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屋敷編
皆で甘味を
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今日の仕入れにおいて、1番に尽力したのは一ヶ瀬の部下達であった。直ぐに一ヶ瀬を引っ張って己の行きたい見世に向かおうとする洛中を押し留め、事あるごとに甘味処に寄ろうと五月蝿い稲葉には只管おだてて意識を逸らし、刃物屋の前でじっと立ち尽くす一ヶ瀬には、屋敷で本匠が待っていると囁いて、どうにか無事に仕入れを終える事が出来た。一行は仕入れの終わりに稲葉の勧める甘味処に立ち寄り、洛中、稲葉は自腹で、一ヶ瀬は部下の分まで纏めて支払った。ひんやりとした餡蜜を皆で食べる。
「おいしゅうございますな~!一日の労が報われまする~」
稲葉は匙で餡をひとすくい口に運ぶと、ふわふわの手を緩んだ頬に当ててうっとりと幸福な甘味を楽しむ。
「お前は着いてきただけだろう?ウサ公」
「タヌ公にはわかりませぬかな?最後のご褒美に値する見世と甘味を選んだ功績を!皆様お味はいかがですかな?」
いつの間にか小競り合いをする仲になった稲葉と洛中。声を掛けられた一ヶ瀬と部下達は「美味しい」と伝えると、稲葉は満足そうな笑みを浮かべて胸を張った。
「しかし、一ヶ瀬殿…我々の分までよろしいのですか?」
「ああ、今日はよく働いてくれたからな。これから屋敷に戻るのも、これだけの荷物があれば重労働だ。手分けして運ぶが、今のうちに英気を養ってくれ」
「はい、ありがたくご馳走になります」
皆でわいわいと話しながら甘味を味わっていると、その見世の給仕が暖かい茶を勧めてくる。この給仕が稲葉と縁が深く、生前からの仲だとういう。どこまで本当かはわからないが、稲葉の社に追いやられてきた給仕を匿って自分の手下にしたらしい。
「励んでいるようで感心感心!今日の餡蜜も絶品だと主人に伝えておくのですよ」
「へえ、兄さん。またお茶要る時は声かけてください」
「ほらほら、そちらの席の御方々の茶碗が開いておりますよ!稲葉達の事はいいから、そちらに!」
「へえ。それじゃあ稲葉の兄さん達、ごゆっくり」
給仕はぺこりと頭を下げて、他の客の元に茶を注ぎに行く。稲葉はその仕事ぶりを見てうんうん頷いている。
「珍しいよな、天界に昇る前の知り合いがいる奴って」
洛中は餡蜜を啜りながら稲葉と給仕の遣り取りを見ていた。
「そうですか?」
「確かに……友人よりも殺人の方が多い私ですが、仇討ち闇討ちを警戒しても一向に現れませんね。ああ…でも顔はあまり知られていないか」
「ほう!ならば知名度では稲葉が一歩先に行っておりますな!」
背筋が冷たくなる一ヶ瀬の返答であったが、稲葉はそれよりも自分が一ヶ瀬より秀でている部分があるという事を嬉しく思い、機嫌よく餡蜜の器を舐めた。
「殺す時はその方が動きやすくていいんですがね。…知り合いが見当たらないという点の他に、もう一つ気になっている事があるのですが」
「何ですか?」
「ご存知の通り私は生前人斬りで、稲葉殿のように祀られて信仰を集めてなどあり得ないと思うのですが、何故天に登ったのか…。」
「きっと誰か一ヶ瀬先輩を慕う者が願ったのではないですか?」
「…う~ん、そんな筈は」
一ヶ瀬の言葉に部下達も洛中も首を傾げる。稲葉だけは手を挙げて餡蜜のおかわりを申し出ていた。
「おいしゅうございますな~!一日の労が報われまする~」
稲葉は匙で餡をひとすくい口に運ぶと、ふわふわの手を緩んだ頬に当ててうっとりと幸福な甘味を楽しむ。
「お前は着いてきただけだろう?ウサ公」
「タヌ公にはわかりませぬかな?最後のご褒美に値する見世と甘味を選んだ功績を!皆様お味はいかがですかな?」
いつの間にか小競り合いをする仲になった稲葉と洛中。声を掛けられた一ヶ瀬と部下達は「美味しい」と伝えると、稲葉は満足そうな笑みを浮かべて胸を張った。
「しかし、一ヶ瀬殿…我々の分までよろしいのですか?」
「ああ、今日はよく働いてくれたからな。これから屋敷に戻るのも、これだけの荷物があれば重労働だ。手分けして運ぶが、今のうちに英気を養ってくれ」
「はい、ありがたくご馳走になります」
皆でわいわいと話しながら甘味を味わっていると、その見世の給仕が暖かい茶を勧めてくる。この給仕が稲葉と縁が深く、生前からの仲だとういう。どこまで本当かはわからないが、稲葉の社に追いやられてきた給仕を匿って自分の手下にしたらしい。
「励んでいるようで感心感心!今日の餡蜜も絶品だと主人に伝えておくのですよ」
「へえ、兄さん。またお茶要る時は声かけてください」
「ほらほら、そちらの席の御方々の茶碗が開いておりますよ!稲葉達の事はいいから、そちらに!」
「へえ。それじゃあ稲葉の兄さん達、ごゆっくり」
給仕はぺこりと頭を下げて、他の客の元に茶を注ぎに行く。稲葉はその仕事ぶりを見てうんうん頷いている。
「珍しいよな、天界に昇る前の知り合いがいる奴って」
洛中は餡蜜を啜りながら稲葉と給仕の遣り取りを見ていた。
「そうですか?」
「確かに……友人よりも殺人の方が多い私ですが、仇討ち闇討ちを警戒しても一向に現れませんね。ああ…でも顔はあまり知られていないか」
「ほう!ならば知名度では稲葉が一歩先に行っておりますな!」
背筋が冷たくなる一ヶ瀬の返答であったが、稲葉はそれよりも自分が一ヶ瀬より秀でている部分があるという事を嬉しく思い、機嫌よく餡蜜の器を舐めた。
「殺す時はその方が動きやすくていいんですがね。…知り合いが見当たらないという点の他に、もう一つ気になっている事があるのですが」
「何ですか?」
「ご存知の通り私は生前人斬りで、稲葉殿のように祀られて信仰を集めてなどあり得ないと思うのですが、何故天に登ったのか…。」
「きっと誰か一ヶ瀬先輩を慕う者が願ったのではないですか?」
「…う~ん、そんな筈は」
一ヶ瀬の言葉に部下達も洛中も首を傾げる。稲葉だけは手を挙げて餡蜜のおかわりを申し出ていた。
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