376 / 634
学舎編 一
勝ち星はどちらに
しおりを挟む
「大変美味しゅうございました」
「ありがとうございます」
「素晴らしい手前であったぞ、号左殿!」
口当たりが柔らかかつ、鮮やかで美しい色をした抹茶を飲み干した厨房係は、味も作法も他の者とは段違いと判断した。どこを切り取っても文句のつけようがなく、指南役も勤まる様な腕前。麒麟は副将戦の勝利を予感して、鼻息荒く興奮しながら号左を称える。雁尾陣営には敗色濃厚の気配を感じ取って悔しそうにする者、これに負けたら仕方ないと諦めている者まで居る。
「それでは、新しい茶道具をご用意いたしますので、少々お待ちください」
(さて、私の番は終わり…次はいよいよ雁尾殿の番だ。花札に仕掛けたような小細工をしてくる可能性は十分ある。この位置からであれば、目に見える変化にも気付けるだろう。注意深く観察していよう)
(雁尾様…手強き相手でございますが、御武運を…。私はこちらから勝利を願っております…!)
麒麟陣営の背後で氷頭見が雁尾の勝利を祈っている。空いた時間に喧しく話しかけてくる猪熊を無視して両手を合わせる姿は真剣そのもの。猪熊は、返事が返ってこなくなったことを不満に思う気持ちは全くなく、むしろ、“大将を信じ、最期まで勝負を諦めない”その姿勢に感服して、自身の中で勝手に好意を募らせていた。
「それでは準備が整いましたので、後攻…始め」
「よろしくお願いいたします」
(うん、ここは他と同じだな。あんな無礼な感じの奴なのに、結構様になってるな~…)
雁尾が周囲の者に礼をしていくのをナジュは呑気に眺めていたが、他の面々はそうではない。この場で最も地位の高い“神”である雁尾が、下々の者に頭を下げている。その点について驚く者は多く、特に現役の神に仕えていたり、推薦を貰った神様候補の驚きはまた格別である。神同士の格によって首を垂れる事はあれど、神以外の下々に対して頭を下げるという行為を許容できる神は少ない。天界の一握り、頂点近くに立つ存在であるという矜持が、”目下に遜る”様を見せるという事を良しとしないのだ。号左はその姿勢を見て、脳裏に冷ややかなものが過る。
(これは……礼をするという事は、この勝負…勝つ算段があるという事か…?)
礼の先も注視して眺めていると、形式ばったものではない、自然な品が一つひとつの所作に表れていた。麒麟を煽っていた時に見せた憎たらしい表情は、柔らかな薄い笑みに変わり、その穏やかな眼差しは茶道具を愛で、丁度いい塩梅の抹茶の状態を見極める。視線に鋭さは一切ない。茶道具を使用した後も、余計な物音を立てないよう指先を先に床に着けてからそっと置き、言葉に表さずとも行動に敬意を滲ませる。ただ正解を実践していくだけでなく、“魅せる”茶道。確実に心得がある者の動きだった。
(うむ…号左様は見事であったが、雁尾様も素晴らしい腕前…)
号左有利と見ていた副将戦。暗雲が立ち込めていた雁尾陣営に、頭である雁尾自らが雲を払い光明を呼び込んだ。勝敗を告げる役目を担う厨房係は、一人孤独に頭を悩ませていた。
「ありがとうございます」
「素晴らしい手前であったぞ、号左殿!」
口当たりが柔らかかつ、鮮やかで美しい色をした抹茶を飲み干した厨房係は、味も作法も他の者とは段違いと判断した。どこを切り取っても文句のつけようがなく、指南役も勤まる様な腕前。麒麟は副将戦の勝利を予感して、鼻息荒く興奮しながら号左を称える。雁尾陣営には敗色濃厚の気配を感じ取って悔しそうにする者、これに負けたら仕方ないと諦めている者まで居る。
「それでは、新しい茶道具をご用意いたしますので、少々お待ちください」
(さて、私の番は終わり…次はいよいよ雁尾殿の番だ。花札に仕掛けたような小細工をしてくる可能性は十分ある。この位置からであれば、目に見える変化にも気付けるだろう。注意深く観察していよう)
(雁尾様…手強き相手でございますが、御武運を…。私はこちらから勝利を願っております…!)
麒麟陣営の背後で氷頭見が雁尾の勝利を祈っている。空いた時間に喧しく話しかけてくる猪熊を無視して両手を合わせる姿は真剣そのもの。猪熊は、返事が返ってこなくなったことを不満に思う気持ちは全くなく、むしろ、“大将を信じ、最期まで勝負を諦めない”その姿勢に感服して、自身の中で勝手に好意を募らせていた。
「それでは準備が整いましたので、後攻…始め」
「よろしくお願いいたします」
(うん、ここは他と同じだな。あんな無礼な感じの奴なのに、結構様になってるな~…)
雁尾が周囲の者に礼をしていくのをナジュは呑気に眺めていたが、他の面々はそうではない。この場で最も地位の高い“神”である雁尾が、下々の者に頭を下げている。その点について驚く者は多く、特に現役の神に仕えていたり、推薦を貰った神様候補の驚きはまた格別である。神同士の格によって首を垂れる事はあれど、神以外の下々に対して頭を下げるという行為を許容できる神は少ない。天界の一握り、頂点近くに立つ存在であるという矜持が、”目下に遜る”様を見せるという事を良しとしないのだ。号左はその姿勢を見て、脳裏に冷ややかなものが過る。
(これは……礼をするという事は、この勝負…勝つ算段があるという事か…?)
礼の先も注視して眺めていると、形式ばったものではない、自然な品が一つひとつの所作に表れていた。麒麟を煽っていた時に見せた憎たらしい表情は、柔らかな薄い笑みに変わり、その穏やかな眼差しは茶道具を愛で、丁度いい塩梅の抹茶の状態を見極める。視線に鋭さは一切ない。茶道具を使用した後も、余計な物音を立てないよう指先を先に床に着けてからそっと置き、言葉に表さずとも行動に敬意を滲ませる。ただ正解を実践していくだけでなく、“魅せる”茶道。確実に心得がある者の動きだった。
(うむ…号左様は見事であったが、雁尾様も素晴らしい腕前…)
号左有利と見ていた副将戦。暗雲が立ち込めていた雁尾陣営に、頭である雁尾自らが雲を払い光明を呼び込んだ。勝敗を告げる役目を担う厨房係は、一人孤独に頭を悩ませていた。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
溺愛前提のちょっといじわるなタイプの短編集
あかさたな!
BL
全話独立したお話です。
溺愛前提のラブラブ感と
ちょっぴりいじわるをしちゃうスパイスを加えた短編集になっております。
いきなりオトナな内容に入るので、ご注意を!
【片思いしていた相手の数年越しに知った裏の顔】【モテ男に徐々に心を開いていく恋愛初心者】【久しぶりの夜は燃える】【伝説の狼男と恋に落ちる】【ヤンキーを喰う生徒会長】【犬の躾に抜かりがないご主人様】【取引先の年下に屈服するリーマン】【優秀な弟子に可愛がられる師匠】【ケンカの後の夜は甘い】【好きな子を守りたい故に】【マンネリを打ち明けると進み出す】【キスだけじゃあ我慢できない】【マッサージという名目だけど】【尿道攻めというやつ】【ミニスカといえば】【ステージで新人に喰われる】
------------------
【2021/10/29を持って、こちらの短編集を完結致します。
同シリーズの[完結済み・年上が溺愛される短編集]
等もあるので、詳しくはプロフィールをご覧いただけると幸いです。
ありがとうございました。
引き続き応援いただけると幸いです。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる