127柱目の人柱

ど三一

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御殿編

…くい

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その日の集落は朝から異様な雰囲気だった。

早朝恋人の家で目が覚めると、俺は起き上がって伸びをした。薄い布を敷いた板の上で眠ると、身体が寝起きに悲鳴を上げる。狩人の寝布団は獣の毛皮を何枚も重ねたものの為、硬い床に眠るのは久し振りであった。

「やれやれ、あちこちが痛んでいる。寝て具合が悪くなるとはどういうことか」
「……、…」
「ん?お前も起きたか?」

隣で眠っていた恋人が、何か小さな声で喋っている。俺は壁の方を向いているその顔を覗き込んで、その言葉に耳を傾けた。

「……くい、……くい」
「くい?…悔いているのか?」

くい、くいと譫言のように言葉を発する恋人は、ナジュを裏切った事を気にしているのかと思った。

(そんな女だとは思わなかったが……死んで情が湧いたか?)

恋人は、ナジュの生前に狩人と通じていた。ナジュは気が付かなかったが、他の男にも色目を使っているのを見た事がある。ナジュであったら、裏切りだと責め立てる所だろうが、この時代女1人で生き抜くには厳しい現実がある。引き取ったナジュの甥も食わせていかなければならない。没落した集落で皆貧しい中、少しでも懐の豊かな相手を求めるのは仕方ない。だが、薄情ではある。

「……くい、……くい」
「まあ、ゆっくり休め。俺は家に帰るぞ」

掛け布を恋人の身体に掛けて立ち上がろうとすると、そう言えばと部屋を見渡した。

「甥子の姿が無い……」

遊びに行ったのか?と思いながら、恋人の家を出ると、いつもの井戸端会議連中が田んぼの側に突っ立っていた。

「おい、この家の子の姿を見なかったか?」
「ああ、彼方に行ったよ」

1人が町の中心部を指差した。
其方には甥子と歳の近い子の家がある。矢張り遊びに行ったのだと安心する。

「ありがとう、また農作業でな」

そう言って俺は町外れにある自宅に歩き出そう、という時だった。

「此方に行ったよ」
「は?」

連中のうちの1人が、中心部とは反対の方向を指差した。

「おい、さっきは彼方だと、い」
「其方だよ」
「此方だよ」
「あそこだよ」

連中、5人組はそれぞれ別の方向を指差す。揶揄われているのか。

「いい加減にしてくれ」

俺は機嫌を悪くしながらその場を立ち去った。背後では5人組がぎゃっぎゃっぎゃっと笑う声が聞こえていた。


一応甥子を探してみるかと、村の中心に向かった。いつもならば早朝に農作業をする人々が居る筈だが、今朝は見えなかった。

「対して実りない畑ではあるが、珍しいな…」

山際に近い荒れた畑で甥子の友人が突っ立っているのが見えた。周りに甥子の姿は無い。

「おーい!」

俺はその子に声を掛けた。もしかしたら山に遊びに入ったのかもしれない。友人の子は俺の方に振り返り、大きく手を振る。そして口の近くに手で輪を作り叫んだ。

「おーー…い!」
「ッ!?」

返事が返ってきた時、ゾクリと背筋が冷えた。友人の子は、まだ声変わりもしていない幼子である。鈴を転がすような高い声だ。しかし、返ってきたのは地を這うように低い男の声だった。

「…誰か居るのかー!」
「居ないよー!」

今度は友人の子の声だった。きっと誰か悪戯者が森の中に隠れているに違いないと思った。今度は甥子の行方を聞いてみる事にした。

「そちらに甥子はいるかー!」
「居ないよー!」
「そうかー!気を付けて遊ぶんだぞー!」
「居ないよー!」
「それはわかったー!」
「居ないよー!」

何度返事をしても友人の子は居ないと繰り返す。このように大人を揶揄うような子だったか?と疑問に思いつつ、別れの返事を叫ぼうとする。

「居ないよー!」
「居ないよー!」
「居ないよー!」
「わかった!じゃあなー!」
「いないよー!」
「いないよー!」

今日は可笑しなことが続くものだと、気味悪く思った。友人の子は同じ言葉に飽きたのか、最後に別の言葉を叫ぶ。

「…くいー!」
「全く…反抗期でもきたのか?」

俺は農作業と狩りの準備があるので、甥子を探すのは中止し自宅に帰った。

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