行き遅れた私は、今日も幼なじみの皇帝を足蹴にする

九條葉月

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『次』

 凜風と子猫が部屋を去ったあと。

 どこか上機嫌な様子の太妃。
 そんな彼女の前で、侍女長が両膝を突いて頭を垂れていた。

「太妃様。ずいぶんと機嫌がよろしいようで」

「そうだな。あれほど骨のある人間は珍しい。ついつい試してみたくなってしまう」

「太妃様に近づかれたときは肝を冷やしました」

「ずいぶんと簡単に動きを止められていたな? 暗部の人間・・・・・ともあろう者が、情けない」

「……お恥ずかしい限り。しかし、あの凜風という女、まことの妖術を使うようで」

「本物であれば致し方あるまい。言動が軽すぎるのが問題だが、海藍にでも任せて教育させればいい」

「……『次』は、あの女に任せるおつもりで?」

「あぁ、次の皇后・・・・だ。他に適任者がいるか?」

「気高さであれば海藍ハイラン様が。北狄との繋がりで言えば瑾曦ジンシー様が。謀略で言えば雪花様が。子の成しやすさでいえば春紅シュンコウ様が。――海藍様に至っては東宮(男児)を産んでおります」

「平民の生まれであっても皇后になった者はいるし、外国との繋がりがないまま皇后になった者もいた。はかりごとではなく人徳で他の妃を従えた者もいるし、自らの子ではなくとも、義理の親子関係を結び皇后となった者もいた。それに海藍の子供もまだ大きくなるとは限らぬからな」

 淀みなく答える太妃。その様子からして以前から『物足りない』とは考えていたのだろう。

「お前も分かっているだろう? 後継ぎを産む女と『皇后』は別の場合も多い。それがこの大華国であるし――哀家もそうであった」

 そう。
 男児を産んで皇后になったあと、その男児が夭逝してしまうことも珍しくはない。だからこそ『嫡母』義理の母と『生母実母』という言葉も生まれたのだ。

 さらにいえば。
 皇后という地位にありながら。皇帝の男児を産みながら。それでもなお大華国のことを考え、自らの息子すら排除したのが太妃という女なのだ。そんな彼女からすれば、男児を産んだだけで皇后になるなど許せないのだろう。

「……では、皇后たる者の資格とは、一体何なのでございましょうか?」

 侍女長からの問いかけに、太妃は何がおかしいのかわずかに笑ってみせた。

「まず第一は皇帝を愛し敬っていること。皇后など損得で言えば損ばかりが大きいからな。利益を受けるのは実家や外戚ばかり。自由な時間など取れず、『慣例』を越えた贅沢をしようものなら批判される。『皇帝』と共に生きるならば、損得を越えた敬愛の情が必要だ」

「…………」

 はたして凜風という人間は皇帝を『愛し敬って』いるのだろうかと疑念を抱いてしまう侍女長。敬愛していれば足蹴になどしないと思うのだが……。

 そんな侍女長の内心の指摘ツッコミになど気づきもせず太妃が上機嫌に続きを語る。

「そしてもう一つが――嫉妬しないことだ」

「嫉妬、でございますか?」

「そう。女は嫉妬で狂うからな。そして地位のある女の嫉妬は国を傾ける」

「…………」

「皇帝とはそういうもの・・・・・・であると理解し、自分以外の美姫をどれだけ抱こうと嫉妬せず、他の女が産んだ子供を憎まず、自らの役目を果たすこと。それこそが皇后たる者に必要な資格だ」

「……そんなものでございますか」

「そんなものだ。そう考えると四夫人はどこか物足りない。海藍は一番まともだし皇帝に対する敬意もあるが、『梓宸』に対する愛が足りない。瑾曦は悪友という立場に収まりすぎていて駄目だ。春紅は問題外。雪花に至ってはどちらの感情も無し、と」

「ずいぶんとよく観察しておられるようで」

「義理の娘になるかもしれない女だからな」

「凜風様は『皇帝劉宸』と『梓宸』の両方を敬愛していると?」

「素直じゃないのが玉に瑕だがな。……それに未来の皇后としての手腕もなかなかだ。あの女、後宮に小説導入するつもりらしいな?」

「はっ、すでに秘書監を巻き込んでいるとか」

「手早いことだ。後宮の主宰者・・・・・・として協力してやるのもやぶさかではないな」

「……小説を売り捌くことと、皇后としての腕前はどう繋がるのですか?」

 本気で理解しがたかったのか質問する侍女長。そんな彼女の様子を見て、太妃が愉快そうに喉を鳴らす。

「――娯楽の一括管理。後宮に流れる小説の供給を凜風様が独占すれば、多くの妃は凜風様の味方となる。革新派はもちろん、保守派もな。後宮にいる妃の管理も皇后の大切な仕事。哀家は派閥を作ることによって操ろうとしたが、凜風は丸ごと手に入れるつもりだ」

「…………」

 はたしてあの凜風という女はそこまで考えているのだろうか? 疑問に思う侍女長だが、太妃が上機嫌なので口を噤むのだった。

 そんな侍女長の気持ちを知ってか知らずか。太妃は高らかに宣告した。

「暗部は凜風を支え、手助けしろ。――次の『主』はあの娘だ」

「御意」

「それと同時に、次の主を絶対に逃がさないように。方法は任せる」

「……御意」

 それは皇帝陛下に頑張ってもらうしかないな、と考える侍女長であった。


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