127柱目の人柱

ど三一

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屋敷編

懐具合

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「一ヶ瀬先輩!稲葉は商人の方々と世間話をしていただけにございますよ!?何故に捕まえておくのですか!」
「先程部下から報告がありましたよ?稲葉殿が、何やら商人の誘いに心が傾いているご様子だったと」
「菓子に心ときめくのは誰しもでございます!それに買うとは言っておりませぬ。ただにとお呼ばれを」
「味見で済みますか!一口目は味見で、二口目は有料だ等という悪徳な商人もいます…以前本匠殿に泣き着いたのをお忘れですか?」
「ぐぬぬぬぬ…」

稲葉が一ヶ瀬に咎められている最中、洛中は1人物色している。この見世は普段屋敷の仕入れに関わっていないが、中々珍しい食材を扱っていて、洛中の行きつけの内の一つである。今回仕入れる基本食材の中の一種類しか取り扱っていないが、その他に興味をそそる食材が沢山ある。見世の主人が、真剣に吟味する洛中の側によって、奥に仕舞っていた籠を見せる。

「先程拝見した食材は、こちらでは大量にお出しする事は出来ませんので他で仕入れるのがいいかと存じますが、洛中様にお見せしたい珍しき品がございまして」
「ほう、なんだ」
「身形は貧相に見えましょうが、味は濃く色もいい。宴会にとは申しませんが、一度お試しいただきたい。貴重な品で御座いますので、少々値は張りますが」

洛中は籠に入った数種類の野菜を眺める。確かに身は豊かでなく、これを屋敷の全員に振る舞うとなると山ほど仕入れねばならない。試しをと洛中が言うと、奥から店主の息子が出てきて、野菜を切り分けて盛り付けた皿を洛中に差し出した。洛中はそこから橙の根菜を一つまみして、匂いを確かめ、硬さを確かめ、味を確かめた。舌の上で風味やコク、甘み、塩味、苦味を注意深く分析して見極めていると、一ヶ瀬の横をすり抜けた稲葉が、味見をしている洛中を見つけて、皿の上から同じ橙の野菜を一口奪った。

「!これ、お野菜にございますか?」
「ええ」
「甘くておいしゅうございますね~!どれ、こちらは…?」
「そちらは浅漬けにしております。他の種類より、良い頃合いに味が染みても食感が衰えず、寧ろ心地良い塩梅に」
「ほうほう!ならばもう一つ…」

ぺろぺろと唇を舐めながら、稲葉は漬物に手を伸ばす。

「こら!」

それを洛中が叩いた。稲葉は手を摩って酷い!と訴える。

「けちんぼでございます!お味見役は稲葉にも出来…」
「これは俺が金払って頼んだんだ。お前も食いたいんなら、自腹で食え」
「ぬぬぬぬ…こんなに可愛い稲葉に、漬物一つ譲れぬとは…器の狭き…」

稲葉は懐からがま口の財布を取り出すと、チラッと中を見た。

(……)

無論タダで飲み食いするつもりで着いてきた訳で、所持金は少ない。稲葉は見世の主人に一皿の値段を尋ねた。

「この位で…」
「!…お、お高いのでございますね」
「なにぶん希少な品でございまして」
「うん、美味い。宴会じゃ主様から使用人の下っ端まで同じもん食うから、とても頭数分の仕入れは出来ねえが、普段の食事に出しても良いな。主様と…御手付き様の分くらいは」

洛中の発言に稲葉が抗議する。

「お待ちくだされ!稲葉も、稲葉の御膳にも頂戴しとうございます!」
「高価なんだよ。出しても主様、御手付き様、御蔭様…くらいだろ」
「い、稲葉も御蔭様の次に偉いのです!その面々の中に滑り込める地位なのでは!?」

縋り付く稲葉に洛中は冷静に説明する。

「主様は、自分の食事は華美でなく落ち着いたものがいいと仰っている。でも下々と同じ食事を、という訳にいかねえ。だから良い食材を使ってんだよ。そういうので差を付けてんだ。それに、以前本匠殿にも御蔭様と同等の食事を出したが、他の使用人と同様で構わないと固辞された。お前に出すわけにいかねえだろ」

稲葉は頬を膨らませて不満を表明する。本匠は使用人頭という地位だが、実質的に主様一番の腹心である。それを稲葉もわかっていた。

「稲葉殿、今月以降の給金から差し引いておきますので、お手持ちが無くても召し上がってよろしいですよ」
「えっ!本当にございますか?」

簡単に飛びつく稲葉に、部下の1人が助言する。

「稲葉殿…今月は、先月の茶屋での飲み食いの分が引かれますので、足りぬかと。支払いが遅れた場合は、利子がこれでもかと引かれます…」
「ひっ…!」

稲葉の尻尾はプルプルと震え、中身の少ない財布を大切そうに握り締めた。
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