127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

間者と坊ちゃんと

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「何処に向かうつもりだ、灸花きゅうか
「その名を呼ばれるのは久々で、屋敷が恋しくなってきますね。坊ちゃんが名を覚えていてくれて嬉しいですが、ここでは矢糸やいとで通っていますので、どうぞそちらで呼んでやってくださいな」

泥座の領域に暮らす子どもの矢糸こと、唐梳の父であり炎座の配下である灸花は、泥座の屋敷がある暗い森とは反対方向を指差した。

「一先ず……よくって言っちゃあ言い過ぎですが、旅の人が立ち寄る土産屋にでも向いながら話しましょ。心配なさらず、坊ちゃん方が落っこちた場所と同じ方角ですので」
「フン、耳が早い事だ」
「そりゃあね。あらゆる情報に通じていなきゃ、いざという時に身を守れないし、此処に居る意味がないので。父君のお役に立つべく、日々こうして暗躍しておりますよ」

灸花きゅうかは飴を二つ摘んで、小さな口に放り込み、かりかりと音を立てて噛み砕きながら、「あの飴屋は中々善い人で、作る飴も美味くてね」などと呑気に世間話をする。唐梳としては早く本題に入りたい所だが、子どもの姿をした者に対して声を荒げると、かなりの注目を集める事になる。焦ったく思いながら灸花の話に付き合っていると、「坊ちゃんもお一つ」と言って飴を差し出そうとしたが、唐梳が返事をする前に灸花は「あっ」と声を上げて手を引っ込めた。

「別に飴はいらんが、なんだ」
「いやあ、屋敷の外での坊ちゃんの食事はオウソウが作っている事を思い出しまして。こうして私が飴を口にして安全だと思っても、別の一粒に毒が入っていないとは言い切れない。申し訳ないですが、こちらは坊ちゃんにあげられません。せがんでも駄目ですよ?安全のためですから」

灸花は、まるで子どもに言い聞かせる大人のように唐梳を諭すと、摘んだ飴を自分の口に入れた。今度はすぐに噛まず、頬の内側で甘さを感じながら話しを続ける。

「そういえば……お供のオウソウは」
「……大蛸との戦いで酷い姿になったな。締め付けられ、気色の悪い粘液を塗りたくられ」
「あらまあ、そんな事が」
「心配は要らない、直ぐに回復した」

オウソウは屋敷でも古株で、隣にいる灸花とも付き合いは長い。自分の話は確実に屋敷に伝わるため、唐梳は屋敷の者達を心配させる余計な事を話したかと思い、無事である事を伝えたのだが。

「そうでしょうね。ご両親を含めた屋敷の者全員、オウソウは何処に行ってもどのような目に遭っても、元気に色事を楽しんでいるだろうと思っているので、誰も心配はしていないですよ。逢引き相手に呪いをかけられて身動き出来ず病床に臥した時でさえ、それを餌にして新たな相手を床に連れ込んでいましたからね」
「………フン」

あっけらかんと告げられたオウソウを心配する者はいない旨。本人の行いの賜物であり、唐梳が助け舟を出してやる隙さえ与えてくれない。
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