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閑話 国王と旧友

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「よう、久しぶりだな国王へーかさま」

 夜。
 やっと仕事を片付けて、さぁ晩酌でもするかと意気込んでいた余の私室に、そんな言葉と共に表れたのは金の短髪をなでつけた親友――いや悪友だった。

 ちなみに扉は厳重に施錠済み。外側には衛兵も立っている。ではどこからやって来たのかというと……換気のために開け放っていた窓からだ。地面から窓までの高さは優に30メートルはあるというのに。

 どうやって、とか、どうして、とか。この男相手にそんな常識的な思考は無駄でしかない。

 非常識が服を着て歩いている。
 冗談ではなくサイン一つで国家予算級の金貨を動かす男。いくら余が国王であろうと偉ぶることのできない相手だ。

 ……こいつ相手に『余』などという一人称を使っていては笑われるか。まったくこの男と学舎を同じとしたことは幸福なような、そうではないような。
 被った精神的損害を考えれば不幸だな。
 ため息をつきつつ俺は悪友に胡乱な目を向けた。

「久しぶりだなガルド。音沙汰がないから死んだと思っていたぞ」

「冗談。リリアが嫁に行くまで死ぬわけにはいかんさ。ふ、嫁になぞ出さんから実質永遠の命を得たことになるな」

 リリアとはこいつの孫娘の名前だったか。
 強大な魔術師の証である銀髪を持ち、しかも建国神話に語られる赤目まで有しているのだから、たとえこいつの孫でなくても存在を記憶していたことだろう。えらい美少女でもあるし。

 それに、彼女には大きな大きな“借り”がある。

 たしか一部の重臣から俺の息子――王太子の婚約者にという話が出ていたな。もしも実現するならば『銀髪赤目』とレナード家の財力が手に入るのだから悪い話ではない。あの美貌なら国民からも愛されるだろうし。

 ……まぁ、子爵家の娘が王太子の婚約者になるのは中々に難しいものがあるが。あの“借り”を考えれば無茶も通さなければなるまい。

 いや、それ以前にこいつが孫娘を手放すとは思えないがな。

「それで、いきなり何の用だ? まさか晩酌を横取るつもりか?」

「冗談、俺はいつもお前よりいいものを食っているからな。昔はともかく、いまさらたかるような真似はせんさ」

「…………」

 そりゃあレナード家の財力ならそうなんだろうけどなぁ、真っ正面からケンカを売ってくるなよ……。泣いていいだろうか? 俺、国王なのに。

「俺だってもう少しいいものを食いたいさ。けどな、現状、国王が贅沢をするわけにもいかないんだよ」

「財政が厳しいのは知っているが、最近はそんなにヤバいのか?」

「ガングード公爵領周辺で魔物の動きが活発化している。騎士の増員や冒険者への支払い、損害の補填に砦の整備……まったく金が掛かってしょうがない」

「魔物は解体すればそれなりの素材(金)が手に入るだろう?」

「出現数が多すぎなんだ。今はまだいいが、この状況が続いたら素材の価格も暴落するだろう」

「商人としては楽しくない話題だな。――『魔王』でも復活するのか?」

「実際、学者の中にはそう主張している者もいる。まだ主流ではないがな、もしもそうならお前にも戦ってもらうことになるぞ」

「おいおい、俺は隠居した爺さんだぜ?」

「騎士団長に圧勝できるくせによく言う。『神槍のガルド』の腕はまだ衰えてはいまい?」

 こいつは冒険者として一財産を築いた後、それを元手に商売を始めたという経歴を持っているのだ。しかも双方で成功し伝説となったのだから少しは自重しろと言いたくもなる。

 そんな無駄に天才な男はなぜだか不敵な笑みを俺に向けてきた。

「ずいぶん昔に引退したから衰えた、と言いたいところだが、最近はいい練習相手が現れたのでな。むしろ現役時代より腕が上がったかもしれん」

「ほぅ? 将来有望な弟子でも取ったか?」

「あぁ、天才だ。片目しか使えないから普通の人間よりは不利なはずなのだが、それでもいずれ『神槍』の称号はあの子に譲らねばならないだろう。名前をリリア・レナードというのだがな」

「…………」

 なに いっているんだ こいつ?

「……まてまてまて。リリア・レナードとはお前の孫娘だよな? 子爵家令嬢だよな?」

「決まっている。自慢の孫娘だ」

「どこの世界に槍を振るう貴族令嬢がいるんだ!?」

「うちにいる」

「そうじゃない! 貴族の娘に槍を振るわせるなと言っているのだ! 護身用にレイピアでも習わせるならとにかく……」

「あんな細い剣が実戦で役に立つか」

「貴族の女性に実戦を想定させるなよ!」

「しかしなぁ、才能があるんだから伸ばさなきゃならんだろう?」

 意味が分からんとばかりに首をかしげるガルド。
 あ~、頭痛い。なぜこいつは槍のことになるとここまで非常識になるのか。

 あ、いや、槍以外でもたいがい非常識だよな。

「……ガルドよ、『銀髪赤目』であるリリア嬢には魔術の才能があるんだからそれだけを集中して伸ばせばいいだろうが。万が一格闘戦が必要になっても魔力で身体強化をすればいいだけだし」

 過去の例からして、銀髪の魔術師ならば身体強化だけで騎士団長に匹敵する力を得られるだろう。もちろん制限時間はあるが、身を守るだけなら十分すぎる。
 だというのにガルドの阿呆は納得してはいないようだ。

「甘い、甘いぞリージェンス。いくら身体強化で膂力と速さを上げようが、動き自体が素人では簡単に見切られてしまう。やはり勝つためには基礎から徹底的に仕込まなければ」

「……お前は孫を何と戦わせるつもりなんだ?」

「そうさなぁ、あと十年も鍛えれば魔王とすら決闘(ガチンコ)できるだろう。もちろん勝つのはリリアだな。いや、前世を思い出してから急に進歩したから五年くらいでいけるか……?」

 本気か冗談か分からねぇ……。こいつの場合は魔術ではなく槍だけを使った勝利を想定しているだろうし。
 なんかもう本気で頭痛がしてきた。これ以上リリアという少女の話題を掘り下げたら倒れてしまいそうだ。

「そ、そうか。では魔王復活が五年くらい遅れることを願うとしよう」

「そうだな。それまでに徹底的に鍛えねば。だが、最近は嫁に怒られてなぁ。リリアとの鍛錬は一週間に一度と制限されてしまったよ」

 こいつの嫁はリースとアーテルがいるが、そういう制限をするのはリースの方だろう。姪御(リース)がガルドの嫁になってくれたことがこの国にとっての幸運だったな。でなければ国が二、三回滅んでいてもおかしくはなかった。いやマジで。

 しかし一週間に一度とはリースも妥協したものだ。王族として生まれ、淑女として育てられたリースのことだ、孫娘が槍を振るうこと自体大反対しそうなものなのに。
 何だかんだでガルドに甘いということか。

 未だに仲むつまじい親友夫婦を微笑ましく思っているとガルドがなぜか誇らしげに胸を張った。

「だが俺も負けてはいない。家庭教師を買収してリリアの礼儀作法教育にそれとなく体幹鍛錬を混ぜておいた。体幹を鍛え上げれば女性的な肉体でも男に負けぬ力を出せるというのが俺の持論だ。数年後のリリアはそれを証明してくれることだろう」

 あー、聞いていない。俺は何も聞いていないぞ!

「ともかく、元気そうで何よりだ。それで、今日来た理由は孫自慢をしたいからか?」

「もちろんそれもある。が、ちょっとした提案があってな」

 そう言って数枚の書類を渡してくるガルド。国王に渡すもののためかかなり上質の紙だ。王宮で使っているものより遙かに上質であることには目をつぶろう。

 仕事時間外であるが、こいつからの提案であるならば読まないわけにもいかないだろう。いつも突拍子のないことを言い出す迷惑男ではあるが、その発想によって文明を20年進めたと称えられる偉人でもあるのだ。

「う~む……」

 10分ほどかけて書類を読み終えた俺は小さく唸った。
 平民用の銭湯。それに伴う温泉水路の建設か。

「貧民対策はやらなければならないだろう。現状が良いものではないことも理解している。予算も限られている中、レナード家が建設に力を貸してくれるのも魅力的だ。だがこれは、なんというか、お前らしくもない希望的観測の多い提案だな?」

 確かにこいつの発想は突拍子もないが、それを無駄に豊富な知識で現実的に舗装するのが常なのだ。それなのに、これはまるで、学生時代のガルドと議論していた頃を思い出させるような……。

 かちり、と。
 頭の中で何かがかみ合う音がした。
 思考がガルドの友人としてのものから、国王としてのそれに変化していくのが自分でも分かる。

「……ガルドよ。これは誰が考えたのだ?」

「察しがいいな。我が自慢の孫娘だ」

「リリア嬢か。王という立場では中々会えないのが残念だ。いま何歳だったかな?」

「今年で9つだ」

「そうか。……欲しいな」

 9歳でこれだけのことを考えられるのなら、今から鍛えれば俺やガルドを超える施政者になるだろう。なにより、貴族でありながら弱者の視点に立てているのが素晴らしい。貴族主義の蔓延った現在のこの国に一番必要な人間だ。

「やらんぞ」

「そう言うな。9つでこれなら、10年も鍛えれば立派な施政者だ。子爵家は弟の方が継ぐのだろう? なら国のために働いてもらってもいいじゃないか。……そもそも、こういう提案がされると理解しながらこの話を持ってきたのだろう? お前の気持ちはわかるぞ、ただの子爵家の娘で終わらせるのが惜しくなったのだな?」

 良くも悪くもこいつは人の才を惜しむのだ。
 だからこそ試されていたのかもしれない。
 俺がリリアの才能に気付けばそれでよし。気付かなければ、そんな男に孫娘は任せられないと。

「…………はぁ、」

 らしくもなくため息をつくガルド。

「正直言って才が惜しい。子爵家の女が政治家になれると思うか?」

「ほぼ不可能だな。だが、手がないわけでもない」

「それは?」

「王妃になれば会議での発言権も得られるだろう。なにせこの国には『氷の宰相妃』という前例があるのだから」

「子爵家の娘を国母に? 普通に政治家を目指した方がまだ可能性はあるだろう?」

「銀髪赤目。そして、傾きかけた国家財政をレナード家の財力で補強できるのだ。反対する人間はお前が考えるよりは少ないだろうよ」

「少ないだろうが、反対派は大貴族ばかりになりそうだな」

「その時は『右妃』、『左妃』の前例を持ち出せばいいさ。リリア嬢を右妃にして、左妃は穏当に上位貴族から選べばいい。そうすればリリア嬢が王妃として正面に立たなきゃいけない機会も減るしな」

「リリアにとってもその方が……、………いや、まて。ノリと勢いで話し込んでしまったが、そもそも嫁にはやらんぞ? 貴様とこれ以上縁戚関係を深めるのはゴメンだ」

「ちっ、これだから孫バカは。口約束でもしてしまえばこちらのものだったのに」

「厄介な男だな。気弱そうな見た目のくせに腹黒とか」

「厄介とか、腹黒とか、お前にだけは言われたくないぞ?」

「ぬかせ。……ったく、お前は狙った獲物は逃さないからな。口で言っても諦めないだろうが、一つだけ警告しておいてやる」

「なんだ?」

「あの子――リリアは、目的のためならすべてを諦めることのできる人間だ。たとえ家族だろうが、愛しき人だろうが、目的のためなら切り捨てるだろう」

「なるほど、お前と同類か」

「バカ言うな。俺がリースやアーテル、リリアを諦めるわけがないだろう? たとえ世界を滅ぼしてでも守り抜いてみせるさ」

「そういうところだよ」

 目的愛しき人の為なら世界すらすべて切り捨てるのだから。

 リリアという少女が何を『目的』とするかは分からないが、教育次第では国家安寧に向かわせることも可能だろう。

 もちろん失敗すれば国すら切り捨てる存在になるだろうが……。それでも、放置するよりはいい結果に繋がるはずだ。

 あるいは王太子をその『目的』にすることができれば……。
 となれば、二人を幼なじみにしてしまうことが先決か。そうすれば情も生まれるだろう。

「……とりあえず、偶然の出会いを演出するか。そこから恋愛に発展しても、しなくても、後々やりやすくはなるからな。もちろんガルドも協力するよな?」

「はぁ? 何で俺が?」

「温泉水路の建設許可はいらないのか? 孫娘にいいところを見せる好機だぞ?」

「むぅ」

「それに、デビュタントを迎えれば望まぬ縁談も山のように舞い込むぞ? なにせ銀髪赤目に加えてあの美貌だ。ついでに言えばレナード家の財産目当ての連中も押し寄せるだろう。子爵家程度なら言いなりにできると思っているバカは意外と多いぞ? 全部断るにしても大変な労力だ。下手な断り方をすれば商売にも影響があるだろうなぁ。いや、筋道を通して断ったとしても逆恨みでいくつの貴族が敵に回ることか。その前に王太子との婚約を纏めてしまった方が……」

「……わかった、わかった。この腹黒が。よくもまぁすらすらとこちらに不利なことを並べ立てられるものだな。――リリアと王太子の意志を最優先。これが条件だ。望まない結婚をしてはリリアが可哀想だからな」

「孫バカだな。いいぞ、とりあえずこの『銭湯』が完成したら療養目的で妃と王太子を向かわせよう。そちらにとっても宣伝になるから悪い話ではないはずだ」

「王族御用達か。たしかにいい宣伝だな」

「最近はあいつも寝込むことが多くなったからな。いい気分転換になるだろう。……あぁそうだ。まだないとは思うが、上位貴族からリリア嬢との縁談を申し込まれたら俺に相談しろ。未来の義娘(むすめ)になるかもしれないんだ、こっちの方で潰しておいてやる」

「上位貴族からの縁談を子爵の立場で断るわけにはいかない、だったか? まったく貴族ってのは面倒くさいな」

「半分くらいはお前が原因だよ。あのとき、大人しく公爵になっていればよかったんだ」

「アホゥ、いくら“神槍”とはいえ平民だった俺がいきなり公爵になれるわけがないだろうが。せっかく邪神もいなくなったってのに無駄に国が乱れるじゃないか……。リースからも反対されたしな」

「だが、お前が公爵だったらリリア嬢に余分な縁談は持ち込まれなかっただろう」

「……まだ縁談は一つもない」

「これから山のように増えるさ。美人、銀髪、実家が金持ち。モテない理由がない」

 性格はよく知らないが。リースが教育しているのだからねじ曲がってはいないだろう。今はまだ公式の場に出ていないから他の貴族も様子見をしているが、15歳になりデビュタントを迎えれば状況は一変するだろう。

「……悪夢だ。いっそのこと全員串刺しにしてやろうか」

「やめろ。国が滅びる。……ほら、よく考えてみろ。女の子はいずれ嫁に行ってしまうんだ。他の家に嫁げば社交界の時期以外は相手の領地に戻ってしまうだろうなぁ。お前も隠居したとはいえ王都での仕事は多い。そう簡単に遊びに行くわけにもいかないだろう?」

「ぬぐぐ、」

「だが、王妃になれば基本的に王宮が住まいになる。王宮に忍び込めるお前なら、リリア嬢にいつでも会えるんだぞ?」

「……り、り、リリアは嫁に出さん! ぽっと出の男になんぞに任せられるか!」

「娘の時もそんなこと言って絶交されかけたじゃないか。孫でもやらかすのか?」

「ぐはっ」

 ガルドがテーブルに突っ伏した。“神槍”であり王国最強であろう男が娘や孫の話題になるとこうなるのだから面白い。……いや未だこいつに勝てない騎士団の連中を嘆くべきか?

 まぁよし。
 とりあえず今後の方針は決まったのだ。細かい調整は部下に丸投げすればいい。

 俺はもう一つグラスを取りだし、ワインを注いで(まだ机に突っ伏している)ガルドに手渡した。そのまま乾杯の体勢を取る。

「国家100年の安寧に、乾杯」

「……可愛いリリアの未来に、乾杯」

 この乾杯が、よりよい未来あしたを作ると信じて。


                    ◇


 このときのお話を、私、リリア・レナードが知ったのはそれなりに時間が経ってからのことだった。

 人の将来を勝手に決めるな、とか、結婚するつもりなんてない、とか。貴族らしからぬ主張をする前にこれだけは叫ばせて欲しい。

 ……どうしてこうなった!?



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