【完結】僕と聖と、繰り返した夏の日に

九條葉月

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08.日常

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 生徒会の仕事を終えた秀一がやって来たのでその日は解散となり。僕はスーパーで緑色のカップうどんや食材を買い込んでから帰宅した。今日の晩ご飯は聖が好きな・・・・・ハンバーグである。

(……ん?)

 どうして僕は聖の好きなものを知っているんだろう?

 疑問が鎌首を持ち上げたけれど、すぐに考えるのを止めた。周囲の認識を弄っているのだから、僕に影響がない方がおかしいのだ。

「ただいま」

 聖は小説でも読んでいるのかなと考えながら玄関を開けると、

「――おかえりなさい」

 相変わらずの無表情で。
 それでも、ちゃんと玄関までやって来ていた聖が出迎えてくれた。

「……うん、ただいま」

 ちょっと気恥ずかしくなりながらも、うまく笑えていたと思う。

「今日はハンバーグだよ」

「ん。ハンバーグ、好き」

 相も変わらず無表情のまま「わーい」とばかりに両手を挙げる聖だった。このギャップのある反応にも慣れてきたかもしれない。

「じゃあ早速準備しちゃおうか」

「ん。手伝う」

「……手伝う?」

「手伝う」

 やる気を見せるように両手を挙げる聖だった。顔は無表情のままだったけど。

 大丈夫なの? 火事になったりヤケドしたりしない? 燃え盛る自宅とかヤケドして涙目の聖とか一瞬で脳内を駆け巡ったけれど、かといって「危ないから駄目」とは言いにくいしなぁ。

 ま、僕が側で見守っていればいいか。
 そう判断した僕はさっそく台所に向かい、ボウルなどを準備し始めた。

「ん。じゃあ私はタマネギを切る」

 迷うことなく包丁を手にし、いつの間にか皮を剥いたタマネギを掲げる聖。
 大丈夫なの? と、心配の声を掛ける前に聖は慣れた手つきでタマネギのみじん切りを始めた。

 かなりのスピード。包丁に対する恐怖心なんて微塵も感じ取れない。
 そしてなにより、タマネギを切っているというのに涙目になる様子がない。そこはさすが神様と言ったところなのだろうか?

 タマネギのみじん切りをする神様は初めて見たわ。
 いや、それ以前に神様を見たことが初めてなんだけどね。

 ……おっと、見とれていては聖がみじん切りを終えてしまう。ちょっと焦った僕は急いで準備に取りかかったのだった。


                        ◇


「ん。美味しい」

 ちゃんと「いただきます」をしてから聖は手作りハンバーグに舌鼓を打っていた。ちなみに献立としてはハンバーグと緑のカップうどん。およそ年頃の女子が食べるとは思えないわんぱくな晩ご飯だ。せめてものバランス調整にとサラダを準備したけど、どこまで効果があるものか。

「聖はずっと小説を読んでいたの?」

「ん。もうすぐ全部読み終わる」

「……僕の小説を?」

「ん」

 そりゃあ僕はまだ高校生だし、大した量を書いてきたわけでもない。でも、一日で「もうすぐ全部読み終わる」程度の分量ではないはず。

 神様って読書スピードも速いのだろうか?

 問題は冗談じゃなく読む本がなくなっちゃいそうなことか。家にある本もそんなに数があるわけじゃないし。

 タブレットで読み放題を使うという手も……いや、有料の本を大量購入されたらマズいよなぁ。

 あとで図書館の場所でも教えるかな。
 そんなことを考える僕だった。


                  ◇


 聖がやって来てから、一週間ほど。

 神様との同居だけど、特段変わったことは起きていない。聖には(なぜだか)人間社会の常識が備わっていて、変な行動はしないからだ。

 いや、僕の家に乗り込んできて同居を始めただけで一発アウトレベルなのだけど……。それ以外は本当に、ビックリするほど常識的だったのだ。

 こういうのって聖が非常識な言動をして、僕が巻き込まれて酷い目に遭うのがお約束じゃないの? と、考えてしまう僕は創作のしすぎだろうか?

 聖自身は個性的な言動をするけれど、それもあくまで『変人』程度のおかしさ。初めて現代社会を経験するであろう神様とは思えないほど適応能力が高かったのだ。

 でも、そろそろ家の中の本を読み尽くされそうなので、これは今度の休みに図書館を案内するべきかもしれない。

 図書館で読むならまだしも、借りてくるなら貸し出しカードが必要で、カードを作るには身分証明書を準備しなくちゃいけなかったはず。

 だけど、まぁ、聖ならその辺も上手くやってくれるんじゃないだろうか?

 そんな計画を立てつつ、いつものように伶桜と合流し、学校に到着。授業中に思いついた展開を休み時間にノートに書き写していると――

「――稗田ひえだ

 不意に名前を呼ばれた。稗田悠。僕の名前で間違いない。

「ん?」

 顔を上げると、そこにいたのは厳つい男子高校生だった。

 同じクラスの佐山君。
 今年から野球部のキャプテンになったらしい、快活な男子だ。その声の大きさと人を引き付ける不思議な魅力からリーダーシップを取っていることも多い。

 実家は大工だか材木店だかをやっていて、休日にはよく家の手伝いをしているのだとか。
 運動部で、皆の前に立てて、力仕事もできる。まぁ、僕みたいなインドアの物書きとは正反対と言える人物だ。

 ゆえにこそ同じクラスとはいえほとんど喋ったこともなかったはず。だというのに急に話しかけてくるだなんて……。訝しげな目を向けてしまった僕、悪くないと思う。

「いや、変なつもりはないんだ」

 僕の視線の冷たさに慌てたのかそんな言い訳をする佐山君。その後も説明なんだか言い訳なんだかよく分からないことをグダグダと並べ立て続けて。僕がそろそろ本題は何かと聞こうとしたら――

「――いいかげんにしろ!」

 乱雑な言葉と共に佐山君へ肘鉄を食らわしたのは、宮本さん。ざっくばらんとした美少女で、たしか佐山君とは幼なじみであったはず。

 幼なじみの男女が同じクラスで、気安い間柄で……おっといけない、妄想の中にダイビングするところだった。

「ごめんねー、いきなり変態が声を掛けちゃって」

 軽く手を上げて謝ってくる宮本さん。もしかしなくても『変態』って佐山君のこと? リアル幼なじみ、強い。

 ちなみに僕と秀一も幼なじみだけど、あんな完璧超人秀一君に肘鉄を食らわせたり変態扱いする勇気はない。

「え~っと……?」

 突然の宮本さんの乱入に僕が戸惑っていると、宮本さんはバンバンと佐山君の背中を叩いた。話の先を促しているんだと思う。

 それでもなお「いや……」、「そのだな……」と逡巡する佐山君を見かねたのか、宮本さんが本題を話し始めてしまった。

「健二のヤツ、佐倉ちゃんに惚れたみたいでさ」

「ほれた?」

 健二というのがたしか佐山君の名前で、佐倉というのは――伶桜?

「佐倉伶桜のこと?」

「うん、そう。伶桜ちゃん。コイツ自分から話しかける勇気がないからさ、キミに仲介して欲しいんだって」

「…………」

 うん、まぁ、伶桜はビックリするほどの美少女だし、驚くほど性格もいいのでモテてしまうのも理解できる。学年が違い、部活も違うとなれば話しかけるのも難しいというのも分かる。

 でも、端から僕が『恋のライバル』として目されていないのは……。いや、しょうがないか。うん、しょうがない。世界とはそういうものなのだから。むしろ秀一が伶桜の彼氏なんじゃないかと目されることが多いのに、それでも仲良くなろうとする佐山君のなんと勇気あることか。

「仲介ねぇ……? とりあえず、伶桜に話をすればいいのかな?」

「手間かけさせちゃってごめんねー。迷惑だったら容赦なく振っていいって佐倉ちゃんに伝えといてよ」

「いや、俺は真剣にだな……」

 抗議の声を上げる佐山君に、宮本さんが再びの肘鉄を。

「真剣だっていうのなら人様に手間を掛けさせないでラブレターでも下駄箱に突っ込めばいいでしょうが」

 ラブレター。
 下駄箱。

 イマドキの高校生で、そんな古式ゆかしいことをする人っているの? いや、レトロで逆にオシャレとか? う~ん分からない。高校生らしい高校生って何だろう? しまった、現役高校生なんだからもっと高校生らしい生活を送るべきなのか……? 小説のネタのために。

 僕が頭を悩ましていると、宮本さんは「よろしくね~」っと軽く手を上げながら自分の席に帰っていった。まだウダウダしている佐山君を引っ張って。

 僕に対してすらあんな煮え切らない感じだった佐山君は、伶桜を前にして無事に告白できるのだろうか? 伶桜って冗談じゃないレベルの美少女なんだけど……。ちょっと心配になってしまう僕だった。


         ◇


 放課後。

 文芸部の部室にやって来た伶桜に、僕は早速あの話をすることにした。

 実を言うと、こういう「紹介して! いいでしょ?」系の話は秀一で慣れている僕である。イケメン好人物の幼なじみを舐めないでいただきたい。

「そういえば、僕のクラスメイトに、伶桜と仲良くなりたいって男子がいるんだけど……」

 どうかな、という発言は続けられなかった。伶桜がジロリと半眼をこちらに向けてきたためだ。

「男子?」

「え、あ、はい。男子です」

 伶桜の圧力に負けて敬語になってしまう僕だった。

「ししょーとはどういう関係で?」

「く、クラスメイトという以外に接点はないかなー、なんて」

「…………。……なぜ私と仲良くなりたいのに、ししょーに頼むんですか? 私に直接話しかければいいでしょう?」

「…………」

 あかん。佐山君の好感度が最初からマイナスに。やはりこういうのは自分でやった方が良かったのでは?

「そ、それはまぁ佐山君とは同じクラスだし。僕と伶桜は同じ部活だし。むしろ僕以外だと誰に頼めって話だと思うよ?」

「……実は、私は口実なのでは?」

「はい?」

「本当は、ししょーのことを狙っているのでは!?」

 なんでやねん。

 思わず関西弁(?)で突っ込んでしまう僕だった。伶桜は基本的にはいい子だし、基本的には常識があるんだけど……そこはやはり物書き。いきなり突拍子のない妄想を爆発させることがあるのだ。

 だいたい僕を狙うくらいならもっと別の人がいるでしょう。それこそ宮本さんとか。大穴で秀一とか。何を隠そう秀一は一部の男子からの人気が非常に高いのだ。

 僕にはよく分からないけどBLってやつ? マッチョな男性と線の細いイケメンの組み合わせは人気が出るのでは? 僕にはよく分からないけど。

「いや、まぁ、それは無いと思うよ?」

「分かりませんよ! ししょーは意外と人気がありますからね!」

 それはない。

 秀一や伶桜といった美少年・美少女に囲まれているから分かる。僕はそういう人気の出るタイプじゃない。

 というか、
 そもそも、
 僕は男に興味はありません。

 あと、伶桜からも『意外と』と思われているのが地味にショックだった。分かっていたけどさー。普通に人気がないのは分かっていたけどさー。

 なぜ僕が心を抉られなければならないのか。それもこれもすべて佐山君が悪い。悪いということにした。

「う~ん、とりあえず、仲介を頼まれたから今度時間を作ってくれると嬉しいかなーって」

「デートしろってことですか?」

「そこまでは言わないけど、放課後にちょっと二人きりの時間を……いやでもいきなり告白されても伶桜は戸惑うかな? 佐山君のことはよく知らないだろうし……」

 うーんうーんと悩む僕のことを伶桜は呆れたような目で見つめていたけれど、何かを思いついたように両手を叩いた。

「では! デートしましょう!」

「え? いいの?」

「はい! でもいきなり二人きりというのは不安なので――ししょーも付いてきてください!」

 なんでやねん。
 本日二度目の関西弁ツッコミであった。

 ちょっと、そういう「おい、邪魔するなよ空気読めよ」系の反応は秀一関連で腐るほどされてきたんだけど? この上さらに伶桜もそういう系に加わるの? そろそろ背中から刺されない僕?

「可愛い後輩が! 見ず知らずの人から迫られて不安になっているのに! ししょーは見捨てるのですか!?」

 自分で可愛いと言い出したよこの子。事実だからツッコミしにくいなぁ。

 あと、伶桜の立場からすると確かに『見ず知らずの人から――』というのは不安になって当然なので、話を持ってきたこちらとしても罪悪感が……。

 ……僕が参加して、あちらからは宮本さんが参加すれば大丈夫かな? 表向きはダブルデートって感じで。

 とりあえず、あの二人と相談しようと決めた僕だった。

「……ししょーって本当に流されやすいですよね」

 流した張本人からのとんでもない発言であった。



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