど? そういうことね……。
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