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学舎編 一
稲葉の悪あがき
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「それは許可しないと何度も言っただろう」
「稲葉は金竜様の御膝に茶を零すかもしれませぬよ!?」
「茶は他の者が出す」
「主様とのおしゃべりの最中、稲葉の可愛らしい鼻がくしゅん!として金竜様の御召し物を汚してしまうかも!」
「前日に鼻周りの毛を刈っておくように」
「ならば稲葉の…!」
稲葉がどうしても金竜の側には近付きたくないということは、その場にいる全員の目に明らかだった。誰かが遮らない限り、稲葉の口からは永遠と言い訳が紡がれる事だろう。御蔭は律儀に言葉を返してはいるが、それは優しさからではない。覆らぬ決定であるのに、一縷の希望を持って意見する哀れで愚かなウサギが諦めしか選択肢が無くなる様を見届けてやろうという、はっきりと言ってしまえば御蔭の意地悪である。
「その辺で。…主様付使用人は、下がれと言われぬ限り側に侍りお仕えする決まり。主様が代えぬと決めたのだ。天界に勇名を轟かせる高貴な神様をお迎えし、持て成す場に同席させていただける事を有り難く思い、主様に恥をかかせる事のなきよう…自身が精進する他ない。この期を成長の機会と捉えよ」
「そ、そんなあ……本匠先輩…」
「よくぞ私の想いを代弁してくださった。代理を立てて欲しいなどという発言は、稲葉を主様付使用人として任命した主様の判断を疑うとも取られかねない。寧ろ、何事が起こったとしても、最期まで主様をお守りする気概がある!と堂々と宣言してくれる程に成長するのを、主様も我々も期待しているのだ。……当日、粗相せぬように一挙一動気を付け、怒りを買わぬように」
「うう~……絶体に本匠先輩の方が適任ですのに~…」
御蔭相手ならば粘りに粘って我儘を言ってやろうという気になる稲葉だが、尊敬する本匠から諭されたのでは、それ以上の悪あがきはできない。会議は粛々と進み、次回の会議日程を確認して解散となった。役職の頭達は近くの者と会話をしながら、それぞれが担当する場所に戻って行く。目論見が外れて当日参加から逃れられない稲葉は萎れた顔で座布団から立ち上がり、とぼとぼと主様の居所に向かって歩いて行く。そんな後姿を厨房頭と本匠が見ていた。
「なァ…あんたが代わってやりゃ、万事解決なんじゃないかい?」
厨房頭は、つまみ食いや残飯漁りに来る稲葉を鬱陶しく思っていたが、同時に可愛らしくも思っていた。御蔭に次ぎ屋敷内では三位の地位であるが、奢り高ぶった所が無く愛嬌があり皆に構われる性分。目を掛けている厨房係の新入り洛中とも仲が良い為、厨房頭は少しくらい助力してやろうという気になったのだ。それに、主様付の使用人として相応しいのは、御蔭か本匠であろうと屋敷の誰もが思っている所だった。
「事はそう簡単ではない。対外的な面も考慮し、普段通りの役割を全うして貰う」
「なんだい、代えられない大層な訳がありそうだね。天界の有名人のあんたが侍るよりも、頓珍漢の稲葉が侍る方が良い理由が?」
厨房頭は本匠の考えを探ろうと表情を見るが、そこにあるのは到って冷静な忠義者の顔であった。
「稲葉は金竜様の御膝に茶を零すかもしれませぬよ!?」
「茶は他の者が出す」
「主様とのおしゃべりの最中、稲葉の可愛らしい鼻がくしゅん!として金竜様の御召し物を汚してしまうかも!」
「前日に鼻周りの毛を刈っておくように」
「ならば稲葉の…!」
稲葉がどうしても金竜の側には近付きたくないということは、その場にいる全員の目に明らかだった。誰かが遮らない限り、稲葉の口からは永遠と言い訳が紡がれる事だろう。御蔭は律儀に言葉を返してはいるが、それは優しさからではない。覆らぬ決定であるのに、一縷の希望を持って意見する哀れで愚かなウサギが諦めしか選択肢が無くなる様を見届けてやろうという、はっきりと言ってしまえば御蔭の意地悪である。
「その辺で。…主様付使用人は、下がれと言われぬ限り側に侍りお仕えする決まり。主様が代えぬと決めたのだ。天界に勇名を轟かせる高貴な神様をお迎えし、持て成す場に同席させていただける事を有り難く思い、主様に恥をかかせる事のなきよう…自身が精進する他ない。この期を成長の機会と捉えよ」
「そ、そんなあ……本匠先輩…」
「よくぞ私の想いを代弁してくださった。代理を立てて欲しいなどという発言は、稲葉を主様付使用人として任命した主様の判断を疑うとも取られかねない。寧ろ、何事が起こったとしても、最期まで主様をお守りする気概がある!と堂々と宣言してくれる程に成長するのを、主様も我々も期待しているのだ。……当日、粗相せぬように一挙一動気を付け、怒りを買わぬように」
「うう~……絶体に本匠先輩の方が適任ですのに~…」
御蔭相手ならば粘りに粘って我儘を言ってやろうという気になる稲葉だが、尊敬する本匠から諭されたのでは、それ以上の悪あがきはできない。会議は粛々と進み、次回の会議日程を確認して解散となった。役職の頭達は近くの者と会話をしながら、それぞれが担当する場所に戻って行く。目論見が外れて当日参加から逃れられない稲葉は萎れた顔で座布団から立ち上がり、とぼとぼと主様の居所に向かって歩いて行く。そんな後姿を厨房頭と本匠が見ていた。
「なァ…あんたが代わってやりゃ、万事解決なんじゃないかい?」
厨房頭は、つまみ食いや残飯漁りに来る稲葉を鬱陶しく思っていたが、同時に可愛らしくも思っていた。御蔭に次ぎ屋敷内では三位の地位であるが、奢り高ぶった所が無く愛嬌があり皆に構われる性分。目を掛けている厨房係の新入り洛中とも仲が良い為、厨房頭は少しくらい助力してやろうという気になったのだ。それに、主様付の使用人として相応しいのは、御蔭か本匠であろうと屋敷の誰もが思っている所だった。
「事はそう簡単ではない。対外的な面も考慮し、普段通りの役割を全うして貰う」
「なんだい、代えられない大層な訳がありそうだね。天界の有名人のあんたが侍るよりも、頓珍漢の稲葉が侍る方が良い理由が?」
厨房頭は本匠の考えを探ろうと表情を見るが、そこにあるのは到って冷静な忠義者の顔であった。
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