ベノムリップス

ど三一

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不思議な同居編

第15話 3人の夜

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喫茶うみかぜでの宴が終わると、ギャリアー、ニス、グンカの3人は、お土産と荷物を持ってギャリアーの自宅に帰宅する。空には星が瞬き、町の端にあるギャリアーの店の前からは、町の繁華街の明かりが煌々として見える。ユウトは手を振って繁華街の方に歩いて行った。

「…送って行かなくて大丈夫?」
「ユウトは慣れたもんだから、一人で返しても大丈夫だ。近くにユウトの家がやってる飲み屋もあるしな」
「…まあ、未成年の夜の独り歩きは関心せんが」
「まだそんなに遅い時間じゃないからな…8時30分からだろ?警備隊が補導するの」

3人は宴で多少距離が縮まったのか、蟠りは完全には解消されていないものの、普通に会話をしていた。しかしギャリアーとグンカ、ニスとグンカのペアはまだ2人きりで話す程ではない。3人揃って会話するのが、今は良い距離感だった。

「取り敢えず荷解きは明日にするか。今日は歩き回って疲れただろうし」

ギャリアーが家の鍵を開けて灯りを点ける。靴を玄関の端に寄せて、2人の置き場所を作る。

「ほら、荷物」

ニスの手から荷物を受け取って、ソファの近くに置く。ニスとグンカも家に上がってそれからギャリアーが裏口の鍵を閉めた。それから海の方角にある窓を解放して、蒸し暑い家の空気を入れかえる。涼しい風が家に入り込み、反対側の窓を流れていく。

「涼しいな…」
「ええ…」

グンカとニスが並んで窓から海を眺める。今夜はどこの漁船も海に出ていないらしく、灯台の灯りと月の輝きが海を照らす。吹き抜ける風に、長く赤い髪がふわふわと流れる様子を見て、ギャリアーは目を細めた。

「町中じゃ開けっ放しじゃ居られないだろうが、ここなら年中涼しく過ごせて夜が快適だ」
「…防犯上問題はあるが」
「店と工房の鍵は掛かってるからな、盗ってもたかが知れてるよ。それにここには警備隊もいる、いざとなったら捕まえてくれるだろ?」
「フン…職務だからな」
「あっ……魚が跳ねた…」
「どこだ?この辺りには夜に行動するイルカも来るからな」
「…イルカ」
「魚を追ってきたのだろう」

3人並んで窓からの景色を見ていたら、一際強い風が吹いて後ろの荷物を倒した。ギャリアーとグンカが振り返って見ると、倒れたのは衣服が入っている袋だった。2人には直視し辛い衣類が袋からはみ出していた。

「…私はもう少しここの景色を見ている。その間は手枷を外してやろう」

グンカはニスの手枷を外すと、また海の方に向き直った。苛烈な性格ではあるが、他人への配慮が出来ない訳ではないらしい、とギャリアーはグンカの認識を更新した。

「……じゃあ、俺は風呂の用意をしてくる。ニスは、寝間着とか…用意してな」
「わかった」

ニスが袋を持って、与えられたスペースの側に腰を下ろす。中を見て寝間着を探している様子を確認すると、ギャリアーは脱衣所に向かった。そこで配置などを整えていると、洗濯籠に自分の下着類が置いてあるのを見て考える。

「洗濯は各々別にした方がいいか…」

ギャリアーの家は海の直ぐ近くで、海からの風が強い。早くに乾くが外に干していると風で飛んでしまう危険性もある。自分の分だけなら特に見られても気にしないが、下着類を干す場所を考えた方がいいかと頭を悩ませた。



風呂に温水が溜まるのを待っている間、3人はギャリアーのベットの横で寝具を準備していた。

「さて…寝床を決めないとな…」

ギャリアーは2人を繋ぐ手枷を見る。グンカは律儀にも、ニスの寝間着の用意が終わったら、手枷を付け直した。家の中でも徹底している。

「それ…寝てる間もするのか?」

枷を指差すギャリアーに、グンカは当然だと言わんばかりに鼻を鳴らした。ニスの方は、たいして期待していなかったのか、無関心なのか、ギャリアーの言葉を静かに待っている。

「…寝返り打てないだろう、お前だって」
「寝床が近くならば問題ない」

グンカは自分の寝床とニスの寝床を並べて、そこに寝転がる。グンカが寝るという事はニスも同じ、お互いの寝具の敷地を半分ほどしか使っていない。一つの寝具で十分な範囲だ。

「ほぼ同衾だろ……駄目だ」

ギャリアーは固持する。2人の距離が近いことに加えて、寝具を置いた場所もソファの横で、ギャリアーと2人の間には距離がある。2人分の寝具をベッドに着くまで引っ張って移動させる。

「……お前がニスの様子を見てるように、俺もお前が何かしてもわかる距離に置け」
「私が?何をするというのだ?折檻は法で禁止されている」

本当に思い当たらない様子のグンカに、ギャリアーは杞憂かとも思ったが、取調室でのことを思い出すとやはり許可は出来ない、というのが答えだった。だが、それでも2人の距離は近い。2人の手枷に触れて縄を確認する。

「もっと長いのなかったのか?」
「必要が無いからな。それにあまり長さがあると、住人を巻き込んでしまうかもしれない」
「……融通が利かねえな」

この場に手枷になるような縄状のものはない。

「…今夜は我慢してくれるか?」
「大丈夫…」

ニスは寝たまま頷いた。

「夜喉が渇いたりしたら、私を起こすと良い」
「自分で外すから…起きなくても…」

グンカはむっとして、ニスの方に寝返りを打ち睨み付ける。その近さにギャリアーは明日の朝すぐに違う手枷を買いに走ろうと決めた。

「そろそろ風呂が溜まった頃だな…説明するから来てくれ」

2人は手間取りながら立ち上がると、ギャリアーの後ろをついてゆく。

「自分が入った後に毎回掃除。浴槽は当番制で洗う。洗濯物は各自で洗うこと。あるものは好きに使ってくれ」
「わかったわ」
「私は退勤後自宅に帰って、身体を清めてもいいが」
「まあ、それは任せる。一々風呂入りに自宅に戻るのも大変だろう。それと…」

風呂に関する細かい所も説明して、3人は当番などは明日に決める事にする。

「誰が最初に入る?」
「…私は何番目でも」
「特に順番に希望はない」
「じゃあ…俺から入るよ。飲み物とか自由に飲んでくれ」

ギャリアーは脱衣所に残り、グンカとニスがリビングに戻る。グンカが先導し、ソファに座るとニスも座る。2人は入浴する順番を決めようと話し合う。

「…私は最後がいいと思う。髪が長いから」
「ならば私は次だな」
「ええ……」
「……」
「…」

話し合いはすぐに終わってしまう。暇な時間が訪れ、グンカは居心地が悪い。

「家を散策する、ついてこい」
「…私は買い物の整理がしたい」
「むっ…仕方がない。仕事を前倒しするのは悪くない」

2人はニスの道具が置いてあるスペースの前に移動して座った。手枷を外す気は無いようなので、ニスは繋がれたまま衣類を床に広げて畳む。枚数は年頃の同性に比べて少ないが、チャムが選んだセンスのいい服が並ぶ。グンカも何となくニスが服を畳んでいる姿を眺めていると、ニスが重なった服を一枚取った所、先程視界に捉えた、直視し辛い衣類が出てきた。

「…」

グンカは少しニスの側に寄って、明後日の方向を向いた。離れているとニスの作業が遮られる、ニスの背後で背中合わせになっても同様だ。近付いて目を逸らすのが最適だと判断した。

「…」

衣服が擦れる音が聞こえる。買い求めた籠に仕舞っているのだろうと、ニスの動く気配が止まるまで待っていた。



ギャリアーが風呂から上がると、直ぐにグンカが脱衣所に向かった。手枷は外され、ニスは久々の自由を得る。シャワーの音が聞こえてくると、ギャリアーがニスを誘った。

「少し外を歩くか?ずっと繋がれてたんじゃ肩が凝る」

2人は連れ立って家を出る。そんなに遠出はしない、家の周りで散歩をする。

「…まだ、灯りがついてる」

ニスは喫茶うみかぜを見て言った。

「明日の仕込みだよ。あんまり客は来ないけど、毎夜毎夜遅くまで下準備してる」
「……美味しかったものね」
「だろ?俺はこの町1番だと思ってる。友達とか贔屓目無しにな」

2人は家の裏の草が生い茂る庭に足を踏み入れる。以前の持ち主が家庭菜園を趣味にしていたらしく、囲いの名残がある。

「足元気を付けろよ、出っ張ってる所あるから」

ギャリアーはニスに掌を向ける。枷をはめられていない、自由だった方の手に。ニスはその掌に手を重ねると、ギャリアーの進む場所をよく見ながら着いて行く。夜が深まるにつれ生温い風は冷えて、寝る時は一枚身体にかけても良い位の気温になる。

「ここ…崖になってるの…?」

ニスが下を覗き込むと、家の灯りに照らされた場所より先は真っ暗で先が見えない。海と陸との境界線は闇に包まれ、奈落の様だとニスは思った。

ニスの後ろに立つギャリアーは、手をしっかりと握りそれ以上先に行かない様に軽く引く。ニスの暗い瞳は闇の先を見ていて、それにギャリアーは不安を覚える。強く握るギャリアーに対して、ニスが手を握る力は弱い。

「崖って言うより、急な坂だな…危ないから夜は近付くなよ」

転げ落ちても怪我をする位だが、勢いがつけば海に落ちる。ギャリアーは、ニスの手を引いて家の建物がある方に戻った。

「お…上がったみたいだな」

窓からグンカの姿が見える。風呂上がりだと言うのにいつもの制帽を被っている。

「……何で風呂上がりで帽子被ってんだ?」

グンカ1人の家の中で姿の見えない2人を探している様子が見える。

「早く戻らないとお小言を頂きそうだ。ニス、戻ってもいいか?」
「ええ。少し、疲れが取れた……ありがとう」
「ああ…足元気を付けろよ」

ギャリアーが裏口のドアを開けると、ソファの所でグンカが不機嫌そうに2人を見ていた。

「夜涼みしてきた…お前も行ってきたらどうだ?」
「結構!…今度その者を連れて離れる時は、私に言うように!」

ギャリアーがわかったと返事をすると、グンカは1人ソファに座って足を組む。制帽も制服も身に着けて、いつでも出動できる恰好をしている姿に疑問をぶつける。

「……何で制服着てんだ?」
「私はあくまで見張り役。万が一逃亡し追跡することになった場合、警備隊の制服を着用していれば、その者が何らかの罪を犯した者と一目で分かるからな」
「警備隊でもお前だけ長袖だが…暑くないのか…」
「通気性の良い素材を使用している。眠る時にはジャケットは脱いで側に置く。すぐに着用できるようにな」

入浴の準備の為、髪止めを外してその長い赤髪を梳かしていたニスを睨む。

「…逃げないけどね」
「どうだかな」
「はあ……ニス、風呂行ってきな」

ギャリアーの言葉に従い、脱衣所に入るニス。グンカはその後ろ姿を目で追い、そして就寝準備を始めた。ギャリアーは、冷蔵庫から安いワインを取り出して、コップに少量を注ぎ煽る。グンカにワインの瓶を揺らして見せ、お前も飲むかと聞くとグンカは首を横に振った。

「次の日が勤務の時は飲まない」
「そうか…寝酒に少しだけなら良さそうだけどな」
「貴様も寝不足か?」

グンカの問いに首を傾げる。

「あの者の目を見ただろう。牢に居る時はあまり眠っている様子が無かった」
「…拘束されていた間、ずっとか?」
「ああ。だが…それにしては眠気は見られない…だから夜の間も油断できんのだ」



ニスは風呂上りに長い髪を乾かして寝間着に着替える。髪が暖かい空気を含んで暑いので、チャムに選んでもらったヘアバンドで髪を緩く纏めた。

脱衣所から出ると、部屋は薄暗くなって、ギャリアーとグンカが台所で並んで歯磨きをしている。
ニスがタオルを干す場所を探していると、ギャリアーが部屋の隅を指差す。そこには既に2枚の色違いのタオルが干してあり、一枚分のスペースが開いている。綺麗に布を伸ばしてかけて、それから自分の荷物の場所に向かう。

自分の歯ブラシを準備していると、背後からギャリアーが声を掛ける。

「ニスはワイン飲むか?寝酒にいいぞ」
「いえ…私は、そんなに強くないから……いいわ」

丁重に断ると、ニスもグンカの横に並んで歯磨きをする。チャムが気にっているという香りが着いた歯磨き粉は、イチゴの味がした。グンカがニスを見下ろす。ギャリアーは歯磨き粉を見て随分子供っぽいものを選んだなと思い、一緒に買い物をしていたチャムの趣味だろうと予想した。

「…寝る準備が終わったら手枷を付けるからな」
「…モゴモゴ」
「律儀だなぁ…2人とも」

3人全員の始末が整うと、ギャリアーは部屋の灯りを消した。結局ニスの寝床はギャリアーのベッドのすぐ隣、グンカの寝床もニス寝具と接している。

「…帽子、とらないの」
「とらん。明日は早いので、貴様たち寝坊などしないように」
「わかったよ……ふああ~」

ギャリアーが眠そうな声を出す。酒が回ってきたようだ。ニスとグンカがそれぞれの寝具に寝転んで、上に掛け布をする。海からの風は快適な眠りに誘う。

「……」

部屋は月明かりで照らされ、夜が更けるにつれ光が逃げる。
ニスは少しも眠たくなかった。
その頭の中に渦巻く、過去の景色が眠りに混じって再生されるのが、怖い。
それでも、2人の寝息が聞こえてくると目を閉じて時間が過ぎるのを待つ。

ギャリアーは時折起きて、ニスが薄く目を開けているのを見ていた。
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