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学舎編 一
お香屋「香餌暗香庵」
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元々いた通りを進み何度か角で曲がると、丹雀がここだと言って指差した。店があるのは陽翳横丁の奥の奥、辺りは薄暗い為店前の灯篭に火が灯されていた。その灯篭が看板替わりでもあるらしい。店の戸は閉まっているが、前に立つと形容しがたい芳香が漂ってくる。桃栗が「良い香りだね」と丹雀に話していると、ナジュが灯篭の側にしゃがんでそこに記された店名を読み上げる。
「香…暗香…庵…?」
「香餌暗香庵。各地から仕入れた香りの元となる素材を店主自ら調合し仕上げているそうだ。神様の屋敷や大きな商家等、方々に調香した香物を卸しているらしい」
「なんでこんな奥まった場所に店を構えてるんだ?この町の真ん中あたりにでも見世出した方が客も集まるだろう?」
「それはここが陽翳横丁だからだ。店で取り扱っている品の主はただいい香りがする香なのだが、それ以外もある」
「それ以外…?」
「私は詳しく説明を受けていない。気になるなら店主に尋ねてみるといい」
丹雀は「御免」と言って、出入り口の障子の片方を横に引いた。すると中から「いらっしゃい」と返す若い男の声が聞こえた。中に進んだ丹雀に続いて桃栗も店に入り、最後にナジュが戸を閉めながら店に足を踏み入れた。
「うわあ…すっごいな…コホ…別世界だ」
店に充満する香気に、ナジュは袖を口に当てて少し咳き込みながら辺りを見渡した。店の内部を照らす役目は、天井から吊るされた香炉の中で燃える火が担っている。美しい装飾の施された様々な香炉、その側面に開いた穴から優しい光が漏れている。その中のいくつかは実際に芳しい煙を吐き、この店に満ちている香りの一部だ。桃栗は天井を見てかわいい、かわいいと黄色い声を上げる。丹雀は香が展示されている棚に向かい、その中の一つを一つを試している。ナジュは最初に何処を見たらいいのだろうかと迷っていると、店の奥、香餌暗香と記された暖簾の前にある椅子に腰かけて煙管を咥えていた主人が声を掛けてきた。
「おやン…そこな美丈夫、その様子…まっさらな一見さんかい。何をお探しで?」
主人は長い黒髪を簪で纏めながら後ろに流し、派手な着物から出る手指に花の紋様と見知らぬ文字の入れ墨が見える。顔の方は、薄紅色の薄布で口元を隠しており、化粧の施された鋭い目が印象的だ。一瞬女にも見えるその風貌だったが、声や手が男の物だったので、桃栗の時のような勘違いはせずに済んだ。
「俺か?えっと…男香ってやつが欲しくて…」
ナジュの言葉を聞いた主人は、男香?と聞き返して椅子から立ち上がった。
「まっさら一見さんにしては良く知っているね。“男香”“女香”なんて神様に近しい方でも知らないのに。ちょっと待ってておくれ、棚から試しの香瓶を出してくるよ。……一応聞くが、誘惑用かい?」
「誘惑用?」
「基本の男香、女香の香りに加えて、催淫作用のある香を調合する事も出来る。神様や目当てを籠絡したいって方がこの店にはよく来るんだ。アンタは素材のままで十分勝負できるだろうが、うちの香を纏えば鬼に金棒、鉄杖ってね」
「…俺はただの“男香”が欲しいんだ」
「あいよ、用意する間連れの男達と店ん中見てておくれ」
「よく桃栗が男だとわかったな」
「見りゃあ分かるさ。男の匂いがするからね」
主人は鼻をスンと鳴らして目を細めた。この様々な香りが混じり充満する店内で、男の匂いが判別できるものなのか。ナジュは試しに自分の掌の匂いをスン…と嗅いでみると、雁尾の部屋を掃除した際の悪臭が染みついており、眉間に深く皺を寄せた。
「香…暗香…庵…?」
「香餌暗香庵。各地から仕入れた香りの元となる素材を店主自ら調合し仕上げているそうだ。神様の屋敷や大きな商家等、方々に調香した香物を卸しているらしい」
「なんでこんな奥まった場所に店を構えてるんだ?この町の真ん中あたりにでも見世出した方が客も集まるだろう?」
「それはここが陽翳横丁だからだ。店で取り扱っている品の主はただいい香りがする香なのだが、それ以外もある」
「それ以外…?」
「私は詳しく説明を受けていない。気になるなら店主に尋ねてみるといい」
丹雀は「御免」と言って、出入り口の障子の片方を横に引いた。すると中から「いらっしゃい」と返す若い男の声が聞こえた。中に進んだ丹雀に続いて桃栗も店に入り、最後にナジュが戸を閉めながら店に足を踏み入れた。
「うわあ…すっごいな…コホ…別世界だ」
店に充満する香気に、ナジュは袖を口に当てて少し咳き込みながら辺りを見渡した。店の内部を照らす役目は、天井から吊るされた香炉の中で燃える火が担っている。美しい装飾の施された様々な香炉、その側面に開いた穴から優しい光が漏れている。その中のいくつかは実際に芳しい煙を吐き、この店に満ちている香りの一部だ。桃栗は天井を見てかわいい、かわいいと黄色い声を上げる。丹雀は香が展示されている棚に向かい、その中の一つを一つを試している。ナジュは最初に何処を見たらいいのだろうかと迷っていると、店の奥、香餌暗香と記された暖簾の前にある椅子に腰かけて煙管を咥えていた主人が声を掛けてきた。
「おやン…そこな美丈夫、その様子…まっさらな一見さんかい。何をお探しで?」
主人は長い黒髪を簪で纏めながら後ろに流し、派手な着物から出る手指に花の紋様と見知らぬ文字の入れ墨が見える。顔の方は、薄紅色の薄布で口元を隠しており、化粧の施された鋭い目が印象的だ。一瞬女にも見えるその風貌だったが、声や手が男の物だったので、桃栗の時のような勘違いはせずに済んだ。
「俺か?えっと…男香ってやつが欲しくて…」
ナジュの言葉を聞いた主人は、男香?と聞き返して椅子から立ち上がった。
「まっさら一見さんにしては良く知っているね。“男香”“女香”なんて神様に近しい方でも知らないのに。ちょっと待ってておくれ、棚から試しの香瓶を出してくるよ。……一応聞くが、誘惑用かい?」
「誘惑用?」
「基本の男香、女香の香りに加えて、催淫作用のある香を調合する事も出来る。神様や目当てを籠絡したいって方がこの店にはよく来るんだ。アンタは素材のままで十分勝負できるだろうが、うちの香を纏えば鬼に金棒、鉄杖ってね」
「…俺はただの“男香”が欲しいんだ」
「あいよ、用意する間連れの男達と店ん中見てておくれ」
「よく桃栗が男だとわかったな」
「見りゃあ分かるさ。男の匂いがするからね」
主人は鼻をスンと鳴らして目を細めた。この様々な香りが混じり充満する店内で、男の匂いが判別できるものなのか。ナジュは試しに自分の掌の匂いをスン…と嗅いでみると、雁尾の部屋を掃除した際の悪臭が染みついており、眉間に深く皺を寄せた。
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