127柱目の人柱

ど三一

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学舎編 一

芥子窟

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ナジュは突然覗き込まれた事で驚き、思わず反射的に背を逸らせると、そこに立っていた男とも女とも知れぬ人物は、ナジュの着物の上から腕を掴み、黒々として濁った瞳でナジュの瞳の奥を覗き込んだ。その者の身体は、痩身の丹雀よりもさらに痩せ細り、まさしく骨と皮。それなのにどこからその力が出てくるのか、筋肉が程良く付いたナジュの若い腕には、皮に包まれた指骨を深く沈めてくる。

「なっ……なんだよ!?離……」
「ねぇ……あんた……"ケシ"持ってないかい…?」

ナジュは相手の異様な雰囲気に気圧されてはいたが、目の前の人間が人語を喋り出した事に少し安堵した。

「"ケシ"……?聞いた事ないが……というか俺スカンピン?って奴らしいぞ」
「何だい……あんたもおんなじかい……ああ~……」

"ケシ"その言葉に覚えがないナジュは怪訝な顔をしていたが、他二人は矢張りという反応をして、即座に桃栗がナジュの腕を強く引っ張った。

「相手しちゃだめ、行くよ…!」
「あ、ああ……」

ナジュが道の先に進もうとすると、掴まれていた腕に一際強く縋り付いて足止めしてくる。

「あんたらは持ってないの…?もももうすぐ効き目が切れちまいそうで……ああ……消えていく……あれだけいい気持ちだったのに…。芋虫が地面から登ってくるんだ……時には身体に蛆が湧いて……あれは痒くて耐えられない……"ケシ"を少し貰えりゃあ…また悦くなれる……」

後半はぶつぶつと独り言を呟きながら、ケシをくれと聞いた三人のうち誰の顔も見ずに、向こうの何もない軒下を虚な目で見ていた。丹雀は「いい加減にしろ!」と言って、ナジュの腕を掴む手を払うつもりだった。しかし、最初の言葉を口にしようとした時、ナジュの身体が桃栗が居る方とは反対に引かれる。

「やめろ…!」
「ああ、そろそろ飯の時間だね……おいで坊……母が菜でも煮てやろう…」
「ナジュくん!」

母、その言葉で漸く相手が女だと気付いたナジュは突き飛ばす訳にはいかなくなり、腕を掴む手を外そうとするが、女はどんどん横道の奥にナジュを引っ張りこもうとする。

「待ちなね……この客と……あと二、三人相手したら、今日の飯が食えるからね……坊はそこな婆様の所に…」

女は正気を失っている。己が腕を引いているナジュを子であったり、客だと思い込んでいるようだ。目の前のか細い女が、何か得体の知れぬ怪物に見えて顔には冷や汗が滲む。道の行き止まりにでも連れられると思ったが、女の目的地はすぐそこだったらしい。薄暗い荒屋だ。女が足を止めてすぐに、その場所の異変に気がついた。

「う゛っ……何だここ…臭いが…」

時代的に連日身体を清める習慣は無かったナジュであるが、袖で口と鼻を覆ってもその匂いの混じった湿気が肌を包む感じがして、嘔気がこみあげてくる。下を向いて咳き込んだナジュは、朝餉が逆流してくるのを止めながら、この臭いの見当をつけていた。俯いた体勢から見える女のわらじを履いた足から、恐る恐る視線を上げていくと、狭い土間の通路に五、六人が座り込んだり寝そべったりしている。半分は項垂れているが、顔を上げていた者は「あ゛あ~!!」だとか「お゛お゛ぉぉ…」など、意味の分からない叫び声を上げていた。臭いの元は間違いなくそこで、彼らのすぐ近くの地面には糞尿が撒き散らされている。通路の中央にある糞は踏みつけられた跡があり、その足跡は履き物の特徴がなかった。この中で過ごせるという点で、目の前にいる女が幾分マシなのではないかと錯覚しそうになるような光景だった。圧倒され立ち竦んでいると、桃栗が呆けている場合ではないとナジュを強く揺さぶる。

「ここ"芥子窟けしくつ"だよ…!関わっちゃだめっ…!!」
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