127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

得られた術は

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飛鳥田は不思議な感覚を纏った右手を空に向かって翳した。術を使う力が宿ったならば、手のひらより何かが出現するだろう。しかし、腕に力を込めてみても、上に向かって更に手を伸ばしてみても、飛鳥田の手のひらからは何も生まれない。

「はあっ……!やぁッ……!出でよ!火!水!……」

それらしく声を張り上げてみるも、瞳に映るのは青い空と己の右手だけ。黄組の面々や民衆の視線が飛鳥田の手のひらに集まったまま、不思議な事は何も起こらない。石像から距離のある所からは人々の賑わう声が聞こえてくるのだが、石像の近く、飛鳥田の周囲は嫌な静けさに取り囲まれている。飛鳥田は羞恥で顔を真っ赤にして冷や汗をかき、不安そうな表情で鷺鶴を振り返った。

「あの、出ない……」
「ああ、言い忘れていた。石像より授かった術を放つ時は、宿った部位に攻撃を与える必要がある。飛鳥田、軽くでよい。手の甲を反対の手で叩いてみよ」
(始めから言ってくれよ!余計な恥かいたじゃねえか!)

石像を囲む民衆の方から、クスクスと笑う声が聴こえた。きっと術の扱い方はここにいる殆どの者が心得ている事なのだろう。飛鳥田は鷺鶴を恨めしく思いながら、言う通りに空に向けた手の甲を反対の手の指先で叩いた。すると、手を覆っていた不思議な感覚が手のひらの方から抜けていく感覚を覚え、それを意識した瞬間に、空と右手だけが映っていた視界に、手のひらほどの水の塊が出現して、空に向かって飛んで行った。

「うわあっ!本当に出た!」

周囲の注目を集めていた為、飛鳥田の右手より水術が空に向かって放たれた時、ナジュと佐渡ヶ銛、民衆達は歓声を上げて水の行方を目で追った。水の塊は二階建ての屋根より少し高くまで上昇したが、次第に勢いが衰えてぼたぼたと水が地上に降り注ぎ、地面の色を濃くした。石像の効力に対して疑う気持ちが生まれていた飛鳥田は、実際に術を放った驚きを経て、術を扱えた嬉しさがじわりじわりとこみ上げてくる。この感動をもう一度味わってやろうと思い、再び手の甲を叩いてみるも、手のひらに僅かな水が流れるだけで、先程の様な水の塊には程遠い。飛鳥田の表情の変遷を近くで眺めていた鷺鶴は、「クク」と笑って黄組の面々にまだ話していなかった石像の仕様について話し始める。

「これもまだ話してはいなかったが、得られる術の量は、千両箱に入れた金子相応。多くを支払えば多くを得られ、少なく支払えば僅かを得られ……という実に解り易い仕組みとなっている。一度軽く叩いただけで術が僅かしか残らないという事は……飛鳥田……金子を渋っただろう?」
「い、いやあ……それは、ね?まずは少額で様子見をしないと。真偽の判断がつかないものに、いきなり有り金の多くをつぎ込む勇気はないですよ、俺には」

飛鳥田は事実を言い当てられて、恥ずかしそうに頭を掻いた。
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