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第三話 小学校

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こうして読み書きも会話も礼儀作法も、呑気に集団生活を送っていたであろう同年齢の子ども達に比べると、小学校入学の段階から頭一つとびぬけていたのは事実だ。銭湯で学校に上がる前の子どもが一生懸命に頑張っているとおっちゃん達同様におばちゃん達からも可愛がられるもので

「小学校入学時に新しく買い揃えなければならなかったものは殆どなかった」

とのちに聞いた。大人の中でちょっとこまっしゃくれた子どもとして育ったので、同級生が祖父母の見栄で買ってもらった重たそうなランドセルに背負われる中、オレは上級生からおさがりで貰ったスポーツバッグを片側から下げて登校した。先生の中には戦争を経験された方もいらっしゃり、現代の様な『先生にタメグチ』とか『モンスターピアレンツ』なんて考えられない世代で、先生から顔にビンタを貰ったら逆に親が

「ありがとうございます」

という時代だったし、わけの分からない校則よりも礼儀正しく元気よく、青っぱなを垂らしていようとも学校を休まないことが美徳だった。陰湿な弱い者イジメなんていう風潮は無かったし、多少のイザコザはあってもオレのような小学校入学早々から暴れん坊がその場を収めてしまう空気感だ。

同じ幼稚園とか同じ保育園のヤツラはある意味持ち上がりなわけで『持ち上がり仲良し小集団』みたいなのが自然とできていて、オレみたいなどこにも行っていないヤツは大体『場を仕切るタイプ』言い換えれば『集団を統率するタイプ』に必然的になっていったんだと思う。何故かと言われると困っちゃうんだけど、違いがあるとするならば

(幼い内から自分で考えて物事を判断する習慣が身についていた)

のではないかと考える。そんな小学一年生の内から場の空気を仕切っちまう奴が他のクラスにも居るって聞いて、いろんな奴に話を聞きながら探してみると、オレは三組でソイツは十五組に居るってことがわかった。そうとわかりゃ話は早い、持ち前の行動力で見に行ってびっくりしたさ、お互いに。

「あれ?」

同じ秘密基地でマブダチになった同士が小学校でまさかの再開、そして互いの胸についている名札を見て初めて名前を知るっていう不可思議。しかも引っ越したのが小学校を挟んで反対側、そりゃ幼児にとってはもの凄く遠くに離れた感じがしてもおかしくない。小学校には制服がないから、オレは近所の兄ちゃんたちのオサガリで、スポーツメーカーの上下ジャージ、ヤツは長ズボンにパーカー姿で登下校していた。

そろそろ・・・

(アイツとかヤツとか誰なの?)

ってなると思うからちゃんと紹介しておく。防空壕の秘密基地で会ってマブダチになった、金城 麗(かねしろ れい)は爺ちゃん婆ちゃんが沖縄っていうすごい遠いところの出身らしく、平たい顔をした日本人というよりはどちらかと言えばはっきりとしたわかりやすい顔立ち。オレの名前は漆原 心白(うるしはら こはく)で、その日から

「レイ、コハク」

って呼び合うようになった。まだ小学生になりたてで自分の名前を漢字で書くことも難しい年齢だから、当然相手の名前を漢字で覚えるなんてことは無く、何より名札にひらがなで書かれているからある程度の年齢になるまではお互いのフルネームなんて知らなかった。体育の授業というより運動のお時間でもオレらの身体能力は群を抜いていて、やっぱり草っぱらを走り回って基地を作ってきた奴と、山林を走り回って基地を作ってきた奴は筋肉の付き方がスタートから他の子ども達とは違うんだ。もちろんボールだけではなくて互いに走り方から教育されているものだから、かけっこにしたって勝ち負けなんてレベルじゃなくて、もうぶっちぎり!唯一のライバルは言わずもがな、レイだった。

小学校一年生なんていうと『幼くてかわいらしい』なんてイメージを世間一般では持つけれど、オレとレイは全くの別物。

「一年のくせに生意気な奴がいる」

とほぼ毎日のように体育館の裏など人目のつかない所に上級生から呼び出されるも、相手が五年生だろうが六年生だろうがことごとく返り討ち。野山で鍛えられた根性と肉体は、そんじょそこらのワルガキ程度じゃ全く相手にならないほどで、何をやらせても負けなかった。

唯一の違いは勉強だ。オレは雨が降ると爺ちゃんに教えてもらいながら辞書を引いて新聞を読んできたお陰で何の苦労もないが、レイはそんな事やってきていないから成績は下から数えた方が早い。小学校六年間の思い出と言えば、二人で何人相手に喧嘩してきたかわからない事と、ずっとレイに勉強を教えてきたくらいだ。高学年になってくると確かに難しくなってくるのはわかるんだけど、オレはこう見えて早朝とか時間見つけて予習しっかりしてたのよ、補習授業とかで残されたら嫌だから。でもレイは本当に母ちゃん呼び出しばっかりくらってたから、テスト前になるといつも家に上がり込んで勉強教えてた。バカやってるオレには勉強がわからない人間の気持ちもわかるから、小学校三年生から一緒に復習やり直したよ。算数なんてものは大体ある程度になると嫌いになるヤツが増えるんだけど、

(どこが、何がわからないのかがわかってない)

から嫌いになっちまうんだよ。『そもそもの根本は足し算引き算で、掛け算割り算はそれを短縮させたものだ』ってところからやり直し始めると、小学校三年生のドリルくらいは簡単に解けて良い気分になるから、そこからやり直すのが一番早いんだよね。方程式とか関数とか出てくると

「あー、意味が分かんねえー!」

ってなりがちなんだけど、全ては小学校三年生の基礎をやり直せば自然とわかるようになるんだよ。国語だってそうさ、例えば小さい頃から辞書引きながら読んできた新聞。まあ漢字は自然に覚えてきたってのもあるけど、

「長文読解とかって無理だわー」

って相談をよく受けていたんだけど、さっき書いた新聞に例えると答えなんか一番でっかく書いてあるじゃん、見出しにさ。要するに『国語の文章読解は長い文章が書かれているだけで答えは全部書いてある』って事に気付くか気付かないかだけのことなんだよね。今から思えば『たかだか小学校のお勉強ごっこ』だったんだけど、中学高校と進んで受験という壁にぶつかってみるとわかるんだよ、この時のお勉強ごっこがいかに重要だったのかが。

先生から叱られる事なんてほとんどなかったが、唯一あったとするならば授業中にコックリをかまして、出席簿の角っこの鉄の部分で頭をガツンとやられるくらいのものだ。ベビーブームで十五クラスまであり、先生方もそこまで目を配っていられない半面、オレたちみたいなガキ大将が子ども同士うまくまとめてくれた方が楽だったのではないかと思う。

髪型は前から見たらスポーツ刈りだが後ろだけを伸ばす『ウルフカット』にしていて、見た目にもヤンチャっぷりさが演出される中、成績優秀で運動成績も抜群。学級委員なんてものに勝手に選ばれながらも、終礼後の教室掃除などは一切やらずに学校を飛び出していく生徒だった。それでも咎められなかったのは、朝刊と夕刊の新聞配達に毎日欠かさず通っていたからだ。別に親父の収入で生活が苦しいとか言う訳ではなかったが、配達して感謝されるのが嬉しくって続けていたな。

当時はリアルにいたんだよ、鉛筆や消しゴムが小さくなっても親になかなか買ってもらえない家庭環境の子が。そういう子には新聞配達で貰ったお給料を親父にちゃんと渡して、そこから貰ったお金で時には買い食いもしたり、文房具に困っている子なんかを助けてあげたりもしていた。でも、そいつらは給食の時間になると強烈なライバルに変身するのな!デザートのプリンなんかは弱っちいヤツにくれてやるけど、必ず余るビンの牛乳を毎日どっちがたくさん飲めるか勝負したもんだ。このバトルも途中から牛乳が、三角パックの味気ないストロー付きに代わっちまってからは無くなったけど。

牛乳のお陰なのか野山が友達だったからなのか、小学生にしてはガタイがよく、中学生なんかと喧嘩をしても負けたことが無かった。それを逆恨みされてあからさまにヤバそうな高校生を連れてくる奴もいたけれど、その場でボコボコにされても心は絶対に折れねえオレらは、別日に一人ずつ待ち伏せしてタイマンで勝負したものだ。こんな事を書いているとものすごく野蛮人みたいに思われるかもしれないけれど、当時の喧嘩っていったら『素手での殴り合い』以外は無かった。今みたいに『刺した』とか『集団で陰湿に命の危険が伴うまでやる』なんてことは無かったから、格闘技やってる人やボクシングやってる人なんかにはどうあがいたって勝てなかった。でも、殴り殴られで互いに痛みを知っているから、喧嘩の後は大抵仲良くなるもので、一回やりあったら先輩は先輩としてちゃんと接するし、向こうもちゃんと認めてくれる。乱暴な世の中に見えるかもしれないけれど、当時の方がよっぽどサバサバしていたと思う。おっちゃん達はクルックルのパンチパーマ、イカツイ兄ちゃんたちはコテコテのリーゼントっていう時代で、オレも格好よくしたかったんだけどウルフカットにしか親父にさせてもらえなかったのが悔しくて、以前タイマン張った高校生の先輩に相談したら、

「オメエ、ウルフじゃん?ビールぶっ掛けてチャパツにしたら結構イケると思うぜ!」

って教えてもらって、やってみようと思ったんだけどビールなんて高くて買えないじゃん?未成年でも売ってくれる時代ではあったんだけど、頭にぶっ掛けるのにお金払うのもったいなくて、酒屋さんに行ったんだ。現在ではガラパゴスになっちまったけど、昔の酒屋さんって店の中で缶詰開けてワイワイチョイ飲みできるみたいなところが普通にあったんだ。だから酒屋さん周って銭湯で会うおっちゃんを見つけては頭に掛けてもらって放置、髪質がバッサバサになるんだけど短髪だから問題なし。その内後ろ髪が伸びてきて

「ポニーテールみたいに括ってるのが格好いい」

って言われ始めたもんだからご機嫌さ。マブダチでいっつも一緒に喧嘩ばかりしてまわってたレイは、ウルフにはせずにスポーツ刈りでオレと同じようにビールぶっ掛けて脱色していた。

あれは確か四年生くらいから始まったんだと思うけど、冬の寒い時期に机の中や下駄箱の中にチョコが入れられていた。初めの内は意味が分からなくて黙って持って帰っていたんだけど、聞けばレイの方にも沢山のチョコが届いている。このバレンタインデーという女子にとっては大切な儀式はどんどんエスカレートしていき、五年生の時には紙袋いっぱい、六年生になると他校の生徒からも集まってきてダンボール数箱に入りきらないほどの量になった。こうなると『どちらがたくさん貰えたのか』なんて事で競争になったりするのが普通なんだろうけど、オレたちにはそんな事どうでもよくって。

チョコを貰えるヤツと貰えないヤツと比べると、貰えるヤツはほんの一握りで、ものすごい数を貰う。逆にもの欲しそうな顔をしながら貰えないヤツが圧倒的多数という構図が出来上がってしまうのを見て、なんだかかわいそうでさ。終礼後に体育館に持ち寄って、一個も貰えなかったヤツに配ったんだよ。普段から女の子に見向きもされない野郎どもからはメチャメチャ喜ばれた反面、その日からオレたちは『女の敵』になっちまった。今までキャーキャー言われてたものが挨拶してもシカトされるし、あからさまに遠ざけられるし。まあ元々興味のないオレらからしてみたら、どうでもよかったんだけどな。
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