【完結】僕と聖と、繰り返した夏の日に

九條葉月

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015.めでたし、めでたし

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「――できた」

 ノートPCの前で僕は大きく息を吐いた。
 苦節15日くらい。途中で何度も諦めそうになったけど、それでも僕は一本の小説を書き上げた。

 人を殺すような小説ではなく。
 ただ、一人の少女を救うための小説を。

 一旦深呼吸をして心と身体を落ち着けてから、僕は作品の〆となる最後の一文を打ち込んだ。

 ――こうして、人間の少女と神様の少女は末永く幸せに暮らしましたとさ。

 終わりを宣告するかように、ノートPCのEnterキーを強く押す。特に意味はないけど、最後の仕上げとして。これで終わったのだという区切りのために。

「はぁあああぁあぁああぁああぁああ…………」

 脱力感。
 もう一歩たりとも動きたくない。

 だというのに、心は大満足。

 早まる心臓の鼓動が心地いいし、窓から見える空は一層輝いているし、今なら世界すら変えられそうなほどの全能感がある。

 あぁ、これだ。
 小説を一本書き上げた直後の、この感じ。

 ――かつて。僕は、このときのために小説を書いていたんだ。

 この快感を。達成感を。何度も何度も経験したくて。

 でも、それも過去の話。
 これからは、誰かのために小説を書こう。

 小説家になれなくてもいいや。
 普通に就職したり結婚したりして、小説家を目指すような余裕がなくなっても、いい。
 締め切りに追われることはないし、人気が出るか出ないかで胃を痛くする必要もない。

 だって――

「――ん」

 ノートPCを後ろからひったくられる。

 懐かしい声。
 聞き間違えるはずがない。

 期待と、期待と、期待。
 もはや確信を抱きながら僕は後ろを振り向いた。

 ――聖がいた。

 感動的な登場も、涙を誘う言葉もなく。普通に、最初からここにいたかのように。ただ、ただ、熱心に僕の小説を読んでいる。聖らしいというか、なんというか……。

 今まで何をしていたの?

 もう大丈夫なの?

 何か言ってくれれば良かったのに。

 次々に浮かんでくるそんな言葉たち。でも、なんだかしっくりこない僕だった。もうちょっとこう、僕と聖に相応しい言葉があるような気がして……。

「……あ」

 そうだ。

 あの言葉を掛けよう。

 何度も聖からは掛けてもらって。
 でも、僕から聖には言ったことがない、あの言葉を。
 僕が出かけるときは聖も一緒だったから。結局、使うことがなかったんだよね。

 なんだかちょっと恥ずかしいな、という心を押さえつけ。

 聖はどんな顔をするかなと期待しながら。

 僕は、聖に、その言葉を掛けた。

「――おかえり」

 僕の声が予想外だったのか。聖は珍しく小説を読むのを途中でやめて、僕の顔を見上げてきた。

 懐かしい顔だ。
 相変わらず、綺麗な子だった。

 伶桜の魅力が燦々と降り注ぐ太陽のような活発さにあるとするならば、聖は静かな冬の夜に浮かぶ月のような。動と静。活気と静穏。そんな、伶桜とは対照的な『美』を有する美少女だ。

 そんな聖は珍しくその無表情を崩して。
 少し恥ずかしそうな笑みを浮かべながら、言った。

「……ただいま、悠」

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