127柱目の人柱

ど三一

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金竜行脚編

本人か偽物か

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「まさか、そのうような事……ここにいる私は、疑いようもなく私でございますよ」

主様付き使用人はそう言って柔和な笑みを浮かべ、疑いの視線をものともしていない。新入りであれば恐縮してしまうが、その着物の座り方は本人らしいとも考えられる。ただ一点、気遣いができることのみがどうにも引っかかっている。行司丸ぎょうじまるは目を細めて、他の違和がないか観察していると、ら、突然背後からか「あっはっ!」と大きな笑い声が聞こえた。しつこい新参者の声だ。行司丸は五月蝿そうに耳を紙束で隠し、新参者の方を振り返らずに「急になんだ喧しい!」と叫び、高笑いの理由を尋ねた。

「行司丸さんったら、案内察しが悪いねぇ~。真剣に考えるまでもなく、どう見てもアイツじゃないっていうのに」

新参者は、「よいしょ」と呟いて立ち上がり、主様付き使用人の横に移動すると、柔和な顔を不躾に指差した。

「ほらあ、ここ見てここ!」
「はぁ?」

指の先には穏やかな曲線の瞼、艶めく黒色の瞳がある。下っ端の指示に従うのは癪に障るが、行司丸は目を凝らして変化を探した。しかし、そこにあるのは見慣れた瞳で、他人と判断する証は見つけられない。新参者は、いつも自分を上から怒ってばかりの行司丸より観察眼が優れているようだ、と思い暫し優越感に浸る。そして勝ち誇った顔をしながら答え合わせをする。

「いい?行司丸さん。本物の斑鳩いかるがは、瞳の中に黒子があるのに、この斑鳩は黒子がない!こんなの別人でしょう?」
「……」

答えを聞いても行司丸には、それが本当であるのか判断できない。ある程度の姿形、声、言動は覚えているが、些細な場所までは記憶に留めていない。納得していない様子の行司丸を無視して、新参者は得意げに変化について語る。

「別人に変化する術は、が大事だからね。顔だけじゃなく、背丈や色、声とかさ、変化したい相手の事をどれだけ覚えているか、それが変化をより完璧に近付ける。この誰か分からない斑鳩の偽物は、恐らく斑鳩にそれ程興味がないんだろう」
「ふふ……」

主様付き使用人の方も、新参者の指摘が正しいのか正しくないのか明言せずクスクスと笑っているだけ。行司丸が面倒臭そうに「真偽をはっきりさせろ」と新参者に命じると、「仕方ないなぁ」と言って腰に下げていた袋から小石を左手で掴んで取り出した。

「幽霊の正体見たり、枯れ尾花……は少し違うか。さあ、行司丸さんは辛うじて騙せたからもういいでしょ?正体を現して。さもなくば、この一握りの小石を背中に入れちゃうぞ」
「どんな脅しだ」
「ふふ……それは大変。こちらの着物は斑鳩さんのお気に入りですから」
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