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再会 SIDE:ナユハ

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 朝。
 鉱山労働者の朝は早く、必然的に朝食を作る料理人はもっと早く起きなければならない。

 私は罪滅ぼしの一環として朝食準備の手伝いを行っており、その日もいつものように食堂での一仕事を終えて宿舎へと戻ってきた。この後は皆を起こして再び食堂に向かわなければ。

 そんな中、目の前に転移の魔方陣が展開され……このような私を友と呼んでくださったリリア・レナード様と――、長い、黒髪の女性が姿を現した。

 二人は背中を向けているので顔は分からない。
 しかし私がリリア様を見間違えるはずもなし。……いや、そもそも腰まである長い銀髪の少女なんてこの国にはリリア様しかいないのだが。

 リリア様とほぼ同時に現れた黒髪の女性は空中に浮かんでいて、足の膝から下がうっすらと透けている。幽霊だろうか? 朝焼けという時間に幽霊は少し似合わない気がするけれど。

 とにかく、数日ぶりの再会だ。私が不思議と浮かれる心を抑えながらリリア様に声をかけようとすると、お二人は、ずいぶんと息の合ったご様子で手を打ち合わせていた。
 会話の内容はよく分からなかったけれど、親しさだけは伝わってくる。

「…………」

 なぜか心臓が重く感じた。
 なぜか息苦しさを感じた。

 だからだろうか。ちょっとばかり不機嫌な声で『朝っぱらからうるさいですよ』などという失礼な物言いをしてしまったのは。

 続けて口をついて出た毒舌には自分でも呆れてしまう。リリア様が褒めてくださったのに、何と可愛げのないことか。
 けれど、毒を吐いてスッキリとした自分も確かに存在していた。

 原因は分かっている。
 黒い髪と黒い瞳……。私と同じ色彩を持つ少女がリリア様の側にいて、リリア様と親しげに会話をしていたから。

 偏見を持たないリリア様にとっては黒髪も、黒目も、特別なものではない。生まれ持ったものに同情はしないが、かといって重視するようなものでもない。
 きっと私という存在でさえも……。


 ――友達。


 私にとって過分であるはずのその言葉を口にしたのはリリア様との繋がりを確かなものにしたかったせいか。

 大丈夫。
 私などが友人であるなど烏滸おこがましいけれど、それでもリリア様は友達だと言ってくだされた。こんな私を抱きしめてくださった。

 もう大丈夫。
 だからこそ。
 私はリリア様に寄り添う少女に目を向けた。

「リリア様、そちらの方は?」

 発言とほぼ同時、幽霊は私とリリア様を引きはがした。……瞬時に理解する。彼女はに違いないと。

『はじめまして。リリアちゃんの、笹倉愛理です』

 微笑みは宣戦布告だろうか。
 私とて負けるわけにはいかない。
 親の罪。自分の罪。それらは決して消えることはないけれど、ここでの謙遜は、私を友と認めてくださったリリア様を侮辱することに繋がるのだから。

「……そうですか。お初にお目にかかります愛理様。リリア様に友達として認めていただいたナユハでございます。以後、お見知りおきのほどを」

 このとき火花を散らした女性が後に“親友”と呼べる存在になるのだから人生とは面白いと思う。


                    ◇


「――どうしてこうなった!?」

 リリア様が口癖(?)を叫ぶと同時。怪獣(?)大戦争はゴーレムの勝利で幕を閉じた。

 ストーンドラゴンの遺体を巡ってリリア様と妖精様との間でちょっとした争いがあったことは特記すべきだろうか。結果としてはリリア様が異空間(アイテムボックス)へとストーンドラゴンの死体を収納することになった。

 その後は順調に発掘が終わり、王都に豪邸が数件買えそうなくらいの金貨が掘り出された。いや歴史的な価値を加味すれば城一つ買えるかも。
 金貨の価値はレナード商会の娘であるリリア様の方が正確に読み取ったようだ。

「私のポケットには大きすぎるぜ……。たしか埋蔵金の取り分は発見者と土地所有者が半分ずつ……いやそれは前世の話か。う~ん、お爺さまに報告と相談をしなきゃいけないから、今日のところは一旦帰ろうかな」

 そう言ってリリア様は発掘した金貨に薄く土を盛った。
 一応目くらましのつもりらしいけれど、これくらいではすぐに見つかってしまうのではないかと不安になる。リリア様はこういうところが少し雑というか適当というかだらしないというか……。
 いえ、また岩を乗せると掘り返すとき大変なのは理解しますが。

 もう少し気合いを入れて隠した方が、と進言するべきかどうか迷っているうちにリリア様は宿舎に向けて歩き出してしまった。

 ここで転移魔法を使えばいいと思うのだけど、私を宿舎まで送ってくださるらしい。『ナユハみたいな美少女を一人で歩かせるわけにはいかないよ、悪い男に襲われちゃうかもしれないし』と。

 正直、戸惑ってしまう。
 私が美少女であるかどうかは個々人の趣味もあると思うのであえて言及はしないが、このような黒髪黒目の私を襲う物好きはいないだろう。事実、今までの人生において(特に庶民となって貴族令嬢としての護衛が付かなくなってからも)そのような危険に遭遇したことは無い。

 いや黒髪黒目という理由で敵意を向けられたり足早に逃げられたことはあるが、それらは『襲われる』とはまた違うだろう。

 でも心配してもらえるのは嬉しくて。しかし私のような罪人にそんな資格は無いはずで……。リリア様といると、自分という存在を勘違いしてしまいそうになる。私も、年頃の普通の女の子ではないのか? と。

 そんなはずはないのに。
 私は誰よりも罪深いのに。

 自嘲しているとリリア様が立ち止まった。いつの間にか宿舎前に到着していたらしい。

 リリア様が振り向く。
 腰まで伸びた銀髪が揺れる。
 宝石のように美しい灼眼が私の姿を捕らえた。

 我が国随一の魔力保持量。
 王国一の商会、レナードの愛娘。
 そして、いずれは“神槍”を継ぐであろう者。

 そんな肩書きだけで他者を気後れさせる彼女はしかし、年相応の可愛らしい笑顔を私に向けてくださった。

「じゃあ、ナユハ。また遊びに来るから、くれぐれも無茶をしちゃダメだよ?」

『ナユハさんとは今度じっくりお話しする必要があると思うので、よろしくね? 特にリリアちゃんのことに関して』

 リリア様と愛理様はそんな挨拶をしてから王都へと転移した。
 無詠唱での長距離転移。それがどれだけ非常識なことであるか……きっとリリア様はご理解されていないのだろう。身近な比較対象が『当代一の魔女』と称えられたリース様(祖母)であることも一因か。

「…………」

 お二方の善意に答えるならすぐに宿舎の自室へと戻るべきだ。
 しかし私はどうにも気になってしまった。城一つ買えるほどの金貨。それを、土を被せたくらいで放置できるほど私は剛胆な性格をしていなかったのだ。

 きっとこのままでは寝床に入った後も不安になって眠れない。それどころか様子を見に行かなければ気が済まないだろう。

 なら、夜中に行くよりはまだ日が出ているうちに。私の稟質魔法リタットを使えば簡単に掘り返せない程度の岩を積めるはず。
 そうと決めた私は踵を返して金貨のある場所へと戻ることにした。
 さほど時間をかけることなく目的の場へ到着する。

「……え?」

 金貨を残した発掘穴。
 深さ10メートルはありそうなその穴の中に3人の男性がいて、リリア様が被せた土を掘り起こしていた。

 財宝発掘が他の人間にバレてしまったのは……そう不思議なことではないのかもしれない。たしかにこの区域は廃棄され人が近づかない場所だが、ストーンドラゴンとゴーレムの戦いの際に発生した音は鉱山まで届いただろうから。この連中が様子見に駆けつけて発掘作業を見ていた可能性は十分にある。

 他の作業員が駆けつけなかった理由は採掘坑内で作業をしていて音が聞こえなかったか、あるいは発破魔法の音と勘違いしたか……。まぁとにかく、今するべきは原因究明ではなく盗掘犯の確保だろう。

「無窮の――」

 稟質魔法リタットを発動、する直前に口をふさがれた。
 他の魔術でもそうだが、言葉を発せられなければ魔法を使うことはできない。無詠唱魔法など本来は数十年修行した大魔術師が至れる境地なのだ。

「おっと、喋るなよクソガキ。死にたくなかったらな」

 不愉快な男の声。この時点でやっと背後から忍び寄ってきた男に捕まったのだと認識する。
 何とか拘束から逃れようとするが、おそらくは鉱山労働者なのだろう、鍛え上げられた肉体相手に私はろくな抵抗もできなかった。

「おいオメェら! ロープもってこい! 口枷になりそうな布もだ!」

 私を拘束した男が盗掘者共を怒鳴りつけた。慌てた様子で三人が駆け寄ってくる。

「兄貴、そんな黒髪どうするんでさぁ?」

「娼館にも売れねぇでしょう? 見られたのならしょうがねぇ……殺っちまいますか?」

「殺すのは後々面倒だ。どうせなら町まで降りて売っちまおう」

「えぇ?」

 売れるのか? と疑問を顔に出す男。金にならない女を町まで運ぶよりは近くの森で殺してしまった方が楽なのだろう。どうせ黒髪が一人殺されたところでまともな捜査もされないのだし。
 そんな反応を見て背後の男がどこか自慢げに声を上げた。

「海の向こうじゃ黒髪も需要があるらしい。こいつは顔だけなら綺麗だから高く売れる。……それに、こいつがいなくなれば財宝もこいつが盗んで逃げたと思われるだろう。しょせんこいつは罪人の娘だ」

 悔しいが、男の言葉は間違っていない。
 財宝が盗掘され、黒髪の私がいなくなれば……私が盗んだと考えるのが普通の人だ。不吉だと忌み嫌われる黒髪黒目で、しかも大罪を犯したデーリン伯爵家の娘なのだから。

(それでも、リリア様なら……)

 淡い期待に内心で首を横に振る。いくらなんでも都合がよすぎる考えだ。友達と呼んでもらえたとはいえ、お互い出会ったばかり。信じるには時間も交流も少なすぎる。しかも数十年来の親友であろうともあっさり裏切るのが貴族という人種なのだから。

(……それに、よく考えれば私にふさわしい展開だ)

 罪を犯した女が断罪され、ざまぁないなと嘲笑されながら娼館に売り飛ばされる。物語の結末にはよく存在し、そして――私のためにあるような“役目”だ。

 リリア様であれば『どうしてこうなった!?』と叫んだかもしれない。
 でも、私は現状を受け入れた。
 因果応報。
 罪人である私に文句を言う資格はないのだから。


 
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