601 / 634
金竜行脚編
本人か偽物か
しおりを挟む
「まさか、そのうような事……ここにいる私は、疑いようもなく私でございますよ」
主様付き使用人はそう言って柔和な笑みを浮かべ、疑いの視線をものともしていない。新入りであれば恐縮してしまうが、その着物の座り方は本人らしいとも考えられる。ただ一点、気遣いができることのみがどうにも引っかかっている。行司丸は目を細めて、他の違和がないか観察していると、ら、突然背後からか「あっはっ!」と大きな笑い声が聞こえた。しつこい新参者の声だ。行司丸は五月蝿そうに耳を紙束で隠し、新参者の方を振り返らずに「急になんだ喧しい!」と叫び、高笑いの理由を尋ねた。
「行司丸さんったら、案内察しが悪いねぇ~。真剣に考えるまでもなく、どう見てもアイツじゃないっていうのに」
新参者は、「よいしょ」と呟いて立ち上がり、主様付き使用人の横に移動すると、柔和な顔を不躾に指差した。
「ほらあ、ここ見てここ!」
「はぁ?」
指の先には穏やかな曲線の瞼、艶めく黒色の瞳がある。下っ端の指示に従うのは癪に障るが、行司丸は目を凝らして変化を探した。しかし、そこにあるのは見慣れた瞳で、他人と判断する証は見つけられない。新参者は、いつも自分を上から怒ってばかりの行司丸より観察眼が優れているようだ、と思い暫し優越感に浸る。そして勝ち誇った顔をしながら答え合わせをする。
「いい?行司丸さん。本物の斑鳩は、瞳の中に黒子があるのに、この斑鳩は黒子がない!こんなの別人でしょう?」
「……」
答えを聞いても行司丸には、それが本当であるのか判断できない。ある程度の姿形、声、言動は覚えているが、些細な場所までは記憶に留めていない。納得していない様子の行司丸を無視して、新参者は得意げに変化について語る。
「別人に変化する術は、記憶が大事だからね。顔だけじゃなく、背丈や色、声とかさ、変化したい相手の事をどれだけ覚えているか、それが変化をより完璧に近付ける。この誰か分からない斑鳩の偽物は、恐らく斑鳩にそれ程興味がないんだろう」
「ふふ……」
主様付き使用人の方も、新参者の指摘が正しいのか正しくないのか明言せずクスクスと笑っているだけ。行司丸が面倒臭そうに「真偽をはっきりさせろ」と新参者に命じると、「仕方ないなぁ」と言って腰に下げていた袋から小石を左手で掴んで取り出した。
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花……は少し違うか。さあ、行司丸さんは辛うじて騙せたからもういいでしょ?正体を現して。さもなくば、この一握りの小石を背中に入れちゃうぞ」
「どんな脅しだ」
「ふふ……それは大変。こちらの着物は斑鳩さんのお気に入りですから」
主様付き使用人はそう言って柔和な笑みを浮かべ、疑いの視線をものともしていない。新入りであれば恐縮してしまうが、その着物の座り方は本人らしいとも考えられる。ただ一点、気遣いができることのみがどうにも引っかかっている。行司丸は目を細めて、他の違和がないか観察していると、ら、突然背後からか「あっはっ!」と大きな笑い声が聞こえた。しつこい新参者の声だ。行司丸は五月蝿そうに耳を紙束で隠し、新参者の方を振り返らずに「急になんだ喧しい!」と叫び、高笑いの理由を尋ねた。
「行司丸さんったら、案内察しが悪いねぇ~。真剣に考えるまでもなく、どう見てもアイツじゃないっていうのに」
新参者は、「よいしょ」と呟いて立ち上がり、主様付き使用人の横に移動すると、柔和な顔を不躾に指差した。
「ほらあ、ここ見てここ!」
「はぁ?」
指の先には穏やかな曲線の瞼、艶めく黒色の瞳がある。下っ端の指示に従うのは癪に障るが、行司丸は目を凝らして変化を探した。しかし、そこにあるのは見慣れた瞳で、他人と判断する証は見つけられない。新参者は、いつも自分を上から怒ってばかりの行司丸より観察眼が優れているようだ、と思い暫し優越感に浸る。そして勝ち誇った顔をしながら答え合わせをする。
「いい?行司丸さん。本物の斑鳩は、瞳の中に黒子があるのに、この斑鳩は黒子がない!こんなの別人でしょう?」
「……」
答えを聞いても行司丸には、それが本当であるのか判断できない。ある程度の姿形、声、言動は覚えているが、些細な場所までは記憶に留めていない。納得していない様子の行司丸を無視して、新参者は得意げに変化について語る。
「別人に変化する術は、記憶が大事だからね。顔だけじゃなく、背丈や色、声とかさ、変化したい相手の事をどれだけ覚えているか、それが変化をより完璧に近付ける。この誰か分からない斑鳩の偽物は、恐らく斑鳩にそれ程興味がないんだろう」
「ふふ……」
主様付き使用人の方も、新参者の指摘が正しいのか正しくないのか明言せずクスクスと笑っているだけ。行司丸が面倒臭そうに「真偽をはっきりさせろ」と新参者に命じると、「仕方ないなぁ」と言って腰に下げていた袋から小石を左手で掴んで取り出した。
「幽霊の正体見たり、枯れ尾花……は少し違うか。さあ、行司丸さんは辛うじて騙せたからもういいでしょ?正体を現して。さもなくば、この一握りの小石を背中に入れちゃうぞ」
「どんな脅しだ」
「ふふ……それは大変。こちらの着物は斑鳩さんのお気に入りですから」
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
ふたなり治験棟
ほたる
BL
ふたなりとして生を受けた柊は、16歳の年に国の義務により、ふたなり治験棟に入所する事になる。
男として育ってきた為、子供を孕み産むふたなりに成り下がりたくないと抗うが…?!
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる