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王太子と、謝罪

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 はいこんにちは。王太子殿下の“友達”になったリリア・レナードちゃんです。

 いや無理だから。殿下からの申し出を断るとか無理だから。一応は貴族令嬢なわたくしにそのような選択肢はございませんともさ。

 しかも殿下は本気だったし。えぇそう、急な友達提案にビックリしてつい“左目”で心を読んじゃいましたよ。ワタシ・ワルクナイ。

 ……殿下は本気だった。
 本気で私と友達になりたがっていた。

 レナード商会とか、銀髪とか、妖精の愛し子とか。そんな煩わしいものなんて関係なく『私』と友達になりたいと口にしてくれた。

 まぁ、正直、嬉しくないと言えば嘘になる。


『ちょろいよねー』
『恋愛経験絶無だものねー』
『イケメン美少女から迫られたらコロッと落ちちゃうかー』


 うっさいわ。
 しょうがないじゃん前世も今世も友達少ないんだから。


『大丈夫だいじょうぶー』
『妖精さんも友達だー』
『大切な友達には波瀾万丈な人生をプレゼントー』


 なんて傍迷惑な!
 あぁでも王太子の友達とか超波瀾万丈だね! この有言実行鬼畜妖精共が!


『この程度で波瀾万丈とか片腹痛いよねー』
『妖精さんの本気を思い知れー』
『まぁ、こっちが何かしなくても勝手に愉快な人生を送るだろうけどー』
『むしろそっちの方が面白そうー』


 …………。

 泣いていい? 泣いていいだろうか?

 ……ま、まぁでも大丈夫。未来の国王陛下とただの子爵家令嬢が会うことなんて滅多にないから。殿下だって何度もお忍びでやって来るほど暇じゃないし、子爵家令嬢の私が登城する機会もない。今までとそう変わらない毎日を過ごせるはずだ。

 もしも関わりが深くなるとすれば15歳になって学園に入学してから。それまでに王太子対策を考えれば問題ナッシング! なぜなら私にはゲームの知識があるのだから!


『……考えが甘いよねー』
『婚約者の筆頭候補って自覚無しかー』
『状況がここまで変わっているのにゲーム知識が役立つわけがないしー』
『やっぱり勝手に愉快な人生を送るのかー』
『というか言葉のチョイスがオバサン――』


「うっさいわ!」

 妖精さんにちゅどーんと雷魔法を落とす私であった。今日も平和だ。平和なんだって。


                      ◇


 そんな平和な日々はいとも簡単に破壊された。

「やぁ、リリア。久しぶり――というほどでもないかな?」

 イケメンスマイルを浮かべているのは王太子殿下。いや、リュース様。『友達なのだから名前で呼んで欲しいな』とお願いされた結果、このような呼び方になった。

 なお、その『お願い』に拒否権はない。なにせ相手は王太子だ。

 あ~、めんどくさ。ちょっとの失敗で不敬罪まっしぐらな方々と付き合うとかどんな罰ゲームやねん。ファンディスクのリリア(悪役令嬢)はよくもまぁ自分から婚約者になったり恋敵を排除したりしたなぁ。譲れるものなら譲ってしまいたい、積極的に。

 いやしかしまだ婚約者になっていないからセーフ。むしろ私の非常識さを思い知れば離れていくだろう。自分に言い聞かせた私はおばあ様仕込みのカーテシーを決めた。

「お久しゅうございます、リュース様。本日はお早いお着きで、お迎えに参れなかったこと――」

「あぁ、いいよ。こちらが勝手に来たのだからね。気にしないでくれ。……それと、『友達』なのだからもう少し砕けた態度で構わないよ?」

「…………」

 前世平民に無茶振りしないで!

 ……いや、待てよ? ここで王太子と“友達”的に気軽な付き合い方をしてしまえば、周りの大人たちが『あの子は最低限の礼節も学んでいない。王妃にはふさわしくない』と判断するはず! 王族や貴族の結婚は本人の意志よりも周囲の意見が重視されるものね! それに気づくとはやはり私は天才だ! 

 よし、そうと決まれば9歳児らしい言動を心がけなきゃね。

「じゃあ、お言葉に甘えて。リュースは何でまた早く来たのかな?」

「…………」

 ふふふ、驚いている驚いている。私の非常識な言動に恐れおののくがいいさ! 特に周りの大人が! 隠れているつもりの護衛さん! 報告よろしくね!

 私が自分の天才さに胸を張っていると、リュースが何とか落ち着いた声を絞り出した。

「あ、あぁ。ギルスがリリアに謝りたいと言ってきてね。非公式な場になってしまうが、受けてやってはくれないだろうか?」

「ぎるす?」

 誰だっけ? 私はこれでも貴族子女。自己紹介された人間の顔と名前は覚えているのだけど……。

「リリアが『姉御パンチ』した男だよ」

「…………、……あぁ、はいはい」

 騎士団長の息子ね。ナユハに槍を向けた大馬鹿野郎。そもそも自己紹介をしていなかったでござる。

 ここで断ると話を持ってきたリュースの顔に泥を塗ることになる。私が渋々受け入れると、リュースが背後に目配せした。控えていたメイドさん(の格好をしているけど身のこなしからして護衛)が部屋を出ていった。

 ちなみに、私の側にはメイドとしてナユハと愛理が控えている。まだ子供とはいえ、貴族の女が男性と二人きりになるなんてありえないからね。後々あることないこと言われないためにも、こちら側からもメイドという証人を連れていないとダメなのだ。

 まぁ、リュースは女の子なのだけど。周りは男と認識しているのだから、こちらも同じように対応しないとね。

 ほんと、貴族って面倒くさい。
 さっさとドロップアウトして庶民なスローライフを送りたいものである。

 そんなことを考えているうちにメイドさんがアホの子――じゃなかった、ギルスを連れてきてくれた。

 顔は無事に治ったらしい。ちょっと安心した。下手な治療をされていたら私がやり直さなきゃいけなかったからね。

「リリア嬢! この前はすまなかった!」

 いかにも体育会系な大声と勢いで頭を下げるギルス。

「頭を上げてくださいませ。ギルス様が謝罪することはありませんわ」

 許す。
 とは、一言も言っていない。

 王太子殿下がいるから穏当に対応しているけど、許したわけじゃないよ? 謝ったくらいで解決すると思っているの? という貴族らしい遠回しな意思表示。

 なのだけど、アホの子では理解してくれないだろうなぁ。

「おぉ! そうか! ありがたい! これで俺も心置きなく旅に出られるというものだ!」

 やっぱり理解してくれなかった。私が許したことになっているし……。まぁそれは予想通りなので諦めるとして……。旅? 旅ってどういうことだろう?

 私の表情から疑問を察したのかリュースが説明してくれた。

「ギルスはまだ未熟であると判断されてな。私の側近候補から外されることとなった。また、ギルス本人も自らの至らなさを反省し、家を出て修行の旅に出るそうだ」

「……まぁ、そうなのですか」

 どうしてこうなった!? ギルスは原作ゲームでずっと王太子の側近をやっていたキャラじゃん! それが側近候補から外されて、しかも旅に出る!? そんなのどんなルートにもなかったはずだよね!?

 ……は!? ファンディスク! 璃々愛もやらなかったファンディスクにはそんなルートもあったのかもしれない!
 私は半ば諦めつつファンディスクの内容を知っている愛理を横目で見た。

 残念そうに首を横に振る愛理ちゃん。ですよねー、私でもちょっと無理があると思いますもん。ギルス自体がファンディスクで追加シナリオ作られるほど人気のあるキャラじゃないし。むしろ新規スチルが一枚もなくて伝説になった(らしい)不人気さんだ。

「では! しばしの別れだリリア嬢! いつかキミに勝てるほど強くなって戻ってくるから、首を長くして待っていてくれ!」

 爽やかな笑顔(歯キラーン付き)を浮かべながらギルスは去って行った。殿下への挨拶も無しに。

 どうしよう? ツッコミどころが多すぎるんだけど、そもそも彼の行動にツッコミをしたくないなぁ。正直もう関わりたくない。

 ――あの男、結局ナユハに謝っていないし。

 こんなにも可憐で、こんなにも可愛くて、もはや私の嫁と言っても過言ではないナユハたんに槍を向けておいて、謝罪無し。もうワイバーンに頭を囓られればいいんじゃないのかな?

 個人的にはそんな野郎が旅に出ようが何しようがどうでもいいのだけど、でも、彼がいなくなるとゲームのシナリオはだいぶ狂うだろうなぁ……。

 ……どうしてこうなった?



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